異世界オブザデッド④
「ウバァー……!」
オーガグールが、ラーズに向かって突進する。
「ゴホッ……デカブツが!」
魔法短銃を投げ捨てたラーズが、背負っていた魔法ショットガンを構える。
「くたばりやがれッ!」
ドパァン!
ショットガンの魔法薬莢が空中で花開き、無数の魔力塊がオーガグールの顔面に一斉飛来した。
「ウバァー……!」
オーガグールは傷付いた顔面を押さえ、柱廊をでたらめに振り回した。
「うっ!」
「うっ!」
随伴グールが次々に血の霧と化していく。
「ラーズさんを!」
カトブレパスはアルセーの指示に従い、グールを轢殺しながら駆けた。
「父さん! なんて無茶をするんだ!」
ラーズを拾い上げながら、デルトンは怒鳴った。
「勝機と見たからだ」
ラーズはぶっきらぼうに答えた。
「マルシェ、ずっと見てらっしゃったんですもんね」
アルセーが取りなすように言うと、デルトンはため息をついた。
「……こういうところが嫌で、僕は村を出たんだ。魔法銃のこととなると、他のことが目に入らなくなる」
「ハッ、おまえはいつまで経っても生意気盛りだな」
「まま、おかげで助かったじゃンね。ほら、門までもう少し! 急ぐよ!」
「ゴモオオオオ!」
トリアのかけ声に応じて、カトブレパスが駆けだした。
グールを轢殺しながら、一気に門に到達する。
「カトブレパス、もう一働きお願いできますか?」
「ゴモッ!」
カトブレパスは鼻先回転刃で柱廊を伐り倒し、門の前に即席のバリケードを作った。
「ありがとう、カトブレパス。お疲れ様」
「ゴモオ」
アルセーの頬を一舐めすると、カトブレパスは姿を消した。
「結界は僕が張る。アルセーは、奇跡を残しておいてくれ」
デルトンは懐から聖別魔力石を取り出し、門の周囲に並べていった。
「アルセーさん、トリアさん、これを」
ラーズがふたりに魔法銃を渡す。
「ゴホッ……篭められた魔力はそれほど多くない。確実にヘッドショットを狙うんだ」
「はい!」
「あいよッ!」
アルセーとトリアは身を乗り出し、魔法銃をぶっぱなした。
「うっ!」
トリアの放った魔力塊が額に吸い込まれる。
グールの後頭部がスイカのように破裂する。
「うっ!」
アルセーの放った魔力塊が額に吸い込まれる。
グールの首から上が、ボッと音を立てて円形の血煙と化す。
「ファイアインザホール!」
ラーズが魔法ポテトマッシャーの紐を引き抜き、放り投げた。
「消し飛んじまえ!」
柱廊の影に隠れ、目を閉じて耳を塞ぐ。
カッ――バグオオオオン!
圧縮された魔力が解き放たれ、周囲一帯を消し飛ばす。
瓦礫に混じってグールの肉片が飛んできた。
「血液に気を付けてください!」
トリアが服の裾に糸切り歯を立て、切り裂いた。
「これ、使ッて!」
取り出した布で口元を覆う。
「行きます!」
再び三人は身を乗り出し、ありったけの魔力塊を乱射した。
押し寄せるグールが次々に炸裂し、倒れていく。
「押し返してる! いけるじゃンね!」
「デルトンさん!」
「ああ……これで!」
デルトンが、ガラスの鈴で聖別魔力石を打つ。
聖別魔力石同士が輝線でつながり、結界が生じた。
マジカル・グール・マッサカー作戦の第一段階、封じ込めが成ったのだ。
「あーでもこれ、こッからどうすンの!」
攻め手の数は一向に減らない。
撃ち殺しても撃ち殺しても、後から湧き出てくるのだ。
「ウバァー……ウゥー……」
ずしずしと足音を響かせ、柱廊をかついだオーガグールが現れた。
魔法ショットガンの傷はもう癒えたようで、巨大な二つの瞳がアルセーたちを見下ろしている。
オーガグールはステンドグラスから降り注ぐ光を浴び、神話的な荘厳さを伴っていた。
「なにをしている! ヘッドショットだ!」
ラーズのどなり声で我に返ったトリアとアルセーが、オーガグールの顔面めがけありったけの魔力を打ち込む。
オーガグールは柱廊を持ち上げて盾とし、攻撃を受け切った。
「くっ……たしかな知性を感じます!」
魔力切れになった魔法銃を放り捨て、アルセーは魔法ポテトマッシャーをひっつかんだ。
「待て、アルセーさん!」
ラーズがアルセーを制止した。
オーガグールは柱廊で顔を守ったまま、ゆっくりと後退しはじめた。
「なに? なンで?」
ステンドグラスから降り注ぐ剣のような光線の向こうに、オーガグールの姿が消える。
気づけば、山ほどいたグールの全てがアトリウムからいなくなっていた。
「なにが起こったんだ」
デルトンが首をかしげる。
だが、答えはない。
「好機ですね。マジカル・グール・マッサカー作戦、これより第二段階に移行します」
「ああ。大イスタリ宮深層への通路を、封じる」
◇
人気の失せたアトリウムを探索し、アルセーたちは装備を整えた。
曲がり角や小部屋をクリアリングしながら、アルセーは再び、居住区へと通じる扉に辿り着いた。
「ここから先は細い通路が続く。慎重に進もう」
デルトンが居住区の扉を蹴り開け、魔法ショットガンを構えた。
死体がいくつか転がっているばかりで、静まりかえっている。
「臭い……キツいね」
トリアは死臭を嗅ぎ取っていた。
「行きましょう」
窓の無い通路では、壁にかかった鯨油ろうそくだけが光源だ。
よどんだ生ぬるい空気をかきわけ、四人はじりじりと進んだ。
「……なぜグールたちは、退いたのでしょうか」
改めて、アルセーが問うた。
「僕たちの狙いに気付いた可能性は高い」
「グールってそんな知恵あンの?」
「グール化の原因微生物が、宿主の行動をコントロールしているのかもしれません。トキソプラズマに感染したネズミは、すすんでネコの前に飛び出すんですよ」
「それは分かンないけど、とにかくグールたちが集まッてるッて? その、迷宮の穴を守るために?」
「ありえます」
前を行くデルトンが扉を蹴り開け、クリアリングした。
「問題ない。進もう」
「あ……風?」
トリアはぶるりと身を震わせ、周囲を見回した。
四人が出たのは、トリクリウムだ。
列柱に四方を囲まれた中庭には木々が植えられ、中央には大理石張りの雨水溜めがある。
陽光の思いがけぬあたたかさに、アルセーは肩の力を抜いた。
「ふう……グールはずいぶん退いたんですね」
「そのようだな。ここから先には……食堂、厨房、そして、僕たちの集まっていた後陣だ」
後陣は、建物から張り出した円形のドームだ。
普段は閉ざされたその部屋で、司祭はさまざまな奇跡を行う。
「探すべき場所は限られてきた、ということか……ゴホッゴホッ! ゴホッ! ゴホーッ!」
ラーズが激しく咳をし、膝をついた。
トリアはラーズに寄り添い、背中をさすった。
「あのさ、休憩しよデルトン」
「なんだと? しかし、グールは……」
「あたし、汗かいたから水浴びするわ」
「なっ……なっ……!」
デルトンは口をぱくぱくさせた。
「君は本当に……こんな状況下でも……」
「グールの封じ込めは成功しました。万全を期すために、少し休むのはいい考えかもしれませんよ」
アルセーが取りなすように言った。
「しかし、こんなところで! 誰かに見られたりしたら……!」
デルトンは顔を赤らめながらメガネを持ち上げた。
心なしか、早口である。
トリアはけらけら笑った。
「グール以外いないッしょ。それに、デルトンはさッき見たじゃン?」
「なっ……!」
デルトンは言葉を失った。
「え? どういうことですか?」
アルセーは事態を飲みこめず、きょとんとした。
トリアは呆れた。
「あンたさ、ほんとにニンフなの?」
「え? あ、あああ……えええ? わー! わー!」
ようやく思い至ったアルセーは、顔を真っ赤にした。
「あ、じゃ、じゃあ、もしかして……デルトンさんが、『たまたま席を外していた』のって……」
デルトンは気まずそうにメガネを持ち上げた。
「ゴホッ、ゴホッ……やるじゃないか、デルトン。さすがは私の息子だ」
「止めてくれ、父さん」
「なに、私も村の寄合をこっそり抜け出して、母さんと」
「止めてくれ! その手の話だけは絶対に聞きたくない!」
頬を染めるデルトン以外の三人が、声を上げて笑った。
「ま、そういうことなンで。ラーズさん、お義父さんになったらよろしく!」
ひらひらと手を振り、トリアは雨水溜めに向かった。
「まったく……なにを考えているんだ」
「やさしい子じゃないか。おまえにはもったいない」
「分かっているさ」
「ゴホッ、どこでつかまえた? きっかけは?」
「どうということもない。酒場で飲んでいて、声をかけられて、話すようになって……」
「なンかホームシックで寂しそうにしててさー、可哀想だからえっちしてあげた」
「トリア! さっさと水浴びしてくれ! 頼むから!」
トリアはけらけら笑いながら雨水溜めに向かった。
「わー……わー……」
アルセーはのぼせていた。
野暮ったい僧衣を脱ぐと、トリアの豊かな肢体があらわになった。
爪先を水にひたす。
ひどく冷たいが、極限の緊張で火照った体に心地よかった。
「ふふ……デルトン、死ぬまであンな感じで童貞ッぽいのかな?」
思い切って雨水溜めに胸までつかり、手で水をすくって肩にかける。
はやりの歌を口ずさみながら、トリアは汗を流していった。
その背後、なにかが水面を揺らしながらゆっくりとトリアに近づく――




