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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
マイア故郷に帰る
13/39

マイア故郷に帰る②

 村は朝日を浴び、惨状をくっきりと際立たせていた。


 多くの家が傾き、潰れ、ツタに飲み込まれていた。

 残った家も、壁がはがされ、骨組みがむきだしになっていた。

 

 痩せた子どもが、土の上に横たわっている。

 マイアは水の入った革袋と白パンを子どもにさしだした。

 子どもがうっすらと微笑み、細い腕を伸ばした。


「何をするの!」


 金切声が響いた。

 子供を抱き上げ、マイアを睨む女もまた、ひどく痩せている。


「…シエナ…」


 ゆたかな巻き髪と、歳に見合わぬ大きな胸をいつも自慢していた女の子。

 ブーランドとつるんで、マイアを畑のてっぺんから蹴り落としたり、石をぶつけたり――

 マイアは首を横に振って、追想を打ち切った。

 ぱさついた金髪にも、しぼんでしまった胸にも、往時の面影はない。


「アンタ、蜘蛛女のミスランドでしょ? なんで戻ってきたのよ。ウチの子を蜘蛛にしようたって……」


 と、シエナの視線が、革袋と白パンに注がれる。 

 ごくり、と、唾を飲み込む音が聞こえた。


「…食べて…」


 パンと革袋をシエナに押し付け、応答を待たずにマイアは歩き出した。


 シエーナの口の周りに白く吹いた粉を、マイアは見ていた。

 それで、人家の壁がはがされている理由を理解した。

 餓えた村人は、壁の珪藻土までむさぼって、命をつないでいる。


「アアアアア悪霊!」


 フリーケがマイアの前に飛び出した。


「アアア! アアアアア!」


 しきりに指差す先は、段々畑だ。


「…おばあちゃん…もう…帰るから…」


 フリーケは、残ったわずかな髪を振り乱した。

 そして懇願するように、額を地面にすりつけた。


 強引に横をすり抜けようとすると、意外にもすばやい動きで前に回る。

 そして奇声を上げ、段々畑を指さす。


「…わかった…」


 フリーケとの“盟約”を思い出したのだ。


 七歳の夏、マイアは森の中の炭焼き小屋に一人で向かった。

 醜い蜘蛛の胴を、窯で焼き切ろうと考えていた。


 炭焼き小屋には、フリーケがいた。

 マイアを一目見るなり、茶目っ気あふれる笑顔を浮かべた。


――んまァ、生意気にも蜘蛛の体なんぞぶらさげて。ババアが欲しいぐらいだよ。


 生まれてはじめて、マイアは自らのからだを肯定された。

 それからマイアは、フリーケと親しんだ。

 マイアに収納魔法を教えたのは、他ならぬフリーケだったのだ。


――いいかい、魔女への頼みごとってのは“盟約”なんだよ。アンタはこのババアと盟約を結ぶのさ、マイア。

――…めい…やく…


――そう。アンタはババアに魔法を教わる。その代わり、ババアはアンタに一つだけ、なんでも頼みごとをできる。それが魔女との盟約さ。できるかい、マイア。


――…盟約…する…


 収納魔法で蜘蛛胴を隠せるようになってからも、村人の態度は何一つ変わらなかった。

 森の魔女と親しんでいるということで、罪状がひとつ増えたようなものだった。


「アアアアア! アアアアア!」


 奇声を上げるフリーケが、魔女の盟約について覚えているとは思えない。

 だが、この義理さえ果たせば、今度こそ村のことを忘れられるだろう。


 マイアとフリーケは、段々畑に向かった。



 村が丸ごと死にかけている理由は、明らかだった。

 今の時期であれば紫色の花をつけているはずのじゃがいもが、畑にほとんど残っていないのだ。


「…甘い…香り…」


 段々畑にはそぐわない、どこか蠱惑的な臭気が漂っている。


「…悪霊…?」

「アアアア……」


 フリーケは委縮しきって体を丸めている。


「おい……おい、てめえら! はっ畑に、何の用が……!」


 肩で息をしながら、ブーランドが段々畑を駆けあがってきた。


「ああ、ちくしょうっ、ちゃんと食ってれば、てめえらなんかに」

「…ブー…」

「だから、その名、前、で……」


 マイアを見上げたブーランドは、言葉を失った。


「…少し…黙って…」


 杖を掲げたマイアの相貌に、殺気が浮かんでいる。

 S級冒険者の凄味に、ブーランドは圧倒されたのだ。


「……キキッ」


 マイアの視線を追えば、一匹のネズミがよたよたと這っている。

 口に咥えているのは、見慣れぬ植物の肉厚の葉だった。


「キッ……」


 ネズミが、ぱたりと倒れた。

 ぴくぴくと痙攣し、手足をびんと伸ばし、動かなくなった。


「アアアアア! アアアアアア! ア、ア、あ、悪霊!」


 土が跳ね上がり、ネズミの死体を飲み込んだ。


「……え?」

「…ブー…!」


 マイアは体ごとぶつかって、ブーランドの体を押しのけた。

 直後、土の中から飛び出した何者かが、有り得ぬ速度で三人を襲撃した。


 土を巻き上げながら畑の上を滑走したそれが、ゆっくりと振り向いた。


「…アルラウネ…!」


 身の丈は、三メートルほど。

 血のように赤い花から、緑色の膚を持つ女性の上半身が生えている。

 花から生えた女性は、口に獲物を咥えていた。

 死んだネズミと、杖を握ったままの右手。


 血の噴き出す傷口を、マイアは左手で強引に握り込んだ。

 魔法を無造作に放ち、焼き潰す。 

 煙が上がり、肉の焦げる臭いがする。


「お、オマエ……」

「…ブー…逃げて…」


 周囲の植物を枯らし、甘い香りや肉厚の葉で獲物を引き込み、喰らう。

 それが、アルラウネというモンスターだ。

 油断していい相手ではないが、強敵というわけでもない。

 足手まといが二人いて、杖と右手を奪われているのでなければ。


「フフフ……フフフフフ……」


 杖と右手とネズミを丸のみにしたアルラウネは、笑い声らしき音を立てた。

 花の中から数本の蔦が伸び、力をためるようにたわんだ。


「…来る…!」


 マイアは蜘蛛の胴を解き放った。

 飛来した蔦を鋏角で絡め取り、力任せに引っ張る。


「フフフフフ……」


 力が拮抗し、蔦が引きちぎれた。

 勢い任せに、マイアはアルラウネめがけて突進した。

 アルラウネは花弁を閉じ、ドリルのような姿となって地面に潜行した。

 

「…乗って…!」

「え? ア……」

「…はやく…!」


 我に返ったブーランドが、フリーケを担いでマイアに飛び乗った。

 マイアは瞳を閉じ、八本の脚に意識を集中させた。


 わずかな震動。


「…しっかり…つかまって…!」


 マイアが横っ飛びに飛んだ直後、アルラウネが地面を突き破って飛び出した。

 太い根と繋がれた姿は、乗馬鞭のようだ。


 アルラウネと土を結ぶ根をめがけ、左手で魔法を放つ。

 杖も詠唱もないまま寄せ集めた魔力の塊。

 アルラウネは空中で回転しながら花弁を開き、魔法を弾き飛ばした。


「フフフ……フフフフフ……」


 アルラウネは着地し、笑い声をあげた。

 蠱惑的な香りはいっそう強くなり、今や吐き気を催すほど濃密だ。


 イースがいれば、杖を奪われるようなことにはならなかっただろう。

 ルールーがいれば、一撃で根を寸断してくれたことだろう。

 アルセーがいれば、五体が引きちぎられるのを覚悟して戦えただろう。


 だがここには、満足に食べていない男が一人と、頭のいかれた魔女が一人。

 マイアは静かに死を覚悟する。

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