異世界オブザデッド⑦
「はえー。すごい偶然だね」
俺が聞いたのは、たまたまポータルに入ったら、たまたま死にかけのアルセーの前に出た、みたいな話だった。
まあ、S級冒険者にとってはそういう間の良さも実力の内なんだろう。
「で、これなんとかならないの」
「うっ! うっ!」
アルセーはさっきからずっとびちびち跳ねている。
「これ…吸えば…なおる…」
と、マイアがローブ下の暗黒空間から薬包を取り出した。
「あ、薬あるんだ。はやく呑ませてあげなよ」
「んーb、それが難しいんだよにゃー。これ、正教会から異端認定されてる魔法使いギルドの使ったお薬だからさ。あるちゃん意外に敬虔で、呑んでくれないんだ」
「グール化してなお残る信仰心」
「はっはっは! グール化すると本能に忠実になるからね! むしろ信仰心は高まるんじゃないかな!」
「中世ファンタジー世界のプリインストールなんだ、信仰」
「るふ…日本発売モデルだけ…office365搭載…」
「やめなさいよマイクロソフトのタブレットの話は」
「というわけで、困り果ててフロアルーラーのところに連れてきたのさ」
「いや、なにもできないんだけど――あれ」
「あー……うー……」
アルセーがなんか立ち上がってた。
あ、エサじゃん、みたいな目でこっちを見ていた。
「え、うわ、うわうわうわー。どうすんのこれ、どうすんのこれ」
「はっはっは、参ったね! まさか自力で脱出するとは!」
「しょうがないにゃー」
ルールーが抜刀した。
「やめて。それだけは絶対にやめて」
「えー? もうこの際よくない?」
「どの際でもよくないよ」
俺たちはテーブルを挟んでアルセーグールと向き合った。
「うっ!」
アルセーがテーブルに飛び乗る。
俺は死を覚悟して目を閉じた。
「あー……うー……くちゃくちゃ……くちゃくちゃ……」
ダイニングキッチンに咀嚼音が響く。
しかし、いつまで経っても俺の肉は無事だった。
それはそれで怖すぎて、やっぱり目を開けられない。
もう誰か死んでるじゃん確実にこれ。
「そうか!」
「うわあ!」
イースが大声を出したので俺はびっくりして思わず目を開けた。
「……おお」
テーブルに飛び乗ったアルセーは、低温調理の牛タンをむさぼっていたのだ。
「そういうことか! 動く肉よりも動かない肉の方が捉えるのは容易い!」
イースが名探偵の顔をした。
え、そんな、肉ならなんでもいい感じなのグールって。
「野生動物のリスク判断だ」
「にゃっはっは、理性ないからねえ」
「るふ…るふ…やぬし…食べてもらえて…よかったね…」
「まとめようとするならまとまってからにして」
「しょうがないにゃー。まいちゃん、お薬ちょうだい」
ルールーは、薬包の中身を皿の上にさらさらっと撒いた。
アルセーは気付いた様子もなく、粉薬のまざった肉をがつがつと食べつづけた。
「……猫に薬呑ませるときのやつだ」
「にゃっはっは、理性ないからねえ」
アルセーは、皿をべろべろなめまくって肉汁まで味わいきった。
「あー……うー……う?」
瞳に理性が戻る。
肌の色が元に戻る。
「あ……ご主人、お邪魔してます」
アルセーはぺこっと頭を下げた。
一言目がそれかあ。
本当にできた子だ。
「はいどうも。おいしかった?」
アルセーはきょとんとした後、自分がなにをしていたのか理解し、苦笑した。
「えっと……ちゃんと味わいたいです」
「まっかせといて」
俺は、ちょっと冷めた牛タンの湯煎にかかった。
◇
アルセーは、グールとの壮絶な戦いについて語ってくれた。
「いにゃー、大変だったねえあるちゃん。よしよし、よくがんばった」
ルールーがアルセーの頭をなでまくり頬ずりしまくった。
「大聖堂はまだ封印中さ。飲み終わったら残党狩りと行こうじゃないか」
「るふ…焼いて…滅ぼす…」
「はい! ありがとうございます!」
殺しまくった上に自分も死にかけたというのに、アルセーは元気だ。
もう感覚がまったくちがう。
ただ、アルセーが呑んでいるのはオールフリーだ。
ノンアルでいこうという職務意識を感じて、そこだけはギリギリで共感できる。
「しかし、マルシェのタイミングで深層へのポータルが開いて、グール化が蔓延するとはね。偶然とは思えないな」
イースはまじめなこと言いながらストゼロを飲み干した。
「るふ…陰謀…?」
「うーん、どうなんだろうねえ。最近は大イスタリ宮がなんかおかしいからにゃー」
「いずれにせよ、マジカル・グール・マッサカー作戦は遂行しなくちゃです」
「にゃっ! やろーう!」
四人は立ち上がった。
「行ってらっしゃい。片付けはしとくから」
「お、悪いねー大将」
「すみません、ご主人。今日だけは甘えます」
「るふ…やぬし…すき…」
「さあ、破壊の限りを尽くそうじゃないか!」
で、ばたばたっと押し入れに飛び込んでいく。
「いっぱい殺す! いにゃー、わくわくしてきたね!」
「ルールー、マイア、ここは競争といこうじゃないか!」
「るふ…焼き尽くす…」
「まったく……遊びじゃないんですよ」
押し入れから聞こえる声が、だんだん遠ざかっていく。
「――はっはっは」
「――にゃー」
「――るふ…」
「――まったく……」
「あー……うー……」
……ん?
異世界オブザデッド おしまい




