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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
異世界オブザデッド
25/39

異世界オブザデッド④

「ウバァー……!」


 オーガグールが、ラーズに向かって突進する。


「ゴホッ……デカブツが!」


 魔法短銃を投げ捨てたラーズが、背負っていた魔法ショットガンを構える。


「くたばりやがれッ!」


 ドパァン!

 

 ショットガンの魔法薬莢が空中で花開き、無数の魔力塊がオーガグールの顔面に一斉飛来した。


「ウバァー……!」


 オーガグールは傷付いた顔面を押さえ、柱廊をでたらめに振り回した。


「うっ!」

「うっ!」


 随伴グールが次々に血の霧と化していく。


「ラーズさんを!」


 カトブレパスはアルセーの指示に従い、グールを轢殺しながら駆けた。


「父さん! なんて無茶をするんだ!」


 ラーズを拾い上げながら、デルトンは怒鳴った。


「勝機と見たからだ」


 ラーズはぶっきらぼうに答えた。


「マルシェ、ずっと見てらっしゃったんですもんね」


 アルセーが取りなすように言うと、デルトンはため息をついた。


「……こういうところが嫌で、僕は村を出たんだ。魔法銃のこととなると、他のことが目に入らなくなる」

「ハッ、おまえはいつまで経っても生意気盛りだな」

「まま、おかげで助かったじゃンね。ほら、門までもう少し! 急ぐよ!」

「ゴモオオオオ!」


 トリアのかけ声に応じて、カトブレパスが駆けだした。

 グールを轢殺しながら、一気に門に到達する。


「カトブレパス、もう一働きお願いできますか?」

「ゴモッ!」


 カトブレパスは鼻先回転刃で柱廊を伐り倒し、門の前に即席のバリケードを作った。


「ありがとう、カトブレパス。お疲れ様」

「ゴモオ」


 アルセーの頬を一舐めすると、カトブレパスは姿を消した。


「結界は僕が張る。アルセーは、奇跡を残しておいてくれ」


 デルトンは懐から聖別魔力石を取り出し、門の周囲に並べていった。


「アルセーさん、トリアさん、これを」


 ラーズがふたりに魔法銃を渡す。


「ゴホッ……篭められた魔力はそれほど多くない。確実にヘッドショットを狙うんだ」

「はい!」

「あいよッ!」


 アルセーとトリアは身を乗り出し、魔法銃をぶっぱなした。


「うっ!」


 トリアの放った魔力塊が額に吸い込まれる。

 グールの後頭部がスイカのように破裂する。


「うっ!」


 アルセーの放った魔力塊が額に吸い込まれる。

 グールの首から上が、ボッと音を立てて円形の血煙と化す。


「ファイアインザホール!」


 ラーズが魔法ポテトマッシャーの紐を引き抜き、放り投げた。

 

「消し飛んじまえ!」


 柱廊の影に隠れ、目を閉じて耳を塞ぐ。


 カッ――バグオオオオン!


 圧縮された魔力が解き放たれ、周囲一帯を消し飛ばす。

 瓦礫に混じってグールの肉片が飛んできた。


「血液に気を付けてください!」


 トリアが服の裾に糸切り歯を立て、切り裂いた。


「これ、使ッて!」


 取り出した布で口元を覆う。


「行きます!」


 再び三人は身を乗り出し、ありったけの魔力塊を乱射した。

 押し寄せるグールが次々に炸裂し、倒れていく。

 

「押し返してる! いけるじゃンね!」

「デルトンさん!」

「ああ……これで!」


 デルトンが、ガラスの鈴で聖別魔力石を打つ。

 聖別魔力石同士が輝線でつながり、結界が生じた。

 マジカル・グール・マッサカー作戦の第一段階、封じ込めが成ったのだ。


「あーでもこれ、こッからどうすンの!」


 攻め手の数は一向に減らない。

 撃ち殺しても撃ち殺しても、後から湧き出てくるのだ。


「ウバァー……ウゥー……」


 ずしずしと足音を響かせ、柱廊をかついだオーガグールが現れた。

 魔法ショットガンの傷はもう癒えたようで、巨大な二つの瞳がアルセーたちを見下ろしている。


 オーガグールはステンドグラスから降り注ぐ光を浴び、神話的な荘厳さを伴っていた。


「なにをしている! ヘッドショットだ!」


 ラーズのどなり声で我に返ったトリアとアルセーが、オーガグールの顔面めがけありったけの魔力を打ち込む。

 オーガグールは柱廊を持ち上げて盾とし、攻撃を受け切った。


「くっ……たしかな知性を感じます!」


 魔力切れになった魔法銃を放り捨て、アルセーは魔法ポテトマッシャーをひっつかんだ。


「待て、アルセーさん!」


 ラーズがアルセーを制止した。

 オーガグールは柱廊で顔を守ったまま、ゆっくりと後退しはじめた。


「なに? なンで?」


 ステンドグラスから降り注ぐ剣のような光線の向こうに、オーガグールの姿が消える。


 気づけば、山ほどいたグールの全てがアトリウムからいなくなっていた。


「なにが起こったんだ」


 デルトンが首をかしげる。

 だが、答えはない。


「好機ですね。マジカル・グール・マッサカー作戦、これより第二段階に移行します」

「ああ。大イスタリ宮深層への通路を、封じる」



 人気の失せたアトリウムを探索し、アルセーたちは装備を整えた。

 曲がり角や小部屋をクリアリングしながら、アルセーは再び、居住区へと通じる扉に辿り着いた。


「ここから先は細い通路が続く。慎重に進もう」


 デルトンが居住区の扉を蹴り開け、魔法ショットガンを構えた。

 死体がいくつか転がっているばかりで、静まりかえっている。


「臭い……キツいね」


 トリアは死臭を嗅ぎ取っていた。


「行きましょう」


 窓の無い通路では、壁にかかった鯨油ろうそくだけが光源だ。

 よどんだ生ぬるい空気をかきわけ、四人はじりじりと進んだ。


「……なぜグールたちは、退いたのでしょうか」


 改めて、アルセーが問うた。


「僕たちの狙いに気付いた可能性は高い」

「グールってそんな知恵あンの?」

「グール化の原因微生物が、宿主の行動をコントロールしているのかもしれません。トキソプラズマに感染したネズミは、すすんでネコの前に飛び出すんですよ」

「それは分かンないけど、とにかくグールたちが集まッてるッて? その、迷宮の穴を守るために?」

「ありえます」


 前を行くデルトンが扉を蹴り開け、クリアリングした。


「問題ない。進もう」

「あ……風?」


 トリアはぶるりと身を震わせ、周囲を見回した。

 四人が出たのは、トリクリウムだ。

 列柱に四方を囲まれた中庭には木々が植えられ、中央には大理石張りの雨水溜めがある。


 陽光の思いがけぬあたたかさに、アルセーは肩の力を抜いた。


「ふう……グールはずいぶん退いたんですね」

「そのようだな。ここから先には……食堂、厨房、そして、僕たちの集まっていた後陣だ」


 後陣は、建物から張り出した円形のドームだ。

 普段は閉ざされたその部屋で、司祭はさまざまな奇跡を行う。


「探すべき場所は限られてきた、ということか……ゴホッゴホッ! ゴホッ! ゴホーッ!」


 ラーズが激しく咳をし、膝をついた。

 トリアはラーズに寄り添い、背中をさすった。


「あのさ、休憩しよデルトン」

「なんだと? しかし、グールは……」

「あたし、汗かいたから水浴びするわ」

「なっ……なっ……!」


 デルトンは口をぱくぱくさせた。


「君は本当に……こんな状況下でも……」

「グールの封じ込めは成功しました。万全を期すために、少し休むのはいい考えかもしれませんよ」


 アルセーが取りなすように言った。


「しかし、こんなところで! 誰かに見られたりしたら……!」


 デルトンは顔を赤らめながらメガネを持ち上げた。

 心なしか、早口である。

 トリアはけらけら笑った。


「グール以外いないッしょ。それに、デルトンはさッき見たじゃン?」

「なっ……!」


 デルトンは言葉を失った。


「え? どういうことですか?」


 アルセーは事態を飲みこめず、きょとんとした。

 トリアは呆れた。


「あンたさ、ほんとにニンフなの?」

「え? あ、あああ……えええ? わー! わー!」


 ようやく思い至ったアルセーは、顔を真っ赤にした。


「あ、じゃ、じゃあ、もしかして……デルトンさんが、『たまたま席を外していた』のって……」


 デルトンは気まずそうにメガネを持ち上げた。


「ゴホッ、ゴホッ……やるじゃないか、デルトン。さすがは私の息子だ」

「止めてくれ、父さん」

「なに、私も村の寄合をこっそり抜け出して、母さんと」

「止めてくれ! その手の話だけは絶対に聞きたくない!」


 頬を染めるデルトン以外の三人が、声を上げて笑った。


「ま、そういうことなンで。ラーズさん、お義父さんになったらよろしく!」


 ひらひらと手を振り、トリアは雨水溜めに向かった。


「まったく……なにを考えているんだ」

「やさしい子じゃないか。おまえにはもったいない」

「分かっているさ」

「ゴホッ、どこでつかまえた? きっかけは?」

「どうということもない。酒場で飲んでいて、声をかけられて、話すようになって……」

「なンかホームシックで寂しそうにしててさー、可哀想だからえっちしてあげた」

「トリア! さっさと水浴びしてくれ! 頼むから!」


 トリアはけらけら笑いながら雨水溜めに向かった。


「わー……わー……」


 アルセーはのぼせていた。


 野暮ったい僧衣を脱ぐと、トリアの豊かな肢体があらわになった。

 爪先を水にひたす。

 ひどく冷たいが、極限の緊張で火照った体に心地よかった。


「ふふ……デルトン、死ぬまであンな感じで童貞ッぽいのかな?」


 思い切って雨水溜めに胸までつかり、手で水をすくって肩にかける。

 

 はやりの歌を口ずさみながら、トリアは汗を流していった。

 その背後、なにかが水面を揺らしながらゆっくりとトリアに近づく――

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