スライムサケ③
「あたし初めて知ったんだけど、実はスライムって植物だったんだよね」
開幕早々、ルールーが衝撃的なことを言った。
「え、うそ」
俺の知ってるスライムは鳥山明デザインか、うまーく服だけを溶かすやつなんだけど。
「知られていない事実ですよね。マイア、いいですか?」
「るふ…」
マイアが立ち上がり、ローブの裾をはだけた。
へそ下の暗黒収納空間に、アルセーが頭を突っ込む。
何回見ても慣れない光景だ。
「るふ…やぬし…すけべ…」
「え、いま俺ちらちら見てた?」
「るふ…るふ…」
「分かるとも、フロアルーラー。『見たい』欲望と『見てはいけない』規範意識の間で揺れているんだろう?」
やみくもに共感されてしまった。
やりづらい。
「これがスライムシードです」
アルセーの掌に、なんか赤くてツヤツヤして丸っこい粒が乗っている。
大きさはタピオカぐらいだろうか。
「へー……コアっぽい」
「核といえば核ですね」
アルセーはスライムシードをボウルに入れて、そこに水を張った。
しばらく置いてから、ボウルをゆする。
水が、ぷるんっと揺れた。
びっくりした俺はとっさに身を引いた。
「分かるとも、フロアルーラー」
「え、なにが」
「おっぱいが揺れているみたいに感じたんだろう?」
「百点の童貞しぐさだ」
「にゃー……」
ルールーが疑り深い視線を俺に飛ばしてくる。
君けっこう根に持つタイプだね。
「違うよ。なんか水にモンスターみを感じたんだよ」
「さすがご主人ですね。これが、いわゆるスライムです」
「このぷるぷるが」
アルセーはうなずいて、ストロングゼロをくいーっといった。
長広舌を前に舌を湿らせたいらしい。
「スライムは周囲の水分を、こんな風にジェル状に固めるんです。シソ科の植物に多い特徴ですよね。ご主人にも分かりやすく言うと、チアとかメボウキみたいなものです」
「いつもわからなさが一二を争う」
「…でも…動く…」
「え、これ動くの」
俺は椅子ごと後ろに引いた。
だから、生きてるものを持ち込むのは止めようよ。
最低限のルールでしょ。
「だーいじょうぶだって大将、こっちのミアズマですぐ死んじゃうから」
「安心できると思う?」
「はっはっは、大丈夫さ! このボクがいるからね! アンスール・ハガラズ!」
「室内で抜刀しないで。バフを焚かないで。刀身のルーンを光らせないで」
「見てください、ほら。偽足が形成されてますよ」
アルセーがスライムに箸を突っ込んだ。
「ぜんぜん分かんない」
「スライムは正の走光性を持っていますからね。この偽足で、光に向かって進むんです」
「たいまつをかかげた冒険者に向かって突進したりするんだ。ボクも駆け出しの頃は、天井から降ってきたスライムのせいで窒息死したものさ」
「ダークソウルで見たことある死にざまだ」
「意思があるんじゃないかと、ボクはときどき思ってしまうよ。つまらない宝に目が眩み、道を外れたところに降ってきたりするんだ」
「不死街最下層かな?」
「そこがスライムのよくできたところなんです。共生する微生物――つまり、キノコですね――によって人体のたんぱく質を分解して、苗床にできるんですよ」
「端的に怖すぎる」
「にゃっ! だからスライムがいっぱいいるとこ、キノコと人骨がいっぱいあるからすぐ分かるんだ! いにゃー、勉強になるねえ」
「絶対にそんな死に方だけはしたくない」
「蘇生してその宝を開けにいったら、今度はミミックだったりしてね。はっはっは、あの時はさすがのボクも心が折れそうだったよ」
「ミミックとスライムはよく近くにいますよね。あれは共進化なんじゃないでしょうか。うかつな冒険者が苗床にされ、生えてきたキノコをミミックが食べるんです」
「はえー、迷宮の生態系だ」
人をできるかぎり苦しめて殺すためのピタゴラ装置だ。
旗の代わりに立つのはキノコだけど。
「対処法さえ分かっていれば問題はないさ。しかし、大量発生してしまえば、多くのヌーブ冒険者が犠牲になってしまう」
「…だから…ギルドに…駆り出された」
「公共事業みたいなものですね。リンヴァースは迷宮なしでは成り立ちませんから」
「なるほど。で、なんで最後に俺ん家の風呂に入ってたの?」
「……にゃー」
ルールーがまた疑り深い俺を見てきた。
意外に慎み深いね君。
おっぱい見られても、「にゃっはっは」とか言いそうなのに。