マイア故郷に帰る③
「フフフ……!」
アルラウネが蔓を鞭のように振り回す。
マイアは歩脚で蔓を弾き、接近しながら魔力塊をいくつも放った。
寄せ集めの魔力を、アルラウネは花弁で容易く弾く。
距離を数メートルまで詰めたところで、再びアルラウネは潜行した。
「…近づくと…潜る…」
地面の震動を歩脚で感知し、マイアは飛び退く。
アルラウネが地面を突き上げ、花弁を開く。
「お、おい! なんとかならねえのか!」
胴の上で、ブーランドがわめいた。
「…花びら…かたい…でも…本体は…」
緑色の膚を持つ女性の形をした、いわばアルラウネの柱頭。
魔力塊がかすった頬に、傷がついていた。
「近くで…ぶつければ…」
接近すると潜行するのは、柱頭を守るためであろうとマイアは推測した。
ゼロ距離で魔力塊を叩き込めば、潰せる。
「……おれがやる」
ブーランドが言った。
「…ブー…?」
「その名前で呼ぶんじゃねえ」
マイアから飛び降りたブーランドが、スコップを構えた。
「おれが気を引くから、その隙にやれ」
「…でも…」
「村長命令だ! 黙って従いやがれ、マイア!」
ブーランドが、アルラウネに向かって駆け出す。
「こっちだ! おい、クソ野郎! なめんじゃねえぞ!」
スコップを振りかざすブーランドを、アルラウネは一瞥した。
「フフフ……フフフフフ……」
花弁から飛び出した蔓が、ブーランドの足首に巻きついた。
「ちくしょう! ふざけんな! ぜってえぶっ殺す!」
ブーランドは絶叫し、スコップを蔓に叩きつける。
抵抗むなしく、ブーランドの体は引きずられていった。
「…今…!」
魔力を集めた左拳を目いっぱい引きながら、マイアが駆けだす。
「アアアアア!」
「…んっ…ぐっ…!?」
フリーケがだしぬけにマイアの髪を掴み、思いっきり後ろに引っ張った。
つんのめったマイアの蜘蛛胴が跳ね上がり、フリーケが宙に放り出される。
放物線を描いたフリーケの体は、ブーランドの腹の上に着地した。
「ぶぐえっ! て、てめえ! なに考えてやがる!」
「アアアア! アアアアアア悪霊!」
だがフリーケの行動は、結果的にマイアを救った。
ひときわ太い蔓が地面から突き上がり、マイアの胴があった空間を貫いていた。
「フフフ……フフフフフ……」
アルラウネが哄笑する。
いくつもの蔓が地面から飛び出して、その先端を嗜虐的に揺らした。
ひとつひとつが数十本の蔓を編み込んだもので、その太さは樹齢数百年の古木のようだ。
横っ腹に一撃を喰らえば、確実に胴体がちぎれるだろう。
「…勝て…ない…」
いつ生じたものなのか、このアルラウネは、マイアが知るどの個体よりも強い。
A級冒険者パーティでさえ、準備なくては返り討ちに遭うだろう。
編み込まれた蔓が、一斉にマイアを襲った。
横っ飛びし、歩脚でいなし、高く跳ね、かわしきれぬ一撃が延髄を打った。
視界が、ちかちかとまたたく。
マイアはぶざまに歩脚を投げ出しながら着地した。
意識がほどけていく。
まぶたが落ちる。
体が溶けるような眠気。
「おい、どけ、どけってんだよ!」
「アアアア! アアアア悪霊!」
ブーランドとフリーケの声が、遠い。
「耳元で叫ぶんじゃねえ! うるせえんだよクソババア!」
叫んでから、ブーランドは青ざめた。
「やばい」
「クソババア!?」
フリーケが、吠えた。
「クソババアだって!?」
胸ぐらをつかもうとしたブーランドが、蔓に捕縛されていることに気付いたらしい。
「フンッ!」
フリーケは蔓を乱暴に引きちぎった。
アルラウネは目を見張り、怯えたように後退した。
改めてフリーケはブーランドの胸ぐらをつかんだ。
「あたしゃねえ、アンタが親父の金玉袋を泳いでた頃からババアなんだよ! 敬意ってもんを持ちな!」
「おいババア、状況を分かれよ! そんな場合じゃねえんだよ!」
「あン?」
フリーケはあたりを見回した。
目の前には、アルラウネ。
周囲には、無数の蔓。
そして、傷ついたマイア。
「フー……なるほど。こりゃついてるね。ババアの弟子がいるじゃないか」
「…おばあちゃん…でも…」
マイアの体力は限界に近い。
焼き潰した傷口から、再び血がこぼれている。
「あン? ババアをなめんじゃないよ! 誰がアンタに魔法を教えたと思ってんだい!」
フリーケが、跳んだ。
伸ばしたつま先を軸に、空中できりもみ回転をはじめた。
マイアが、ブーランドが、アルラウネが、フリーケを思わず見上げた。
まとったボロ布がはじけ飛び、白熱するパーティクルと化してフリーケの周囲を華吹雪のように舞った。
と、パーティクルは一糸まとわぬフリーケの体に吸着し、べんがら色のローブに転じた。
しぼんでいた胸と尻が膨らみ、ローブを下から押し上げた。
わずかな髪が残るばかりの頭を、フリーケは両手で抱えた。
手櫛を通すように手を滑らせた先から、豊かな銀髪が伸びていく。
パァン!
フリーケが音高く顔を張った。
そこにあるのはうつろな老婆の顔ではない。
ぽってりとした下唇と、長くカールするまつげ。
森の魔女、フリーケの魅惑的な相貌だった。
パーティクルが頭上に凝集し、とんがり帽子となった。
次いで足元を覆い、木靴となった。
「バ、ババアが……」
ブーランドは眼前の奇跡に言葉を失った。




