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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
異世界オブザデッド
23/39

異世界オブザデッド②

「どした?」


 トリアが病人に声をかける。


「あー……うー……」

「トリア! 下がって!」

「うっ!」


 病人が手を伸ばし、トリアの首を掴んだ。


「あっかっ……あっ?」

「うっ! うっ!」


 大口を開け、トリアの豊かな胸にかぶりつこうとする。


「っざけンな!」


 トリアは錫杖の柄で病人の腹をついた。


「うっ!」


 柄を跳ね上げ、顎を撃ち抜く。

 病人はトリアから手を離し、よたよたと後ろに下がった。


「あー……うー……」


 見る間に病人の肌が青く変色していく。

 瞳から光が消えた。

 開いた口から、よだれがぼたぼた垂れた。


「グール! どうして!?」


 アルセーが叫んだ。

 グールは大イスタリ宮の深い層における、非常に厄介な感染症だ。

 この病に陥った者は理性を失い、肉と見ればヒトであれケモノであれところ構わず襲いかかる。

 何よりもおぞましいのは、この病が血液感染することだった。


「ゲホッゲホッ……ぐ、グール? なンだってグールが?」


 グールは、大イスタリ宮の深部でしか感染しないとされている。

 モンスターの嫌うミアズマは、浅い層や地上にもわずかながら含まれる。

 わずかなミアズマでも、グール化を促進する微小モンスター程度なら殺せるはずだ。


「分かりません! でも!」

「とにかくソッコー潰すンだろ!」


 トリアは錫杖を振りかぶり、グールの顎を打ち抜いた。

 首が三百六十度回転したグールは、その場に膝をついて倒れた。


「ヒッ……ヒイッ! ゴホッゴホッ!」

「ラーズさん、落ち着いてください。死者は後で蘇生します」

  

 ひとたびグールとなってしまえば、基本的には一度殺す他ない。

 パンデミックを防ぐため、迅速かつ果断な行動が求められる。

 

「とにかく……レーザック大司教への報告が必要ですね。急ぎましょう」

「あいよ」

「すみませんが、ラーズさん」

「あ、ああ、分かっている。ついていくよ。そちらの方が安全そうだ」


 三人は聖堂の奧、居住区に向かって駆けだした。


「あー……うー……」


 しかし、彼女たちの前に立ちふさがる者があった。

 バケツヘルムを被り、鎖帷子の上に法衣を纏い、ハルバードを担いでいる。


「チッ……武装法解釈員じゃンか」


 トリアが鋭く舌打ちした。



 武装法解釈員。

 法解釈の際に起きるもめ事を、武力にて解決するための人員である。

 当然、腕に覚えがある者が選ばれる。


「あー……うー……」


 バケツヘルムの奧に秘された、品定めするような目線をアルセーは感じる。

 グールと化した武装法解釈員は、三人をごちそうだと考えているのだ。


「参りましたね」


 休暇中のアルセーに、武装はない。

 まったくの素手であり、奇跡の行使もままならない。

 

「うっ!」


 武装法解釈員グールがハルバードを振り下ろした。


「このっ!」


 アルセーは手近にあった椅子を引き寄せ、背もたれでハルバードの柄を受け止めた。


「うっ! うっ!」

「ハイ! ハイ!」


 横薙ぎの一撃を椅子の脚で弾き、袈裟切りの一撃をクッションで止める。


「ハイッ!」


 椅子の脚でハルバードの柄を絡め取る。

 手の中で椅子を回転させ、ハルバードをはじき飛ばす。


「あー……うー……」

「ハイー!」


 背もたれの横殴りを喰らった武装法解釈員グールが一回転し、アルセーに背を向ける。

 アルセーは椅子を着地させ、背もたれを全力で蹴り飛ばした。


「うっ!」


 武装法解釈員グールは膝を折り、椅子に着座。

 そのまま椅子ごと滑っていき、壁に激突した。


「トリア!」

「あいよッ!」


 トリアが跳ね、錫杖で武装法解釈員グールの延髄を撃ち抜く。

 頸椎を折られた武装法解釈員グールは絶命した。


「やるじゃンね、アルセー」

「ふう……STRばかり上がることに、生まれてはじめて感謝しました」


 装備はなくとも、アルセーはS級冒険者だ。


「あー……うー……」

「うっ! うっ!」

「あー……うー……」


 居住区に続く扉の奥から、大量のグールが出現する。

 武装法解釈員に混じって、知り合いの助祭やメイドの姿が見られた。


「そんな……」


 アルセーは言葉を失った

 グール化の病は、聖堂の奥にも広がっているのだ。


「ゴホッゴホッ、あ、アルセーさん! 後ろにも!」


 ラーズの声に振り返る。

 休憩所から、大量のグールが湧きだしていた。


「やば……やばすぎじゃンね」


 トリアもまた、絶句する。


「うっ!」


 メイドグールがおたまを手に先陣を切る。


「ンなろッ!」


 トリアは錫杖を真っ直ぐ突き出し、メイドグールの腹を突いた。

 メイドグールが腹を押さえて体を畳み、無防備なうなじを晒す。


「ハイー!」


 アルセーは渾身の手刀でメイドグールの延髄を破壊した。


「うっ!」


 そこに襲い掛かる武装法解釈員グールのハルバード。

 アルセーは身を低くして横一文字の斬撃を避け、水面蹴りで相手の脚を払った。

 武装法解釈員グールはゆっくりと倒れた。


「あー……うー……」

「アルセー! 使って!」


 トリアが放り投げたのは、先ほど殺した武装法解釈員グールのハルバードである。


「助かります!」


 ジャンプしてハルバードを受け取ったアルセーは、そのまま武装法解釈員グールの首筋にハルバードを叩き込んだ。


「ヒイイイ! ゴホッ! ゴホーッ!」


 休憩所から湧き出たグールが、ラーズに襲い掛かる。


「ラーズさん! うわっ!」


 助祭グールが錫杖をめちゃくちゃに振り廻し、アルセーに迫る。

 アルセーは慣れぬハルバードを捨て、後退しながら錫杖を殴り弾いた。


「トリア!」

「こッちもまずいンだって!」


 数体のメイドグールが、トリアに群がっている。

 防戦一方で、ラーズを助ける余裕はない。


「あー……うー……」


 ついに一体のグールが、ラーズの腕を掴んだ。


「ラーズさん!」


 助祭グールの頭を掴んで百八十度回転させ殺す。

 ラーズに向かって走り出す。


「だめ……間に合わない……!」


 絶望がアルセーの脳裏をよぎった、その時である。


 りん――


 涼やかに、凛として、鈴の音が響いた。


「エアーによる福音書第三章六節より、天地あめつちがはじめて別たれたこと」


 厳かな詠唱。


 居住区に続く扉の奥から、まばゆい光が同心円状に広がった。

 光の円周に触れたグールたちが、次々に吹き飛ばされていく。

 ラーズに集っていたグールもまた、壁まで吹き飛ばされて即死した。


「君たち、大丈夫か?」


 長身の男が、扉から出てきた。


「おー! デルトンじゃン! ういーっす、元気ィ?」


 トリアが、男に向かって手を振る。

 男はメガネを持ち上げ、わずかに微笑んだ。


「フッ……君はいつでも変わらんな。この状況では頼もしく思える」

「だしょー?」


 デルトンは周囲を警戒しながらアルセーたちに近づいた。


「ありがとうございます。アルセー・ナイデスです」

「では、あなたがメイズイーターの。お噂はかねがね」


 デルトンは膝をつき、アルセーの手を取って、その手の甲に額を軽く当てた。


「ろくな噂じゃないでしょうけど」

「とんでもない。二百層での“フローズン・ゴーレム・マッサカー”は、僕の教区でも知らぬ住民はいないほどだ」


 デルトンは立ち上がり、うずくまるラーズに目を向けた。


「ご安心を。もうグールは滅しましたよ」


 ラーズはおずおずと顔を上げた。

 デルトンとラーズは、ともに目をむいた。


「と、父さん?」

「デルトン?」

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