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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
マイア故郷に帰る
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マイア故郷に帰る④

 往時の姿を取り戻したフリーケが、ふわりと着地する。

 

「フフフ……フフフフフ……!」


 アルラウネが手を振り上げ、指令を下すように振り下ろした。

 無数の編み上げ蔓が、一斉にフリーケを襲った。


「流れ去る時。翳る陽ざし。崩れ落ちる山塊」


 フリーケは動じず、呪文を詠唱する。


「枯れる木々。漂う病――病! 病! 侵し尽くす病! ペスティレンス!」


 木靴の踵を打ち鳴らし、魔法を放つ。

 蔓は一瞬でぐずぐずに腐り落ち、異臭を放つ赤茶色の液体と化した。


「マイア! ぼさっとしてンじゃないよ!」

「…お、おばあちゃん…」

「ババアの手には余る相手だ! アンタが戦うんだよ!」


 フリーケは跳躍し、マイアの背に乗った。


「…でも…杖も…右手も…」

「このババアを杖にしな」


 驚くべき提案だった。

 杖とは即ち、魔力を効率よく集め、望むがままに変化させるための触媒である。

 森の魔女たるフリーケは、触媒として申し分ない。


「フフフフフ!」


 怒り狂ったアルラウネが、蔦を振り回す。

 横っ飛びし、歩脚でいなし、高く跳ね、かわしきれぬ一撃が――


「過熱する閃光! ラディウス!」


 フリーケの短詠唱魔法が炸裂し、光線が蔦を焼き切った。

 マイアが目を見張るほどの精度であった。

 

「…分かった…」

「いい返事だ、マイア! ババアの弟子なだけあるよ!」


 フリーケはマイアの肩に両手を乗せ、マイアの頭におっぱいを乗せた。


「いいかい、アルラウネってのは地中に深く根を張るんだ。あんたの魔法で、丸ごと引きずり出してやんな。お日様のもとに、ぶざまな姿を晒してやるんだよ!」

「…るふ…るふ…!」

「そうさマイア、笑うのさ! さあ、やってやんな!」


 フリーケに背中を強く張られ、マイアは好戦的な笑みを浮かべた。


「…這いずる朽縄くちなわ…怯える木々…見下ろす夢…」


 絶え間なく襲う蔦を回避しながら、詠唱は淀みない。


「…行き詰まる水…支配する腕…腕! 腕! 暴き立てる腕! ラプチャー!」


 ずん、と、大地が揺れた。


「うわああああ!」


 ブーランドがその場に伏せ、土をつかんだ。

 動揺したアルラウネが、花弁を閉じて潜行した。


 段々畑そのものが、激しく震えた。

 石積みの法面にひびが入り、水が噴き出した。


 ビキッ――ミシッ――


 地の底から、不穏な音が響く。

 潜行したアルラウネが土中からはじき出され、花弁を閉じたままのたうった。


 段々畑を崩壊せしめながら、それが宙に浮いた。

 横倒しにした巨木のような、ばかげて大きいアルラウネの主根であった。


 主根の周囲には、アルラウネがぶら下がっている。

 これまで戦っていた個体だけではなく、未成熟のものも見られた。


「マイア!」

「…おばあちゃん…!」


 マイアは、跳んだ。

 主根に歩脚を突き立てた。


「ババアが最初に教えた魔法だよ。覚えているかい?」

「…うん…!」


 ローブの下に秘された暗黒空間を、めいっぱい広げる。

 日食のように空が翳った。

 

 泥まみれのブーランドは、茫然とその様を見上げていた。

 空に広がる闇がアルラウネの主根を平らげる、その様を。


「フー……いささか、応えたね……」

「…つか…れた…」


 師匠と弟子は目を閉じ、頭を下にして落ちるに任せた。


「う、わ、お、落ちてやがる! ババア! マイア!」


 ブーランドは慌てて走り出した。

 あの高さから落ちれば、墜死は免れない。


「くそおおお! 間に合ええええ!」


 ブーランドは両手を伸ばし、地面を蹴った。

 頭から大地につっこみ、数メートルほど滑走する。

 だが、受け止める手応えは得られなかった。


「…ブー…?」


 突っ伏したところに声をかけられて、ブーランドは自らの失敗を悟った。

 魔法使いが、魔法も使わず落下死するはずがない。


「……その名前で呼ぶんじゃねえ」


 ブーランドにできるのは、強がることだけだった。



「……悪霊ってのは、間違いじゃなかったんだな」


 崩れ落ちた段々畑を前に、ブーランドはぼそりと呟いた。


「魔女の本草学にゃあ、アルラウネのことがちゃーんと書いてあるのさ。やつらは畑荒らしの悪霊さね。勝てると踏んだが、ババアの予想より育っていてね」

「…強かった…」

「ハッ、呑み込んどいてよく言うよ。強くなったじゃないか、マイア」

「…うん…ありがとう…」


 マイアと目が合ったブーランドは、気まずそうに顔を背けた。


「…じゃあ…帰る…」

「ア? え、あ、お、おう……」


 マイアの言葉に、ブーランドは曖昧な返事をした。


「いや、マイア……」


 意を決して顔をあげたとき、もうマイアはずいぶん先を歩いていた。


「今更、何を言えるでもないだろ」


 フリーケが、ブーランドの肩に手を置く。


「アンタらは、寄ってたかってマイアをいじめ抜いた。ババアは、マイアを守ってやれなかった。今になって許されようたって、そうはいかないさね」

「……そう、だな。そうだよな。おれたちは、マイアを」

「やることがあるだろ、村長。畑はめちゃくちゃになっちまったんだ。どうやって村人を食わせる?」


 ブーランドは伸ばしかけた手をひっこめ、体の脇で硬く拳を握った。


「わかんねえよ。助けてくれ、ババア」


 フリーケはからからと笑った。


「いいかい、魔女への頼みごとってのは“盟約”なんだよ。アンタはこのババアと盟約を結ぶのさ、ブー」

「なんでもいいから、その名前で呼ぶんじゃねえ」

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