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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
スライムサケ
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スライムサケ⑤

「ぬとぬとの次はかぴかぴか。苦労してんね」

「ほんとうに苦労しました! ただばたらき同然です! ですからわたしは、この、おいしいものを食べるんです!」


 酔っ払ったアルセーがトマトをぱくぱく食べた。

 まあ好きなだけ食ってくれよ。


「さて、フロアルーラー」


 おもむろにイースが居住まいを正す。

 まあもう、段取りだよな。

 抵抗しようとは思わない。


「今回はこの憎きスライムを、美味しくしてくれたまえ!」

「あー……」


 どうすればいいんだ、これ。


「スライム…まだ…ある…」


 マイアのローブの裾から、産卵めいてスライムシードが転がり出た。


「ウミガメかな?」

「るふ…やぬし…すけべ…」

「爬虫類はまだちょっと、たどり着けてないね」


 ボウルの中のスライムシードを前に、ふむむとうなる。


「うーん……とりあえず遊んでみるか」


 スライムシードをとんかちで砕いて、ポン酢だぼだぼ。


 ぷるぷる待ちの間に、豚ロースの薄切りと水菜をさっと湯がく。

 きゅうりをしゅっと切る。

 全部がちゃがちゃーって和えたら、ぷるぷるになったポン酢を散らす。


「はい、できたよ。豚しゃぶのスライムポン酢ジュレ」

「わーい!」

「ちょっと食べててな。実験作いってみる」


 日本酒用意。

 今回は、尾瀬の雪どけにしてみよう。


 砕いたスライムシードに、日本酒どぼどぼ。

 あんまり硬くても多分マズいので、スライムシードは控えめに。

 冷蔵庫に入れておく。


「はっはっは! これは……はっはっは!」

「にゃー、おいしー! しゃきしゃきとぷるぷるがいいかんじ!」

「るふ…るふ…ぷるぷる…好き…」

「これ、いいですね。ドレッシングでべしゃべしゃにならないの、いいですね」


 スライムジュレ、好評でなにより。


 ぷるぷる待ちの間に、あてをつくろう。

 一番出汁を製氷皿に入れて凍らせといた、だしキューブ。

 こいつをスライムシードのかけらと一緒に鍋に放り込み、塩をちょっと入れてあっためる。

 その間に、板ゆばをお湯でもどす。


 板ゆばの水気を切ったら、ちまちまっと折って小鉢にイン。

 その上に、だしジュレを散らす。

 イクラとかありゃよかったな。


 冷蔵庫から取り出した日本酒は、良い感じ。

 これを切り子のグラスにとろーっと注ぐ。


「お待たせ。ゆば刺しのスライムだしジュレと、スライムサケ」

「わーい!」


 あ、もう豚しゃぶ無くなってるじゃねーか。

 俺も食いたかったのに。

 まあいいや。


 まずはゆば刺しぱくり。

 くにゅくにゅ。

 ぷりぷり。


「うわ、いいなこれ」


 もう食感がおもしろい。

 ゆばのくにゅっとスライムジュレのぷりっ。

 ゆばのふわーっとした甘さと一番だしの香り。

 いいなこれ。


「んくっんくっ……んはー……」


 スライムサケをすすったアルセーが、法悦みたいな顔をした。


「これ……すごいですね。甘くて、いいにおいで、とろとろで」

「尾瀬の雪どけ、これ〈夏吟〉ってやつなんだけどさ、桃とかメロンみたいな香りでしょ」

「はっはっは! 恐ろしいサケだね! このボクをして、ゆっくり味わいたいと思わせるとはね!」

「すごい甘いのに、口の中でべたっとしないからね。とろーっとさせてもうっとうしくないんだ」

「るふ…るふ…甘い…好き…」


 辛口の日本酒だと、ちょっとうるさいかなと思ったんだよな。

 だから、甘さと香りに振り切った尾瀬の雪どけの、それも〈夏吟〉にしてみた。


 出羽桜の吟醸とか、鍋島の純米吟醸とかもスライムに合いそうだな。

 え、スライムに合う酒ってなに。

 いや、ときどき我に返るのが長く続けるこつなんだよ。


「はあ、おいしかった……はあああ、おいしかったあ……」


 アルセーが、この上なくしみじみした。

 肩の荷が下りたっていうか、うんざりした気分を振り切ったっていうか、そんな感じだ。

 だいぶやりたくない仕事だったんだろうな。


「実力で食ってるとね。やっぱりプライドってあるもんな」


 俺もいいだけ酔っ払っているので、そんな、同情的な言葉とかも平気で口に出せる。


「人の世に生きる難しさだよ、フロアルーラー。三百層辺りでアーティファクトを掘っていたいところだけどね」


 と、イースが肩をすくめてみせる。


「いいじゃんいいじゃん。スライムがおいしいって分かったし」

「るふ…るふ…ぷるぷる…好き…」

「……そっか」


 アルセーが笑った。


「それもそうですね。おいしかったです、ご主人。ごちそうさまでした」

「いえいえ」


 俺もいつの間にか、仕事のぐちゃぐちゃを忘れて酒飲んでるしね。


「さて、そろそろ帰ろうじゃないか。明日はギルドに提出する報告書を書かなければならないよ」

「苦手なんだよにゃー、あれ」

「るふ…仕事は…仕事…」

「そうですよ。明日も仕事です」


 なんて言いながら、てきぱきと片付けをはじめるメイズイーターの四人。

 そうだな、明日も仕事だ。

 ま、ほどほどにがんばりましょうか。

 疲れて帰った後のお酒、うまいからね。

スライムサケ おしまい

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