デスワームのアヒージョ④
「いにゃー、参ったねえ。あーれはやばかった」
「はっはっは! しかしボクたちの勝ちだ! そうだろう、フロアルーラー!」
もう結構べろべろのイースが、がつっと肩を組んできた。
耳元で大声でうるさい。
「はー……結局、デスワームについては謎のままでした。残念です。ですよね、ご主人」
アルセーは、机につっぷしてぐちぐち言っている。
「…デスワーム…見る…?」
と、マイアがそんなことを言った。
「やめよう」
嫌な予感がしたので俺はすぐに止めた。
「るふ…るふ…」
「いやその、『あ、ここでこれやったらこいつにダメージ行くな?』の顔もやめよう。やるなら現地でやってくんないかな」
マイアがローブをめくった。
暗黒空間から、なにかがにゅっと顔を出し、ころんと転がり落ちた。
なんか、でかくて細長いなにか。
「え、なにこれ」
「…たまご…?」
「え、疑問形」
薄い膜の向こうが透けている。
なにか、うねうねっとしたものが、ぐるぐる動いている。
「キシャーーーー!」
薄い膜をバツンとやぶって、ヘビっぽいなんかが飛び出してきた。
かと思ったら、
「きしゃー……」
哀しげな声を上げて床に落ちた。
粘液まみれでのたくっている。
灰色で、細長い。
ぬたぬたしている感じは、ヘビというよりウナギとかアナゴっぽかった。
「きゅう、きゅう」
最後に気の毒な声を上げると、そいつは死んだ。
「……めっちゃびっくりしたんだけど」
俺はマイアを睨んだ。
「生きてるの持ち込むのはさすがにどうかと思うよ」
「…ミアズマで…すぐ死ぬ…」
「え、なに、なんて?」
「モンスターは、大気に満ちる瘴気に弱いんですよ」
「あ、そうなんだ。へー……」
現代文明への皮肉みたいな話だった。
「ほっほーう、口がこうなってるんだね。これでごりごり削られちゃったんだ」
ルールーがデスワームをむんずとつまみ上げた。
頭のところをぎゅっと押すと、円形の口が露出する。
円周上に並ぶのは、歯というか、やすりみたいなざらっとした物体。
「わー! 無顎類です! わー!」
アルセーが叫んだ。
「え、なにそれ」
「顎を持たない生き物の総称です! とても原始的な生物なんですよ。ご主人にも分かりやすく説明すると、スナヤツメみたいなものです」
「いつも一二を争いぐらい分からないやつがくる」
「そっかあ、やっぱりあの粘液はムチンだったんですね! 熱で変性するわけです」
「アルセーがうれしそうでよかったよ」
「すごい発見ですよ! デスワームの幼体なんて!」
あ、待てよ。
「そのヤツメって、もしかしてヤツメウナギのヤツメ?」
「そうです」
「へー……ヤツメウナギじゃないけど、ヌタウナギなら食ったことある。あれ、ヤツメウナギと同じような生き物だって聞いたことあるなあ」
なんとなく呟いてから、一瞬で後悔した。
なんで俺はアルセーに話を合わせようとか思ったんだろう。
「大将、見て見て! 卵の中にいっぱい詰まってた!」
ルールーが、ボウルいっぱいのデスワームを俺に押しつけた。
「さあ、フロアルーラー! 今日も美味しくしてもらおうじゃないか!」
「えー……」
「きゅう、きゅう」
デスワームが断末魔のうめき声を上げている。
「るふ…るふ…虹河…らきぴょこ…」
当のマイアはもうVチューバーに夢中。
ふざけんなよ。
「どうなっても知らんからな」
俺は捨て鉢な気分で言った。
「おいしくなるんだろう?」
イースがすっげえしたり顔でめっちゃぶっとばしたい。
俺は、デスワームでいっぱいのボウルを前に、しばし途方にくれた。
◇
頭を落として、皮をむく。
ぐいーっと引っ張るとずるずるってむけていくので、けっこう気持ちいい。
「わ-! これ、これが粘液を分泌する腺ですね!」
「アルセー、踏み台の上でぴょんぴょんしないよ」
「は! すみません!」
内臓はなんか、シンプルな管みたいになってる。
どこ食えるか分かんないんで、捨てる。
身は、鳥っぽくもあるピンク色。
さてどうしたもんかね。
まずは炒めてみるか。
しょうがすりおろし、刻みにんにく、ごま油、酒、コチュジャン、しょうゆ。
調味料を合わせたボウルに、ぶつ切りのデスワーム肉をぶちこむ。
ニラ一束は食べやすく切る。
もやしは一袋まるごと、さっと洗って水気を切る。
で、ニラともやしをデスワームと合わせる。
中華鍋を火にかけて、ごま油たっぷりあっためる。
ここに、ボウルの中身をどーん。
ジャアアアと凄まじい音がして、油がばんばん跳ねる。
コチュジャンの、甘くてぴりっとした香りが立ち上がる。
中華鍋をアオりにアオって、野菜がしなっとするまで炒めたら、ジュワジュワいわせながら大皿にどかん。
切りごまを散らす。
「はいお待たせ、デスワームの韓国風炒め」
人数分の取り皿と、お酒はそりゃもう、マッコリでしょこれ。
「んっふふーん! これはもう、ばっちりおいしいやつでしょ!」
ルールーがスプーンでがぼっと掬い、ぱくっといった。
「おほっ! なにこれ! なんかおもしろ! おもしろおいしい! あははは! かみ切れない!」
なんとか呑み込んだところに、マッコリをついっと。
「んはー……これこれ。この、どろーっとして甘いの。辛くて味濃いーのに合うよねえ」
すごいなルールー。
こんな未知のもん、よく迷わずぱくつけるよ。
というわけで、俺も箸を伸ばしてみる。
「んはっ……うっま!」
なんだこれ、うまい。
モツ系の美味さだ。
ちょっと臭みがあって、噛むと口の中でぶりぶり暴れ回る。
しつこく噛んでると味がどんどん出てくる。
あ、なんか遠くにタコっぽさを感じてきた。
コチュジャンの辛さに、もやしのシャキシャキ感とニラの香りがうれしい。
で、口がぴりぴりしたところに、マッコリ。
この甘ったるさが合いすぎる。
「うっふ……これ、危険な組み合わせだな」
思わず箸が伸びてしまう。
最後に切りごま振ったの大正解。
炒めたコチュジャンの香ばしさと重たさに、ばっちりはまってる。
「にゃっ! このコリコリってしてるの、背骨だね!」
「正確に言えば、脊索ですね。無顎類は原始的な生き物なんです」
背骨か脊索か知らんけど、鶏軟骨っぽい食感で楽しい。
「これやばい! 大将! こいつはよくありやせんぜ!」
「よくないな。このままだと死すらなまぬるい運命が待っている」
「なまぬるい!」
異常なペースで酒が進むぞこれ。
「いやこれ……掘りがいある食材だな。まだ遊べそうだぞ」