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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
竜骨ラーメン
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竜骨ラーメン①

 大陸最大級のダンジョン、大イスタリ宮。

 そこには、全てがある。

 無限の財宝、世界の真実、致死のトラップ。

 古い知識、封印された奥義、邪悪なモンスター。


 大イスタリ宮のまわりには、リンヴァースという名の都市が築かれた。

 リンヴァースには、ギルドがある。

 ギルドは、迷宮に挑む冒険者を管理し、S~Eまでのランクを振り分けている。

 いかにもなファンタジーで、だいたい想像の通りだ。

 だれの想像って?

 俺の想像だ。



 日本、東京都。


 小田急線町田駅から、徒歩五分。


 ふれんどしっぷ町田、301号室。

 一人暮らしにはかなり広い2DK。


 八畳のダイニングキッチンには、S級冒険者の女子が四人。


 まずはこのイカれたメンバーを紹介しよう。


「はっはっは、ワイバーンだと思ったらドラゴンとはね! しかし、ボクたちには一歩及ばずだ!」


 金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。


「るふ…るふ…弱い…ドラゴン…」


 黒髪ヒューマンのメイジ、マイア・ミスランド。


「まったく……無茶しないでください。ちぎれた腕とつぶれた内臓を、だれが治すと思ってるんですか」


 桃髪ニンフのプリースト、アルセー・ナイデス。


「いにゃー参ったね、尻尾の一振りで胃が破裂するとは思わなかったよ」


 けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルー。


 鎧とかローブとか着た連中が、テーブル囲んでストロングゼロ呑んでる。

 頭がおかしくなりそうな光景だ。

 これは、コスプレイベントのアフターとかではない。

 彼女らは冒険者ギルドに所属するS級冒険者パーティ、【メイズイーター】のメンバーだ。


 そして俺は一山いくらのビジネスパーソン。

 いま気になっているのは、なんとなく広がってきた額と、走ったあとの息切れがやけに長くなったこと。

 ダンジョンとも冒険者ギルドともまったく関係ない、ただのおっさんだ。


 カウンターキッチン越しに冒険者を見ながら、俺は料理をつくっている。

 冒険者どもが、一刻も早くリンヴァースに帰ってくれることを祈りながら。


「にゃー……治ったばかりの胃に、ストゼロが染みるねえ」


 けも耳ざむらいのルール―がしみじみ呟く。

 ストゼロを水みたいな勢いで飲んでいる。 


「完全にくっつくまで、二日はかかるんですからね。暴飲暴食はだめですよ」


 桃髪ニンフのプリ―スト、アルセーがたしなめる。

 見た目は子どもだけど、平気でお酒を飲んでいる。


「るふ…るふ…あいちゃん…かわいい…」


 黒髪ヒューマンのメイジ、マイアが変な笑い声をあげる。

 iPadにかじりつき、バーチャルユーチューバーに夢中だ。


「さて、ちょっとお風呂をいただくよ。今日はだいぶ血を流してしまったからね、さっきからどうにも気持ち悪いんだ」


 金髪エルフのルーンナイト、イースが、鎧を脱ぎ捨てながら立ち上がる。

 えび茶色に染まった下着から、魚屋みたいな血の匂いが漂った。


 S級冒険者どもが、俺の部屋に居座る。

 ああ、プライムビデオで古いアニメをザッピングしながら、ひとりでお酒を飲みたい。

 そんな、会社帰りの疲れたおっさんのささやかな楽しみが、今日も奪われるのだ。



 ふれんどしっぷ町田301号室は、昔から、ときどき大イスタリ宮とつながってしまうそうだ。

 やけに家賃が安いのは、それが理由。

 大島てるにはそんなこと書いてなかったんだけどな。


 とにかく冒険者どもは迷宮帰りに俺の部屋にやってくるし、


「にゃっ! おつまみが足りなくなってきた! 大将、なんかつくって!」

「るふ…やぬしの…おつまみ…たべる…」


 とか図々しい。


「ルールー、マイア、それが人にものを頼む態度ですか。ただでさえお邪魔させてもらってるのに」


 アルセーひとり、図々しい連中の中でもやや図々しくない。


「いいよ別に。俺もなんか呑むし」


 S級冒険者パーティ【メイズイーター】がはじめてやって来てから、ずいぶん経った。

 俺はもう、なにを言ってもこの連中が居座ることを知っている。

 だから今日もあきらめて、ささっとなにかつくるのだ。


 冷蔵庫を開けて、ざっと物色。

 賞味期限ギリギリの粉チーズがあったから、こいつを使ってみよう。


 意外に使わないまま、粉チーズが冷蔵庫の中で死にかけてないだろうか?

 そういうときにぴったりのレシピがある。


 フライパンに粉チーズをどばっとあけたら、平たくならす。

 こいつを、弱火でゆっくりあたためる。

 チーズがゆっくり溶けて、流れ出た油で勝手に揚がってくれる。

 ちまちまつまむのにぴったりな、薄焼きチーズのできあがりだ。

 一口大に砕いて皿に盛ったら、色味にバジルかパセリを散らしてやろう。


「お待たせ。てきとうにつまんで」


 金麦片手に俺もテーブルにつく。

 プルトップをかしゅっと開けたら、ぐいーっと流し込む。


「はー……たまらんねえ」


 仕事帰りの空きっ腹にアルコールが流れてくる感じ、たいへん良い。

 内臓がちりちりっと軽く痛むのもまた楽しいね。


「ご主人。今日も一日、お疲れ様です」


 アルセーが殊勝なことを言った。


「はいお疲れ。食べて食べて」


 薄焼きチーズのお皿を、ずいっとテーブルのまんなかに持って行く。


「にゃっ! これ! さくさくだねえ!」

「るふ…しょっぱい…おいしい…」

「いいですね、これ。おいしいです。好きな味です」


 ピザのはしっこの、チーズが焦げた部分っておいしいよね。

 あれそのものの味がする。

 かりかりでさくさくでしょっぱくて、むやみにお酒が進むのだ。


「お風呂をいただいたよ、フロアルーラー。ありがとう」


 新しい肌着を着たイースが、俺の隣に座った。

 湯上がりで体温高いよ、ちょっと離れてくんないかな。


「ん、これはいいね。ボク好みの味だ」


 遠慮なく薄焼きチーズ食べて、遠慮無くストロングゼロあけてる。

 いつもの夜だ。


「それにしても、今日は実になんぎな戦いだったね。さすがのボクも焦ったよ」


 と、イースがこんな調子で切り出せば、


「いにゃー、さすがに死ぬかと思ったねえ」


 ルールーがあいづちを打って、


「あれはギルドの不手際です」


 なんかアルセーが怒り、


「るふ…るなちゃん…かわいい…」


 マイアがバーチャルユーチューバーに夢中になる。


 酔いも深くなって、そろそろ冒険話のはじまりだ。

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