マイア故郷に帰る⑤
パプリカとニラ納豆とデスワームが片付いた。
ストロングゼロは三人で十二本。
やっぱりこいつら死にたいんだろうな。
「あのさ、そろそろ帰らない? もう日が変わるんだけど」
「にゃー……一生ここにいる……」
「やめて」
「うっく、ひっく……あの、ご主人、やしないますんで。わたし、やしないますんで」
「え、どういうつもり」
「はっはっはぁーあ……それはもう、家に帰ったら、フロアルーラーがお風呂とごはんとお酒を用意してくれているんじゃないかな」
「だいたいいつもそうなんだけど」
ごとん。
寝室で変な音がした。
すさーっとふすまが開いて、マイアが来た。
「えっ……なに」
泥まみれで傷だらけで、右腕がない。
血の臭いがする。
「ある…治して…やぬし…ぶいちゅーばー…」
「は、はい!」
「あ、うん」
アルセーがマイアを治している間に、俺はiPadを用意した。
どうしよう、なにがいいかな。
こういうときはやっぱり無難に親分かな。
え、片腕ちぎれてるやつがVチューバー見たがってるときの『無難』ってなに?
「るふ…るふ…あいちゃん…かわいい…」
正解だった。
「里帰りしたんですよね。どうして片腕がちぎれたんですか?」
「…アルラウネ…いた…」
新たに生えてきた腕をぐるぐる回したり、ぐーぱーしたりしながら、マイアは返事をした。
「アルラウネって、あのなんか、花の中に女の子がいるみたいな?」
「とても厄介なモンスターです」
「はえー。強いイメージあんま無い」
「ダンジョンでエンカウントする分には、とくに困りませんけどね。農地に発生すると大変なんです。葉っぱにクマリンが含まれていますから、アレロパシーを起こしちゃって」
「クマリンもアレロパシーも、うっすら聞いたことある。なんだっけ」
「つまるところ、毒で他の植物を追いやってしまうんです。ご主人に分かりやすく言うと、アスパラガスみたいなものですね」
「え、う、うー……アスパラガスまでは分かる」
一二を争うぐらい分からないやつが来なかったので、俺はちょっとごちゃごちゃした。
「…あの…やぬし…」
マイアがローブをぺろっとめくった。
いつものやつなのであまり動じない。
「これ…おいしく…できる…?」
へその下の暗黒空間から、ずずずずずっと、太くて長いものが出てきた。
「うわ、うわうわうわ。なにこれ」
「根」
「え、アルラウネの?」
「…アルラウネの根…」
「アルラウ根?」
「…アルラウ根…」
どうしろと。
「…畑…こわれたから…」
戸惑っていると、マイアが言った。
そうだ、マイアの故郷って、子どもを売るぐらい食うや食わずの土地だった。
そこにアルラウネが来て畑を駄目にしたのか。
きっついなーそれは。
「…だめ…?」
「あー、待って、その目には弱い」
「…るふ…! …やぬし…すき…」
「はいはいどーもね。じゃあちょっとがんばってみる。というわけで、今日は君たち帰んなさい」
「にゃー……」
「はっはっは……」
「はい、お片付けですよ。イース、ルールー、起きてください」
俺とアルセーは、ぐずるイースとルールーを協力して追っ払った。
◇
次の休日、アルラウネと向き合う。
たわしでごしごしやって土を落とす。
包丁を入れてみる。
ざりざりざりざりっ。
なんか、すさまじい音を立てて切れた。
繊維がすごすぎる。
どう考えても食べ物じゃないだろこれ。
糸口がまったく見つからない。
こういうとき、手を貸してくれそうな人がいる。
「大家さーん」
「あらあ、サンマルイチ号さん」
俺のことを囚人番号みたいに呼ぶ大家さんだ。
「実はアルラウネを調理することになっちゃったんですけど、これってそもそも食べられるものなんですか?」
「ええ、食べるわよ」
「食べるのか」
食べるんだ。
「でも、いわゆる救荒食みたいね」
「あー。松の皮を使ったモチみたいな」
「そうねえ。詳しくは知らないけれど、潰して水に晒すとか……」
「んー? なんだろ。葛とかわらびみたいな?」
大家さんはぱんと手を叩き、にっこりした。
「そうそう、それよお」
「それかー……ありがとうございます。助かりました」
「ちゃんとみんなと仲良くしてえらいわねえ、サンマルイチ号さんは」
頭ぽんぽんされた。
ただただうれしい。
なるほどなるほど。
この根には、でんぷんがたっぷり蓄えられているってわけだ。
さっそく『わらび粉 作り方』でググってみる。
「ふんふん、そうやるのね」
iPadをかたわらに調理開始だ。
アルラウネを切り刻んで、水とまぜ、ミキサーにかける。
ふるいにかけて、液体を漉し取る。
めっちゃ茶色い液体になった。
しばらく放っておくと、でんぷんが底に沈む。
アクとかゴミのまざった上澄みを捨てる。
まだでんぷんはめっちゃ茶色いので、ふたたび水を混ぜる。
で、しばらくして上澄みを捨てる。
何度か繰り返すと、だんだんアクが抜けて、でんぷんが白くなる。
「あ、めっちゃ歩留まりいいなこいつ」
葛とかだと一キロの根から百グラムも取れないと書いてあったのでぞっとしたけど、根の半量ぐらいが粉になった。
アルラウネ粉には一生困らないと思う。
これをつかった料理といえば、もうアレしかないな。
やっていこう。
アルラウネ粉を水で溶いて砂糖を混ぜて、火にかける。
めっちゃ混ぜる。
ひたすら混ぜる。
透けてきたらバットに移して、冷水にどぼん。
透明になったら引き上げて、アルラウネ餅のできあがり。
「わー! おいしそうですね! ぷるぷるですね!」
「はっはっは! 食べるスライムだね!」
「スライムもこないだ食べたけどにゃー」
できあがったものを、メイズイーターにお披露目。
「で、こいつには黒蜜たっぷりかけて、きな粉もぼっさぼさにかけちゃおう」
「いただきます!」
ぱく。
つるん。
もちもち。
「おー。完全にくずもちだなこれ」
くずもち以外の何者でもない。
もっちもちで、きな粉と黒蜜が最高に合う。
「にゃっ! 口の中で逃げるよ! んきゅ! んきゅ!」
「はー、涼しげですね。秋を食べているみたいです」
「あとこんなのも作ってみたよ」
小麦粉とアルラウネ粉と砂糖を混ぜて焼いた生地であんこをくるみ、アルラウネの葉っぱでつつんだ。
「名付けてアルラウネ長明寺」
長明寺というのは、関東風桜もちのこと。
アルラウネの葉っぱがやけに桜の香りだったので、ためしにつくってみた。
イースが手を伸ばし、ぱくっといく。
「む……これは……はっはっは! まさにアルラウネを倒したときの匂いだ! 血がたぎるね!」
「え、ほっとする香りじゃない?」
「あたしたちの感覚とはちがうにゃー。でも美味しい! あまーくてもちもちーで!」
文化がまったく異なっている。
桜もちの香りって、春とか縁側とかひだまりとか、そういうのを連想させるけどなあ。
「ちょっとググったんだけど、クマリンって桜の香りのことだったんだね。桜もアレロパシー起こすんだってさ」
「面白い食文化ですね。クマリンには毒性があるんですけど」
「みたいだね。ネズミ殺すのに使われてるって書いてあって、まったく知りたくなかったわ」
マイアは、雑談に混じらない。
真剣な顔して、アルラウネ餅を食ってる。
「そうだ、マイア。アルラウネ粉……というか、こっちにもアルラウネ粉みたいな食べ物あるんだけどさ。色んな食べ方あるらしいんだ」
わらび粉とか葛粉だけじゃなくて、タピオカ澱粉とか、サゴ澱粉とか、世の中には思った以上の澱粉が存在していた。
アルラウネと出会わなきゃ一生知らなかったろうな。
「で、水で練って蒸したり焼いたりしたの、主食にするとこあるらしいよ」
「…しゅしょく…?」
「そ。パンとかコメみたいな感じで。マイアの故郷だとじゃがいもか。ぜんぶ同じ澱粉、ていうか炭水化物だな」
「…食べれば…生きて…いける…?」
俺はうなずいた。
マイアが笑顔になった。
いつもの陰気なやつじゃなくて、雲間から出た太陽みたいな、ぱっと明るいやつ。
「…行って…くる…!」
「おーう、行ってらっしゃい」
マイアは慌てて飛び出していった。
みんなにこにこして、その後ろ姿を目で追った。
「んっふふーん。やるじゃん大将」
「まーねまーね。褒めたまえ」
「ありがとうございます、ご主人。マイアも……なんだかんだで、故郷ですから」
「ま、細かいことは分かんないけどさ。平和が一番だよね」
「はっはっは、その通り! アルラウネを打倒し、勝ち取った平和だ! すばらしいね!」
「まずその最初に戦うくせなんとかならない?」
「はっはっは!」
「ならないかー」
俺もたまには顔出そうかね、実家。
気の利いたことはできないけどさ。
◇
「……うまい」
ブーランドは、水と混ぜて焼いたアルラウネ粉を食べた。
「これが、アルラウネだって?」
「…そう…」
「で、これがあれば、じゃがいもが無くても平気だって?」
「…ともだちが…言ってた…」
「どんな友達だよそいつ」
「…るふ…るふ…」
ブーランドはため息をついた。
「なんでオマエは、おれたちを助けようとするんだ。オマエにとってはもう、関係ない場所だろ」
「…分から…ない…けど…」
「ア?」
「…困ってる…から…」
ブーランドは呆れた。
「ばかか? そんな理由でおれたちを許すのか」
「…許しては…いない…だから…最後…」
マイアはきっぱりと言いきった。
ブーランドは一瞬、打ちのめされたような表情を浮かべた。
だがたちまち仏頂面を取り戻して、鼻を鳴らした。
「ああ、そうかよ蜘蛛女。二度と戻ってくるな。ろくでもねえ目に遭いたくなかったら」
マイアはほほえんだ。
「…るふ…」
「……その、笑い顔」
「…?」
ブーランドの口が、かすかに動いた。
謝罪の言葉を形づくろうとして、すぐに閉じた。
「じゃあな、マイア」
「…さよなら…ブー…」
「その名前で呼ぶんじゃねえ」
マイアはブーランドの家を後にした。
村外れで、フリーケが待っていた。
「…おばあちゃん…」
フリーケが両手を広げた。
マイアは物言わずフリーケに抱きついた。
「ありがとう、マイア。辛かったろう?」
背中をぽんぽんされて、マイアはうなずく。
「…おばあちゃん…ひとつだけ…」
「どうした? ババアになんの頼み事だね?」
「…お父さんと…お母さんは…どうして…いっしょに…?」
なぜフリーケと両親は、共にアルラウネ討伐に向かったのか。
三者に繋がりがあったのだと、マイアは知らなかった。
「ああ、そのことかい。そりゃ、魔女の“盟約”だからさ」
マイアは顔を上げた。
両親は森の魔女に、どんな頼み事をしたのだろうか。
「アンタは覚えちゃいないだろうけど、アンタの両親はさる国の高名な魔法使いでね。政争に負けて、ここに落ち延びたのさ。アンタを連れてね」
「…知らな…かった…」
「そうだろうね。まだアンタは吹けば飛ぶような子蜘蛛だったんだから」
「…それで…おばあちゃんに…なにを…?」
「アンタはきっと、この村で差別される。アンタの両親がそうされたようにね。だからこのババアに頼んだのさ。アンタの味方になってくれってね」
マイアは目を見開く。
森の魔女は、ほほえんでうなずく。
「両親もアンタのこと、本当は手元に置いておきたかったろうさ。でもここにいたら、いずれいじめ殺されちまう。だからババアは伝手をたよりに、アンタを売った。リンヴァース魔法学院の小間使いとしてね。ハッ、ババアの読み通りさ。アンタは一流の魔法使いになって戻ってきて、故郷を救った」
「…お父さんと…お母さんは…守ろうと…した…」
「アンタと同じさ、マイア。差別され、無視され、いじめられ、それでもこの村の連中を守ろうとした。誰のことも許せないままでね」
「…盟約…だから…?」
フリーケは首を横に振った。
「それだけじゃないよ。それも、アンタと一緒さ。みんなが困ってるのを、見ちまったからさ。ついつい考え無しで飛び出しちまったんだよ。ま、殺されちまって、このババアも発狂しちまったけどね」
「…そう…」
なにも語らずに死んでいった両親のことを、思う。
今になって、胸が痛んだ。
「泣いときな、マイア。きっと父ちゃんも母ちゃんも、アンタを誇りに思っているよ。今でもずっと」
マイア故郷に帰る おしまい