異世界オブザデッド⑤
「こんな形にはなってしまったが……紹介するつもりだったんだ」
デルトンは言い訳がましく呟いた。
「そうか……そうか」
ラーズはしみじみと目を細めた。
「なあ、父さん。父さんも、リンヴァースに来ないか?」
「ゴホッ……私が?」
「三人で暮らすんだ。トリアと、僕と、父さんで。リンヴァースは魔法銃の本場だ。きっと良い仕事が見つかる」
「……考えておく」
ラーズはぶっきらぼうに言った。
「フッ。そう言うだろうと思ったよ。この件が片付いたら、ゆっくり考えてくれ」
ひたひたと、足音が近づいてきた。
「戻ってきたか。トリア、もういい、の、か」
ラーズは、言葉を失った。
「あー……うー……」
トリアは裸体を惜しげもなく晒していた。
青い肌と、焦点の定まらない瞳と、開いた口から垂れるよだれ。
グールとなっても、トリアの裸体は豊かであった。
ザバァ!
水柱が噴き上がり、中庭に虹をかけた。
「あー……うー……」
「うっ! うっ!」
「うっ!」
雨水溜めに潜んでいた無数のグールが、トリアを先頭にアルセーたちを襲う。
「うそ、だ……トリア……」
「デルトンさん!」
アルセーは魔法オートマチックガンを乱射しながら叫んだ。
「あー……うー……」
トリアグールが一気に距離を詰める。
「トリア……ごめんなさい!」
「待ってくれ、アルセー」
デルトンがアルセーの魔法オートマチックガンを掴んだ。
「わたしが蘇生します! 今はこうするしか!」
「違う」
デルトンは魔法ショットガンを構え、躊躇無くトリガーを引いた。
直撃を受けたトリアグールは血の尾を曳きながら空中回転し、雨水溜めに着水した。
ややあって、首を失ったトリアグールの死体がぷかりと浮かんだ。
「……僕がやるんだ」
デルトンは、魔法ショットガンのハンドグリップをスライドした。
「ゴホッゴホッ……貴様ら! 貴様らーッ! 楽に死ねると思うなーッ!」
絶叫したラーズが魔法火炎放射器を構えた。
シュゴオオオオオ!
猛烈な勢いで噴き出した青い魔法炎が、グールを次々に焼き払っていく。
「うっ! うっ!」
「あー! うー!」
燃え上がったグールは命尽きるまで遮二無二走り回り、トリクリウムの植栽を燃やしていく。
たちまち火の手が高く上がり、列柱を這う蔦に燃え移る。
蔦に燃え移った炎は建物の木造部分をなめ、焦がしはじめた。
「ゴホッ! ゴホッ、ゴホーッ!」
煙を吸ったラーズが大きくむせる。
「ラーズさん、デルトンさん! ここは危険です、奧へ!」
「父さん!」
デルトンはラーズの手を引き、先行するアルセーを追った。
アルセーはトリクリウムと通路を隔てる扉を蹴り破った。
燃え上がった列柱が傾いで倒れ、三人とトリクリウムを分断する。
デルトンは振り返り、炎の向こうに目をやった。
「トリア! 必ず……必ず助ける!」
「急いで、デルトンさん! 火の手が回ります!」
デルトンが通路に飛び込んだ瞬間、アルセーは扉を叩きつけるようにしめた。
ドアノブに銃口を向けて連射し、簡単には開かれないようにする。
「ハァ……ハァ……!」
アルセーは四つん這いになり、肩で息をした。
「ゴホッゴホッ! そ、装備も……ほとんど置き去りになってしまった」
「関係ない」
デルトンは静かな怒りを込めて言った。
「皆殺しだ。グールは、皆殺しだ」
「ええ、そうですね」
アルセーの言葉にも、押し隠しきれぬ殺気がこもっている。
「この通路の先には、後陣がある。恐らくは、そこに――」
デルトンは言葉を切って、目の前の闇に銃口を向けた。
「あー……うー……」
「うっ! うっ!」
「うー……」
狭く暗い通路に、無数のグールが蝟集していた。
「引き返すことはできません」
「ああ、その通りだ。アルセー、どうする」
アルセーは魔法銃を腰に差し、ガラスの鈴を構えた。
「心許ない武器ですが……できる限りの奇跡で、こじ開けます」
「フッ、強行突破か。いいだろう」
デルトンはメガネを持ち上げた。
「トリアの感じた痛み……貴様らにも味わわせてやろう!」
アルセーが鈴を鳴らした。
「エアーによる福音書第七章第七節よりッ! “鞭打たれながら這い登る聖者”ッ!」
後陣まで、百メートル。
◇
中空から降りそそぐ無数の鞭が、グールを打ち据える。
しかし、一撃とはいかない。
バフ・デバフに重きを置いた奇跡は、敵を直接的に痛めつける術を殆ど持たない。
「突っ込みます!」
右手に魔法オートマチック、左手にガラス鈴を構えたアルセーが先陣を切った。
「あっ……ううっ……」
地に伏した司祭グールがアルセーの足首に触れる。
「としよりドラゴンとまいごのエルフ、第三章より! やし酒づくりの葉っぱ守り!」
超自然的に生じた無数の木の葉が、アルセーの周囲を高速螺旋回転した。
「あー……うぶっ」
木の葉に触れたグールがはね飛ばされる。
「父さん! ヘッドショットだ!」
「当たり前だろう!」
ラーズが正確無比なヘッドショットで司祭グールの頭を吹き飛ばした。
デルトンは魔法ショットガンによる面制圧で道を作る。
「行け! 行け行け行け!」
「はい!」
リーフシールドを解除したアルセーは、自身も魔法オートマチックを乱射しつつ前進した。
後陣まで、八十メートル。
「ウバァー……ウゥー……!」
オーガグールが、壁を張り手で突き破りながら飛び出してきた。
「ウゥー……!」
堅く握りしめた拳が、三人めがけて振り下ろされる。
「ハイー!」
アルセーは全力の横蹴りで拳をパリングした。
勢いそのまま、オーガグールの拳が床に突き刺さる。
「今だ、父さん! ヘッドショットを!」
「ゴホッ……死ねェー!」
ラーズの放った銃弾が、狙い過たずオーガグールの眉間を射抜いた。
「倒れます! 急いで!」
前のめりに倒れるオーガグールの股の間を、三人は走り抜けた。
「あっ」
「うっ」
オーガグールの巨体が、後続のグールたちをまとめて叩きつぶす。
「ゴホッ……良い障害物になる。後ろからの敵は断てた」
「だが、たいした慰めにはならないだろうな」
数体のオーガグールが、壁を張り手で突き破りながら三人の前に飛び出してきた。
後陣まで、四十メートル。
「……相手にできるだけの力は無い。駆け抜けるぞ」
デルトンが素早く状況判断し、アルセーとラーズは頷いた。
「足止めします」
アルセーが鈴を鳴らした。
「エアーによる福音書第一章第三節より、未だ天地の別なく!」
オーガグールの足元の床が、雲とも泥ともつかぬ物体に変化した。
「ウバァー……?」
「ウゥー……?」
数体のオーガグールが、胸まで床に埋まってもがく。
変化した床は、アルセーが奇跡の行使を止めた瞬間に元の材質に戻った。
「今です!」
三人は走り出した。
「ウゥー……!」
オーガグールが地面に開手を叩きつけた。
三人はその腕を駆けのぼる。
「死ねッ!」
すれちがいざま、ラーズはオーガグールのこめかみに一発入れて絶命させた。
「ウバァー……!」
床材を砕きながら、オーガグールが這い上がる。
三人は股下を潜って更に走った。
後陣まで、二十メートル。
「ウバァー……!」
「ウゥー……!」
怒声を上げながら、オーガグールが三人を追う。
前方には蝟集するグール。
後方には怒り狂ったオーガグール。
絶望的な状況下、確定的殺意に満ちた三人は石油の上を走る火柱のように瞋恚と赫怒を焚きつけとして駆ける。
後陣まで、あと十メートル。
「香りがします。大イスタリ宮の香りです。薔薇と芥子の……」
教区司祭グールの首を手刀で刎ねながら、アルセーが言った。
「やはり、穴は後陣か」
弾切れしたショットガンのグリップで蝋燭番グールの頭を叩き潰しながら、デルトンが応じた。
「ゴホッ、ゴホッ! くそっ、目の前だっていうのに!」
正確無比なヘッドショットを繰り返すラーズだが、焼け石に水だった。
「僕に考えがある」
デルトンが懐から魔法ポテトマッシャーを取り出した。
「まさか……自爆するつもりですか?」
「フッ、これでも生き汚さには自信があってね」
メガネを持ち上げ、デルトンはにやりと笑った。
意図を察したアルセーもまた、笑みを浮かべる。
「合わせろよ、アルセー」
「はいっ! ラーズさん、目と口を閉じていてください!」
デルトンが魔法ポテトマッシャーを足元に転がした。
アルセーは鈴を鳴らした。
「としよりドラゴンとまいごのエルフ、第四章より! 翼はどこから? かかとから!」
魔法ポテトマッシャーの爆風が、オーガグールを、そして三人を呑み込まんと広がる。
だが三人の体は、風に巻かれる木の葉のようにふわりと浮き上がった。
(浮遊バフで、爆風に乗って高速移動する――思っていたより、しんどいですね……ッ)
皮膚が沸騰するのを感じながら、アルセーは吹き飛ばされていった。
三つの肉体が、扉をぶち破る。
後陣まで、ゼロメートル。




