スライムサケ⑤
「ぬとぬとの次はかぴかぴか。苦労してんね」
「ほんとうに苦労しました! ただばたらき同然です! ですからわたしは、この、おいしいものを食べるんです!」
酔っ払ったアルセーがトマトをぱくぱく食べた。
まあ好きなだけ食ってくれよ。
「さて、フロアルーラー」
おもむろにイースが居住まいを正す。
まあもう、段取りだよな。
抵抗しようとは思わない。
「今回はこの憎きスライムを、美味しくしてくれたまえ!」
「あー……」
どうすればいいんだ、これ。
「スライム…まだ…ある…」
マイアのローブの裾から、産卵めいてスライムシードが転がり出た。
「ウミガメかな?」
「るふ…やぬし…すけべ…」
「爬虫類はまだちょっと、たどり着けてないね」
ボウルの中のスライムシードを前に、ふむむとうなる。
「うーん……とりあえず遊んでみるか」
スライムシードをとんかちで砕いて、ポン酢だぼだぼ。
ぷるぷる待ちの間に、豚ロースの薄切りと水菜をさっと湯がく。
きゅうりをしゅっと切る。
全部がちゃがちゃーって和えたら、ぷるぷるになったポン酢を散らす。
「はい、できたよ。豚しゃぶのスライムポン酢ジュレ」
「わーい!」
「ちょっと食べててな。実験作いってみる」
日本酒用意。
今回は、尾瀬の雪どけにしてみよう。
砕いたスライムシードに、日本酒どぼどぼ。
あんまり硬くても多分マズいので、スライムシードは控えめに。
冷蔵庫に入れておく。
「はっはっは! これは……はっはっは!」
「にゃー、おいしー! しゃきしゃきとぷるぷるがいいかんじ!」
「るふ…るふ…ぷるぷる…好き…」
「これ、いいですね。ドレッシングでべしゃべしゃにならないの、いいですね」
スライムジュレ、好評でなにより。
ぷるぷる待ちの間に、あてをつくろう。
一番出汁を製氷皿に入れて凍らせといた、だしキューブ。
こいつをスライムシードのかけらと一緒に鍋に放り込み、塩をちょっと入れてあっためる。
その間に、板ゆばをお湯でもどす。
板ゆばの水気を切ったら、ちまちまっと折って小鉢にイン。
その上に、だしジュレを散らす。
イクラとかありゃよかったな。
冷蔵庫から取り出した日本酒は、良い感じ。
これを切り子のグラスにとろーっと注ぐ。
「お待たせ。ゆば刺しのスライムだしジュレと、スライムサケ」
「わーい!」
あ、もう豚しゃぶ無くなってるじゃねーか。
俺も食いたかったのに。
まあいいや。
まずはゆば刺しぱくり。
くにゅくにゅ。
ぷりぷり。
「うわ、いいなこれ」
もう食感がおもしろい。
ゆばのくにゅっとスライムジュレのぷりっ。
ゆばのふわーっとした甘さと一番だしの香り。
いいなこれ。
「んくっんくっ……んはー……」
スライムサケをすすったアルセーが、法悦みたいな顔をした。
「これ……すごいですね。甘くて、いいにおいで、とろとろで」
「尾瀬の雪どけ、これ〈夏吟〉ってやつなんだけどさ、桃とかメロンみたいな香りでしょ」
「はっはっは! 恐ろしいサケだね! このボクをして、ゆっくり味わいたいと思わせるとはね!」
「すごい甘いのに、口の中でべたっとしないからね。とろーっとさせてもうっとうしくないんだ」
「るふ…るふ…甘い…好き…」
辛口の日本酒だと、ちょっとうるさいかなと思ったんだよな。
だから、甘さと香りに振り切った尾瀬の雪どけの、それも〈夏吟〉にしてみた。
出羽桜の吟醸とか、鍋島の純米吟醸とかもスライムに合いそうだな。
え、スライムに合う酒ってなに。
いや、ときどき我に返るのが長く続けるこつなんだよ。
「はあ、おいしかった……はあああ、おいしかったあ……」
アルセーが、この上なくしみじみした。
肩の荷が下りたっていうか、うんざりした気分を振り切ったっていうか、そんな感じだ。
だいぶやりたくない仕事だったんだろうな。
「実力で食ってるとね。やっぱりプライドってあるもんな」
俺もいいだけ酔っ払っているので、そんな、同情的な言葉とかも平気で口に出せる。
「人の世に生きる難しさだよ、フロアルーラー。三百層辺りでアーティファクトを掘っていたいところだけどね」
と、イースが肩をすくめてみせる。
「いいじゃんいいじゃん。スライムがおいしいって分かったし」
「るふ…るふ…ぷるぷる…好き…」
「……そっか」
アルセーが笑った。
「それもそうですね。おいしかったです、ご主人。ごちそうさまでした」
「いえいえ」
俺もいつの間にか、仕事のぐちゃぐちゃを忘れて酒飲んでるしね。
「さて、そろそろ帰ろうじゃないか。明日はギルドに提出する報告書を書かなければならないよ」
「苦手なんだよにゃー、あれ」
「るふ…仕事は…仕事…」
「そうですよ。明日も仕事です」
なんて言いながら、てきぱきと片付けをはじめるメイズイーターの四人。
そうだな、明日も仕事だ。
ま、ほどほどにがんばりましょうか。
疲れて帰った後のお酒、うまいからね。
スライムサケ おしまい