デスワームのアヒージョ⑤
俺はキッチンに戻った。
ぶつ切りにしたデスワームに片栗粉はたいて、中温で揚げる。
「ほい、デスワームの竜田揚げ」
「わーい!」
さっそく四人が手を伸ばす。
「わっは……これ、これも美味しいですね! こりこりになりました!」
アルセーがマッコリぐいー。
「んっふう……はー、おいしいです。衣がさくさくで、じゅわーって出てくる油が、なんかしょっぱくておいしいんですよね」
「味すごいよねこれ。なんだろ、何由来なのか分からんけど味すごい」
「ね! すごい味ですよこれ! 味ですね!」
まずい、酔っぱらいしかいないから会話がぐるぐる回ってきた。
「うーん……これならあれもできそうだな。やってみっか」
ちっちゃいスキレットにオリーブオイルをだぼだぼ注ぐ。
カルディのアヒージョシーズニングばしゃー。
結局これが一番うまいよな。
油がふつふつしてきたら、ぶつ切りにしたデスワームの身を入れる。
ついでにマッシュルームも入れちゃおうか。
デスワームの色が変わって、マッシュルームが軽く焦げたらできあがり。
「はい、実験作。デスワームのアヒージョ」
仕事帰りに買ってきたバゲットを切って、オーブンであっためたのを添えよう。
アヒージョっつったらバゲットだしね。
「はっはっは! これは……はっはっは!」
油ひたひたのデスワームを食ったイースが、爆笑した。
伝わらないねー。
「どれ、俺も食ってみっか」
もう酔ってるので、どうでもいいことまで口に出す。
バゲットを油にひたして、デスワームを一切れ乗っける。
バゲットが、ざくっ。
デスワームが、ぐにぐに。
ごくん。
「おおー……これは」
タコっぽい旨味が前に出てきてる。
バゲットの甘さと、油の辛さが合わさって、めちゃくちゃうまい。
「デスワームえらい。えらいなあ君」
「るふ…堅いの…好き…」
マイアもご満悦だ。
「ああそうだ、こいつにはあれだな、あのビールだ。絶対そうでしょ」
ふらふらしながら冷蔵庫に辿り着き、真っ青な缶を持ってくる。
「よなよなエールの傑作IPA、インドの青鬼。君に決めた」
IPAすなわち、インディアペールエール。
ホップをめちゃくちゃ大量に使って、とにかく苦くしたビールだ。
かしゅっ。
ぐいーっ。
にがっ!
「あー! 苦いね!」
強烈に苦いけど、それだけじゃない。
喉を通る時には、ホップの果物を思わせる豊かな香り。
舌の上に残るのは、どっしりした強い味。
口の中が苦くなったところで、アヒージョオンバケットをぱくっ。
辛い。
甘い。
うまい。
あーもうだめだこれ。
「んぐんぐんぐ……んふー……大将、これおいしいねえ」
インドの青鬼を一瞬で飲み干したルールーは、もう目がとろんとしてる。
「はー、罪深いです……未知の生物がこんなにおいしいなんて、罪深いです……」
アルセーもだいぶおねむさんだ。
「はっはっはあぁーあ……さすがに疲れたね」
イースが生あくびをした。
未知の生物に食われて、命からがら逃げ出して、異世界で宅呑みしているのだ。
そりゃ、疲れるだろう。
「にゃー……今日こそ泊まろうよー……あたしもう、むり……」
「うー、悪くないかもしれないです……」
「あー、いいんじゃない別に」
俺もだいぶ何もかもどうでもいい気分だったので、適当に答えた。
「…三十層の…クエスト…」
ぼそっと、マイアが呟いた。
それで全員、がばーっと顔を上げた。
そのまま無言で脱衣所に突進していった。
「大変ですよ! はやくクエストクリアしないと!」
「はっはっは! すっかり忘れていたね!」
「あーでも洗い物が! お片付けが!」
「いいよいいよ、俺やっとくから。仕事しといで」
「ううう、ごめんなさい、ご主人! ありがとうございます!」
アルセーとイースが。
「るふ…るふ…今日も…おいしかった…」
「マイアのおかげだな。余ったの、干物にしとくわ」
「るふ…! …またね…やぬし…」
「次は普通に来てくれな」
マイアが。
「にゃー! めんどくさい! 行きたくない! 寝たい!」
「仕事はちゃんとしなさい」
「ううー! うううう!」
「また美味しいのつくるから」
「にゃっ! それを言われちゃあ弱いねえ! ばいばい大将、まったねー!」
ルールーが。
全員が押し入れに飛び込んでいき、ようやく平和が訪れる。
残されたのは、粘液まみれの床と、べこべこになったふすま。
「……さて」
とりあえず俺は『ヌタウナギ ヌタ 掃除』でググるところからはじめた。
デスワームのアヒージョ おしまい