竜骨ラーメン①
大陸最大級のダンジョン、大イスタリ宮。
そこには、全てがある。
無限の財宝、世界の真実、致死のトラップ。
古い知識、封印された奥義、邪悪なモンスター。
大イスタリ宮のまわりには、リンヴァースという名の都市が築かれた。
リンヴァースには、ギルドがある。
ギルドは、迷宮に挑む冒険者を管理し、S~Eまでのランクを振り分けている。
いかにもなファンタジーで、だいたい想像の通りだ。
だれの想像って?
俺の想像だ。
◇
日本、東京都。
小田急線町田駅から、徒歩五分。
ふれんどしっぷ町田、301号室。
一人暮らしにはかなり広い2DK。
八畳のダイニングキッチンには、S級冒険者の女子が四人。
まずはこのイカれたメンバーを紹介しよう。
「はっはっは、ワイバーンだと思ったらドラゴンとはね! しかし、ボクたちには一歩及ばずだ!」
金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。
「るふ…るふ…弱い…ドラゴン…」
黒髪ヒューマンのメイジ、マイア・ミスランド。
「まったく……無茶しないでください。ちぎれた腕とつぶれた内臓を、だれが治すと思ってるんですか」
桃髪ニンフのプリースト、アルセー・ナイデス。
「いにゃー参ったね、尻尾の一振りで胃が破裂するとは思わなかったよ」
けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルー。
鎧とかローブとか着た連中が、テーブル囲んでストロングゼロ呑んでる。
頭がおかしくなりそうな光景だ。
これは、コスプレイベントのアフターとかではない。
彼女らは冒険者ギルドに所属するS級冒険者パーティ、【メイズイーター】のメンバーだ。
そして俺は一山いくらのビジネスパーソン。
いま気になっているのは、なんとなく広がってきた額と、走ったあとの息切れがやけに長くなったこと。
ダンジョンとも冒険者ギルドともまったく関係ない、ただのおっさんだ。
カウンターキッチン越しに冒険者を見ながら、俺は料理をつくっている。
冒険者どもが、一刻も早くリンヴァースに帰ってくれることを祈りながら。
「にゃー……治ったばかりの胃に、ストゼロが染みるねえ」
けも耳ざむらいのルール―がしみじみ呟く。
ストゼロを水みたいな勢いで飲んでいる。
「完全にくっつくまで、二日はかかるんですからね。暴飲暴食はだめですよ」
桃髪ニンフのプリ―スト、アルセーがたしなめる。
見た目は子どもだけど、平気でお酒を飲んでいる。
「るふ…るふ…あいちゃん…かわいい…」
黒髪ヒューマンのメイジ、マイアが変な笑い声をあげる。
iPadにかじりつき、バーチャルユーチューバーに夢中だ。
「さて、ちょっとお風呂をいただくよ。今日はだいぶ血を流してしまったからね、さっきからどうにも気持ち悪いんだ」
金髪エルフのルーンナイト、イースが、鎧を脱ぎ捨てながら立ち上がる。
えび茶色に染まった下着から、魚屋みたいな血の匂いが漂った。
S級冒険者どもが、俺の部屋に居座る。
ああ、プライムビデオで古いアニメをザッピングしながら、ひとりでお酒を飲みたい。
そんな、会社帰りの疲れたおっさんのささやかな楽しみが、今日も奪われるのだ。
◇
ふれんどしっぷ町田301号室は、昔から、ときどき大イスタリ宮とつながってしまうそうだ。
やけに家賃が安いのは、それが理由。
大島てるにはそんなこと書いてなかったんだけどな。
とにかく冒険者どもは迷宮帰りに俺の部屋にやってくるし、
「にゃっ! おつまみが足りなくなってきた! 大将、なんかつくって!」
「るふ…やぬしの…おつまみ…たべる…」
とか図々しい。
「ルールー、マイア、それが人にものを頼む態度ですか。ただでさえお邪魔させてもらってるのに」
アルセーひとり、図々しい連中の中でもやや図々しくない。
「いいよ別に。俺もなんか呑むし」
S級冒険者パーティ【メイズイーター】がはじめてやって来てから、ずいぶん経った。
俺はもう、なにを言ってもこの連中が居座ることを知っている。
だから今日もあきらめて、ささっとなにかつくるのだ。
冷蔵庫を開けて、ざっと物色。
賞味期限ギリギリの粉チーズがあったから、こいつを使ってみよう。
意外に使わないまま、粉チーズが冷蔵庫の中で死にかけてないだろうか?
そういうときにぴったりのレシピがある。
フライパンに粉チーズをどばっとあけたら、平たくならす。
こいつを、弱火でゆっくりあたためる。
チーズがゆっくり溶けて、流れ出た油で勝手に揚がってくれる。
ちまちまつまむのにぴったりな、薄焼きチーズのできあがりだ。
一口大に砕いて皿に盛ったら、色味にバジルかパセリを散らしてやろう。
「お待たせ。てきとうにつまんで」
金麦片手に俺もテーブルにつく。
プルトップをかしゅっと開けたら、ぐいーっと流し込む。
「はー……たまらんねえ」
仕事帰りの空きっ腹にアルコールが流れてくる感じ、たいへん良い。
内臓がちりちりっと軽く痛むのもまた楽しいね。
「ご主人。今日も一日、お疲れ様です」
アルセーが殊勝なことを言った。
「はいお疲れ。食べて食べて」
薄焼きチーズのお皿を、ずいっとテーブルのまんなかに持って行く。
「にゃっ! これ! さくさくだねえ!」
「るふ…しょっぱい…おいしい…」
「いいですね、これ。おいしいです。好きな味です」
ピザのはしっこの、チーズが焦げた部分っておいしいよね。
あれそのものの味がする。
かりかりでさくさくでしょっぱくて、むやみにお酒が進むのだ。
「お風呂をいただいたよ、フロアルーラー。ありがとう」
新しい肌着を着たイースが、俺の隣に座った。
湯上がりで体温高いよ、ちょっと離れてくんないかな。
「ん、これはいいね。ボク好みの味だ」
遠慮なく薄焼きチーズ食べて、遠慮無くストロングゼロあけてる。
いつもの夜だ。
「それにしても、今日は実になんぎな戦いだったね。さすがのボクも焦ったよ」
と、イースがこんな調子で切り出せば、
「いにゃー、さすがに死ぬかと思ったねえ」
ルールーがあいづちを打って、
「あれはギルドの不手際です」
なんかアルセーが怒り、
「るふ…るなちゃん…かわいい…」
マイアがバーチャルユーチューバーに夢中になる。
酔いも深くなって、そろそろ冒険話のはじまりだ。