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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
マイア故郷に帰る
12/39

マイア故郷に帰る①

 パプリカをまるごと一個、網の上で真っ黒焦げになるまで焼く。

 こげた皮をはがし、かっこよく切ったら白だしにひたし、冷めたらパプリカのおひたし。


 刻んだ納豆、ゆがいて適当に切ったニラ、うずらの卵、和からし、砂糖をがちゃがちゃーっと混ぜて、ニラ納豆。


 ワタを抜いて干したデスワームをぶつ切りにして、魚焼きグリルで炙った棒デスワーム。

 大根おろしを添えてやる。


 ああ、日常のつまみをモンスターが浸食していく。


「かんぱーい!」


 ストロングゼロの缶をぺこぺこぶつけ合うのは、S級冒険者パーティ、メイズイーターの連中だ。


「いにゃー、染みてるねえ。パプリカいいねえ。くにゃくにゃしてて楽しいねえ」


 おひたしをぱくぱくいくのは、けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルー。


「ニラ! これはいいものだね、明日の活力になるものだ!」


 やたら声でかいのは、金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。


「わっ! デスワーム、すごいですね! 皮がぱりぱりで、脂すっごい乗ってます!」


 まっさきに迷わず棒デスワームを食べて、桃髪ニンフのプリースト、アルセー・ナイデスはご満悦。


「あれ?」


 なんか一人足りないな。


「マイアは?」


 黒髪アラクネのメイジ、マイア・ミスランドがいない。

 いつもいつも、四人がかりで俺の平穏をめちゃくちゃにしてくるのに。


「里帰りだってさ。ご両親が亡くなっちゃったらしいよ」


 ルールーがからっと答えた。


「あ、それは……なんていうか」

「はっはっは、フロアルーラーが気にすることはないさ! もともとマイアは地元と疎遠だったからね。ここ百年は帰っていないはずだよ」

「スパンが長い」

「イース、エルフの尺度でものを言わないでください。でもリンヴァースに来てから、ずっと実家には帰っていないですよ」

「にゃー、そうだねえ。マイアはほら、売られっ子だから」

「られっ子の中でいちばん重たいやつだ」

「なに、よくあることさ。ボクの友人も八人ぐらい売られたよ」

「あるあるが全く笑えない」


 ファンタジー世界の闇に不意打ちされてしまった。


「マイアの場合、ご両親はヒトですし、まわりにアラクネがいないみたいですから。そういうのもあって、地元では辛い目を見ていたみたいですよ」

「え、そんななんか、ヒトから生まれたりするんだアラクネ」

「わたしはヒトとドリアードの混血ですから。よくあることです」

「多様性がすごい」


 しかし、こいつらにも人生ってあるんだよな。

 酒呑ませてつまみ食わせてる今でも、ちょっと架空の存在っぽく思えていた。


「実家ね。俺もぜんぜん帰ってないな」


 俺の両親は田舎でチャチな飲み屋をやっている。

 別に、反目して飛び出したわけではない。

 ただ単に継ぐつもりがないだけで、親は親で、どう思ってるのか知らんが表面上は何にも言ってこない。


「ま、うまいもん作って帰りを待つかね」

「ありがとう、フロアルーラー。マイも喜ぶよ」

「いーえ」



 谷間の寒村は、なにもかもがぐったりしていた。

 山向こうに消えていく夕暮れまでもが、よろこびに溢れた人生を諦めているかのように。


 両親の遺体は、ミスランド家の前の空き地に、無造作に埋められていた。

 おまけに野猪の類が掘り起こしたらしく、二人分の人骨がむきだしになっていた。

 わずかに残った肉は噛み痕だらけで、腐敗の緑色を帯びている。


 マイアは杖を人骨に向けた。


「…慈しむ土…セプルクルム」


 魔法は、周囲の土を背の高さほどに寄せ集め、焼き固めた。

 それは無銘の墓碑となった。


 すでに辺りは暗い。

 一泊したら、帰るつもりだった。

 故郷には、義理も思い入れもない。

 今となっては、憎しみさえも。


「…悲しくも…ない…」


 涙ひとつ流さない自分は、酷薄なのだろうか?

 自問したが、悼むほどの記憶さえなかった。


「おい、てめえ……蜘蛛女か?」


 懐かしい顔の若者。

 ブーランド・バル。

 村長の息子だ。


「…ブー…」

「その名前で呼ぶんじゃねえ」


 ブーランドは、肩にかついでいたスコップを地面に突き立てた。


「何しに来やがった」


 問いかけには、憎悪が込められている。

 かつてブーランドは、村長の息子であるのをいつも鼻にかけていた。

 そして、自分が正義であることを疑いもせず、マイアをいじめていた。


「…父さんと…母さんの…お墓を…」


 マイアは淡々と答えた。

 

「ああ、そうかよ」


 ブーランドは、両親の墓碑にスコップを叩きつけ、


「ってえ……!」


 はじき返され、尻餅をついた。

 この墓碑は、リンヴァースに比類無きメイジの魔法がこもっているのだ。

 寒村の村人が砕ける道理などない。


「今すぐこいつを壊しやがれ、マイア。村長命令だ」

「…村長…」

「ああ、そうだよ。親父はおととし逝っちまった。今じゃおれが村長だ」


 マイアは笑みを浮かべた。

 この鼻持ちならないうすのろが、村長なのだ。

 生まれ故郷は何も変わっていない。

 それが、滑稽だった。

 

「てめえ! なにがおかしい!」

「るふ…るふ…」

「あああ、その笑い方だ。覚えてるぜ。てめえはいつも、殴られる度にそういう笑い方をしたな。媚びるようで、おれたちを丸ごとばかにするような笑い方だった」

「…猪に…掘り返されていた…」


 マイアはただ事実を告げた。


「ア? はあ? ……ああ、そういうことかよ。だからこのおれが、埋め戻しに来たんだろうが。余計なことをしやがって」

「…明日には…出て行く…」


 ブーランドに背を向け、マイアは両親の家に入った。


「おい、てめえ! 待て、蜘蛛女が! 話は終わってねえぞ」


 扉越しの怒鳴り声は、無視しているうち、聞こえなくなった。



 翌朝。


「アアアアー! アアー! アー!」


 奇声でマイアは目を覚ました。

 陽ざしの中で、両親の家をあらためて見る。


 壁の珪藻土は剥がされ、竹の骨組みがむきだしになっている。

 家財道具は一切合切持ち去られ、床板も半分ほど失われている。


 この寒村に、盗人や食い詰めた騎士団がやってくるはずなどない。

 わずかなじゃがいもを段々畑で育て、やっと食いつないでいるような土地なのだ。

 とすれば、壁や床板をはがしたのは村人だろう。


「アアー! アー! アー! アアアアア!」


 奇声が止まない。

 マイアは外に出た。


 老婆が、両親の墓碑の前で膝をつき、両手を広げていた。

 泣いている。

 どう見てもまともな精神状態ではない。


「…フリーケ…おばあちゃん…」


 横顔に、見覚えがあった。

 魔女フリーケ。

 森に住み、ささやかな魔法や本草学の知識によって、村人の敬意と恐怖を集めていた。


「アアアア……」


 だがフリーケは、とんがり帽子もローブも、魔法を使ったあとの茶目っ気あふれる笑顔も、どこかに落としてしまったらしい。

 豊かな銀髪は抜け落ち、ボロ布をまとった体は枝きれのようだった。


 フリーケがマイアを見た。

 白内障で濁った瞳が、ゆっくりと焦点を結んでいった。


「ア、アアア……」


 ぽってりとした下唇、長くカールしたまつ毛、ふくよかな四肢。

 あの魅惑的な肉体は魔法によって保たれていたのだと、マイアは思い知った。

 目の前にいるのは、みじめな老婆だった。


「…おばあちゃん…」


 マイアが近寄ると、フリーケは全身を震わせ、飛び退いた。


「アアアアア! アアアア!」


 奇声に威嚇の色がまじった。

 村に来てはじめて、マイアの胸がちくりと痛んだ。

 居場所のないマイアに魔法を教えたのは、他ならぬフリーケだった。


「まだいやがったのか、蜘蛛女」


 ブーランドが、スコップ片手にやってくるなり悪態をついた。


「…ブー…」

「だから、その名前で呼ぶんじゃねえよ!」

「…おばあちゃん…どうして…」

「ア? それ、てめえに関係ねえだろ? さっさとこのくだらねえ墓をぶっ壊して帰りやがれ」

「…そう…」


 マイアはまつげを伏せて呟いた。

 ブーランドはややたじろいだ。


「……いきなりおかしくなっちまったんだよ。じゃがいも畑に悪霊が住み着いたとか言い出しやがって、魔法で丸ごと焼き払おうとしたんだ」

「…悪霊…?」

「知らねえよ! だから、このクソババアがどうかしちまったんだよ!」

「クソババア!?」


 フリーケが立ち上がった。

 突如として我に返ったようだった。


「やべえ」


 ブーランドが青ざめる。

 昔からフリーケは、『クソババア』という言葉に激烈な反応を示したのだ。


「クソババアだって!? あたしゃねえ、アンタが親父の金玉袋を泳いでた頃からババアなんだよ! 敬意ってもんを持ちな!」


 フリーケはブーランドに掴みかかった。


「やめろって! いい加減にしろ、ババア!」


 ブーランドに突き飛ばされたフリーケは地面に横たわると、


「アアア……アアアアア!」


 ふたたび奇声を上げはじめた。

 見下ろすブーランドの瞳には、怒りだけではなく、後悔がある。


「俺たちはフリーケを止めたんだ。だってのに、てめえの親父とおふくろが、畑を見に行って……」


 ブーランドが言いよどむ。


「…死体で…帰ってきた…」

「二人は死んで、一人は狂っちまった」

「…なにが…あったの…」

「分かりゃ苦労しねえよ!」


 ブーランドは怒鳴り、スコップを地面に叩きつけた。

 驚いたフリーケが這って逃げた。


「……とにかく、どの道てめえには関係のねえ話だろうが」


 ブーランドは吐き捨てるように言った。


「村長命令だ。これ以上ろくでもねえことを起こすまえに、さっさといなくなりやがれ、蜘蛛女」


 マイアはうなずいた。

 自分を売った父と母の末路など、どうでもいい。

 この村がどうなろうと、興味はない。

 ただ、墓を見に来ただけだ。


 マイアはブーランドの横を通り過ぎ、村の出口に向かった。

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