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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
スライムサケ
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スライムサケ①

 生まれ変わったら、残業のない会社員になりたい。

 ギリギリ生きていけるぐらいの給料で働くのは、もううんざりだ。


 終電近くの小田急線に詰め込まれ、飲み会帰りの大学生とかの喧騒を聞きながら、四十分。

 俺はぐったりしながら家に帰った。


 灯りが付けっぱなしだった。

 テーブルの上に、金麦とかストロングゼロとかの缶が転がっていた。


 この時点で俺は気づくべきだったのだ。

 しかし全てがどうでもよかった。

 むしろ明るくてうれしかった。


 服を点々と脱ぎながら風呂場に向かった。

 風呂場も明るかった。

 むしろ明るくてうれしかった。

 洗濯機も回っていたが、それはうるさくてうれしくなかった。


 風呂場の扉を開ける。

 女子が四人いた。


 金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオーは、浴槽に。

 けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルーと、黒髪アラクネのメイジ、マイア・ミスランドもいっしょだ。

 たいして大きくもない浴槽に、みっちみちに詰まっている。

 テトリスだったら消えてそう。


 桃髪ニンフのアルセー・ナイデスは、俺に背を向け、風呂椅子に腰かけ、頭を洗っている。


「ぷふー」


 とかいって、口に入ってきた泡を飛ばしてる。


 S級冒険者パーティ【メイズイーター】の四人が、風呂場に居座っている。

 肌色が多い。


 そのとき俺が感じたのは、ただただ、圧倒的なめんどくささだった。

 疲れて帰ってきたら、よく知らん女性たちが自分の家の風呂にわがもの顔で入ってる。

 めんどくさい以外の感想が出てこない。


「にゃ……?」


 ルールーと、目があった。

 なんか、そこからの動きが、スローモーションで見えた。


 ルールーが、顔を恐怖にゆがめる。

 口をゆっくりと開け、大きく息を吸い込む。

 

 あ、これ、叫ぼうとしてるやつだ。

 俺が悪いってことにされるやつだ。

 泣きたくなるほどめんどくさい。


「にゃごぶっ」


 ルールーがいきなり浴槽に沈んだ。

 姿が完全に消えた。


「…せーふ…」


 マイアがいった。

 叫ばれる前に、下半身の暗黒空間に収納してくれたらしい。

 魔封波みたいにも使えんのな。


 お礼を言おうとすると、イースが人差し指を口元に当ててから、アルセーを指さした。

 なるほど、アルセーも騒ぎはじめたらうるさそうだ。


「ルールー? どうしたんですか?」


 頭をしゃこしゃこ洗いながら、アルセーが口を開いた。


「はっはっは、どうやら鼻に水が入ったようだね! この世の終わりみたいにもがいているよ」


 言いながらイースはお湯をばちゃばちゃさせた。


「そうですか。獣人なんですから、気を付けてくださいね。感覚器官は大事に、ですよ」


 俺はぺこりと頭を下げ、風呂場を後にした。

 ダイニングキッチンに戻ってから、なんで俺が遠慮してんだろうと一瞬だけ思い、怒るのもめんどくさくなってやめた。


 なんかつくろう。

 つまみつくって呑んで寝よう。

 内臓に負担ないやつ。


 トマト湯むきして、めんつゆぶっかけて鰹節の粉を散らしたやつ。


 トマト湯むきするついでにアスパラゆがいて、塩昆布で和えたやつ。


 大根をスライサーでしゃしゃっとやって水に放って、水気切ったらドレッシングで和えて鰹節の粉散らしてのり散らしたやつ。


 大根の葉っぱを刻んで塩して水気絞って、ごま油でてりてりに炒めてごま振ったやつ。


 肉とか魚とか食いたくないぐらい疲れてるので、ぜんぶ野菜になった。


「ん……うん、うん。トマトいいな。鰹粉と合うよな」


 トマトつまんで、角ハイボールぐいー。

 こういうとき、角のえらさに感動する。

 ほんのり甘いぐらいで、口の中からさっさといなくなってくれる。

 重たいもん入れたくないぐらい疲れていても、ほぼ無限に呑める。


 アスパラと塩昆布和えたのつまむ。

 茹ですぎたか、ぐにゃっとした食感がむしろありがたい。

 

「塩昆布えらいよなー。どこにいてもうまいもんな君は」


 塩昆布のくしゃくしゃした食感、いい。

 上あごと下あごの結節点あたりがじんとしびれる感じの、おおざっぱな旨味、えらい。


 で、そろそろあったかいのが欲しいから、大根葉炒めたの行こう。

 ざくざく。

 じゃきじゃき。


「いいね、君もえらい。ほろ苦くてえらい」


 ハイボール二杯目ぐいー。

 角すごいな、何度呑んでもちょっと感動あるな。

 レモンとか強炭酸とか要らん、スーパーで箱買いしたPBの炭酸がむしろいい。


 ああ、だんだん全てがどうでもよくなってきた。

 俺のせいじゃないことで怒られたこととか、もうどうでもいい。

 よし、今日はもう寝よう。


「はっはっは! お風呂をいただいたよ、フロアルーラー!」

「はー、さっぱりしました。ありがとうございます、ご主人」

「るふ…るふ…すけべ…」

「……にゃー」


 忘れてた。

 こいつらがいた。

 しかも全員、勝手に俺の服を着てる。

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