竜骨ラーメン②
「思えば最初から、少し怪しかったんですよね」
アルセーの言葉に、ルールーがうんうんうなずいた。
「ギルドの窓口の人、なんか煮え切らなかったからにゃー。事前調査なしにクエスト掲示してたよね、あれ」
「仕方なかったさ。なにぶん緊急の依頼だったからね。ボクたちが駆けつけなければ、村が滅びるところだった」
「村? あれ? 君ら、迷宮の中で冒険してるんじゃないの?」
「大イスタリ宮は広大ですからね。人もふつうに住んでいます」
アルセーが答えてくれた。
「今回の依頼は、第三層……すごく浅い階層ですね。たいしたモンスターも出ない、平和なところです」
「そこでね、ワイバーンが出てきて村を襲ってるから狩猟してくれーって依頼だったんだっく」
ルールーが言葉の最後にしゃっくりした。
呑みすぎじゃないかね。
「ワイバーンって、あれ? ドラゴンみたいなやつ?」
俺がそう聞くと、メイズイーターの連中は全員、『出たよ素人が』みたいな顔をした。
「え、なになに。そんなことも知らないのかよ、みたいな顔やめてほしいんだけど。事実知らないし」
「いにゃー……あまりにもタイミングよすぎて、ねえ?」
ルールーが、困ったような笑顔でパーティメンバーを見る。
「ワイバーン…ドラゴン…間違える人…多い…」
マイアは、うんざりした顔で金麦をぐいーっといった。
イースが、まあまあとでも言うようにマイアの肩をぽんぽんした。
「まさにそこが問題だったんだよ、フロアルーラー。本来であればボクたちにとって、ワイバーンなどものの数ではない。群れれば厄介だけど、さしたる知能もないからね」
「あー……さっき言ってたっけ。ワイバーンかと思ったらドラゴンだったって」
「そうなんです!」
アルセーが、てのひらで机をたたいた。
顔が真っ赤だ。
かなり酔っている。
「ありえません! ワイバーンとドラゴンを間違えるなんて!」
「倒置法で怒った」
怒りが収まらないアルセーは、俺の金麦をぱくると、おとがいを反らして一気に飲み干した。
「うふぅー……くふっ……考えられないですよ! どこが似ているんですか!」
「そんな至近距離で迫られても、どっちも見たことないとしか言えない」
アルセーが酒くさい。
「形は似てるよねえ。あたしもたまに分かんなくなるにゃー」
「第三層にドラゴンが出るというのも、あまり聞いたことのない事例だからね。村人から話を聞いたギルド職員も、そう考えたんだろう。ワイバーンであれば、ときどき群れをなして農地を台無しにしてしまうからね」
イースが、アフリカのバッタ被害みたいなまとめ方をした。
「ばかげてますよ! なんにも似てないのに!」
「でもさアルちゃん、じゃあどこが違うの? って言われたら困らない? あたしだったら、んんーってなるかにゃー」
アルセーは、問うたルール―を横目で睨み、うふぅって酒くさい息を吐いた。
「ワイバーンには前肢がありません。ワイバーンの翼は前肢が進化したものだからです」
「恐竜が鳥になったみたいな」
「一方でドラゴンですと、長虫のように翼も四肢も持たないタイプでさえ、骨格には痕跡が残っています」
「え、じゃあドラゴンの翼はなに由来なの」
俺が訊くと、
「肋骨です」
アルセーが即答した。
肋骨かー。
なんか、ドラゴンってもうちょっと神秘的な生き物だと思ってた。
数千万年かけてこつこつ進化する、みたいなのとは無縁の存在、みたいな。
「生殖器も違いますし、骨盤の付き方だって……つまりそもそも、ワイバーンとドラゴンはまったく別の生き物なんですよ」
アルセーは、モンスターのことになると少しうるさい。
なんでも、そういう学校を卒業したらしい。
え、どういう学校?
「しかし、ワイバーンとドラゴンはよく似ている。ルーではないけど、ボクも混乱してきたよ。翼があって鱗があって爪があって牙があって……」
「収斂進化です」
「え、なんて?」
なんか聞き慣れない言葉が出てきた。
「ですから、収斂進化です。ご主人に分かりやすいようこちらの生き物で説明すると、ダイナンギンポとギンポのようなものです」
「一二を争うぐらい分からないのが来た」
「まったく別々の生き物なのに、生活スタイルが似ていると形も似てくるんですよ」
「あー、それ? 収斂進化それ?」
「はい、そうです。ダイナンギンポとギンポのようなものです」
「それは分からない」
なんだろう、ギンポ。
「まあつまり、そういうことさ。ボクたちはワイバーン討伐のつもりで第三層に向かった」
「装備も軽い感じだったねえ。いにゃー、あれがまちがいだった。大業物をかついでいくべきだったよ」
「…杖…その辺の…木の枝…」
「んで、行ったらドラゴンがいたわけなんだ」
メイズイーターの四人は、しみじみとうなずいた。