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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
マイア故郷に帰る
14/39

マイア故郷に帰る③

「フフフ……!」


 アルラウネが蔓を鞭のように振り回す。

 マイアは歩脚で蔓を弾き、接近しながら魔力塊をいくつも放った。

 寄せ集めの魔力を、アルラウネは花弁で容易く弾く。

 距離を数メートルまで詰めたところで、再びアルラウネは潜行した。


「…近づくと…潜る…」


 地面の震動を歩脚で感知し、マイアは飛び退く。

 アルラウネが地面を突き上げ、花弁を開く。


「お、おい! なんとかならねえのか!」


 胴の上で、ブーランドがわめいた。


「…花びら…かたい…でも…本体は…」


 緑色の膚を持つ女性の形をした、いわばアルラウネの柱頭。

 魔力塊がかすった頬に、傷がついていた。


「近くで…ぶつければ…」


 接近すると潜行するのは、柱頭を守るためであろうとマイアは推測した。

 ゼロ距離で魔力塊を叩き込めば、潰せる。


「……おれがやる」


 ブーランドが言った。


「…ブー…?」

「その名前で呼ぶんじゃねえ」


 マイアから飛び降りたブーランドが、スコップを構えた。


「おれが気を引くから、その隙にやれ」

「…でも…」

「村長命令だ! 黙って従いやがれ、マイア!」


 ブーランドが、アルラウネに向かって駆け出す。


「こっちだ! おい、クソ野郎! なめんじゃねえぞ!」


 スコップを振りかざすブーランドを、アルラウネは一瞥した。


「フフフ……フフフフフ……」


 花弁から飛び出した蔓が、ブーランドの足首に巻きついた。


「ちくしょう! ふざけんな! ぜってえぶっ殺す!」


 ブーランドは絶叫し、スコップを蔓に叩きつける。

 抵抗むなしく、ブーランドの体は引きずられていった。


「…今…!」


 魔力を集めた左拳を目いっぱい引きながら、マイアが駆けだす。


「アアアアア!」

「…んっ…ぐっ…!?」


 フリーケがだしぬけにマイアの髪を掴み、思いっきり後ろに引っ張った。

 つんのめったマイアの蜘蛛胴が跳ね上がり、フリーケが宙に放り出される。

 放物線を描いたフリーケの体は、ブーランドの腹の上に着地した。


「ぶぐえっ! て、てめえ! なに考えてやがる!」

「アアアア! アアアアアア悪霊!」


 だがフリーケの行動は、結果的にマイアを救った。

 ひときわ太い蔓が地面から突き上がり、マイアの胴があった空間を貫いていた。


「フフフ……フフフフフ……」


 アルラウネが哄笑する。

 いくつもの蔓が地面から飛び出して、その先端を嗜虐的に揺らした。

 ひとつひとつが数十本の蔓を編み込んだもので、その太さは樹齢数百年の古木のようだ。

 横っ腹に一撃を喰らえば、確実に胴体がちぎれるだろう。


「…勝て…ない…」


 いつ生じたものなのか、このアルラウネは、マイアが知るどの個体よりも強い。

 A級冒険者パーティでさえ、準備なくては返り討ちに遭うだろう。


 編み込まれた蔓が、一斉にマイアを襲った。

 横っ飛びし、歩脚でいなし、高く跳ね、かわしきれぬ一撃が延髄を打った。

 視界が、ちかちかとまたたく。

 マイアはぶざまに歩脚を投げ出しながら着地した。


 意識がほどけていく。

 まぶたが落ちる。

 体が溶けるような眠気。


「おい、どけ、どけってんだよ!」

「アアアア! アアアア悪霊!」


 ブーランドとフリーケの声が、遠い。


「耳元で叫ぶんじゃねえ! うるせえんだよクソババア!」


 叫んでから、ブーランドは青ざめた。


「やばい」

「クソババア!?」


 フリーケが、吠えた。


「クソババアだって!?」


 胸ぐらをつかもうとしたブーランドが、蔓に捕縛されていることに気付いたらしい。


「フンッ!」


 フリーケは蔓を乱暴に引きちぎった。

 アルラウネは目を見張り、怯えたように後退した。

 改めてフリーケはブーランドの胸ぐらをつかんだ。


「あたしゃねえ、アンタが親父の金玉袋を泳いでた頃からババアなんだよ! 敬意ってもんを持ちな!」

「おいババア、状況を分かれよ! そんな場合じゃねえんだよ!」

「あン?」


 フリーケはあたりを見回した。

 目の前には、アルラウネ。

 周囲には、無数の蔓。

 そして、傷ついたマイア。


「フー……なるほど。こりゃついてるね。ババアの弟子がいるじゃないか」

「…おばあちゃん…でも…」


 マイアの体力は限界に近い。

 焼き潰した傷口から、再び血がこぼれている。

 

「あン? ババアをなめんじゃないよ! 誰がアンタに魔法を教えたと思ってんだい!」


 フリーケが、跳んだ。

 伸ばしたつま先を軸に、空中できりもみ回転をはじめた。

 マイアが、ブーランドが、アルラウネが、フリーケを思わず見上げた。


 まとったボロ布がはじけ飛び、白熱するパーティクルと化してフリーケの周囲を華吹雪のように舞った。

 と、パーティクルは一糸まとわぬフリーケの体に吸着し、べんがら色のローブに転じた。

 しぼんでいた胸と尻が膨らみ、ローブを下から押し上げた。


 わずかな髪が残るばかりの頭を、フリーケは両手で抱えた。

 手櫛を通すように手を滑らせた先から、豊かな銀髪が伸びていく。


 パァン!


 フリーケが音高く顔を張った。

 そこにあるのはうつろな老婆の顔ではない。

 ぽってりとした下唇と、長くカールするまつげ。

 森の魔女、フリーケの魅惑的な相貌だった。


 パーティクルが頭上に凝集し、とんがり帽子となった。

 次いで足元を覆い、木靴となった。

 

「バ、ババアが……」


 ブーランドは眼前の奇跡に言葉を失った。

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