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風花  作者:
99/112

風花SideStory5



「……ねえ、舞歌」



 私が安堵の息を吐いていると、横から、知子が舞歌の名を呼ぶ声がする。

 何気なく彼女の方に顔を向けると、知子はめずらしく、真剣な表情を浮かべていた。



「ん?何?」



 それに気づいた舞歌は、今まで浮かべていた表情を潜め、笑顔だけれど、真剣な、大人びいた瞳を携え、答えた。


 それはある意味、劇的な変化だ。見た目こそ変わらないが、まとっている気配が、全く違う。

 人懐っこく、親しみやすかった少女から、強い意志を秘め、人を変えてしまう、一昔前の言葉で言えば、カリスマ的存在の少女へと、舞歌は変わった。


 その瞳に射ぬかれ、知子がたじろぐのが気配でわかる。

 しかし彼女は小さく二、三度深呼吸をしてから、その瞳を再び見据えて、口を開く。



「……病院、とか退院って単語が聞こえたんだけど、あんた、入院でもするの?」



 そうして彼女は視線を紡へと移す。

 先の知子の言葉で、紡の瞳も、舞歌によく似た瞳へと変わっていた。



「紡。あんたが東京に来た理由って、それ?」



 そんな紡の瞳を前にして、知子はやはり怯みはしたが、それでも自分の疑問を、自分の言葉で言った。


 たいした変化だ。そう私は感心していた。


 数十分前、舞歌に同様の瞳で見つめられたとき、彼女は言葉を言うことが出来なかった。

 沈黙し、舞歌の醸し出す気配に飲み込まれていた。

 そんな彼女が、今では、怯みこそすれ、きちんと言葉を発せているのである。


 舞歌と紡が与えた変化は、彼女の考え方以外にも、こうして形に現れていた。



「……舞歌」



 そんな風に知子のことを観察していた私の耳に、紡の声が飛び込んでくる。

 視線をそちらに向けると、紡は舞歌に、真剣な目を向けていて。

 紡のその行動は、おそらく、舞歌に聞いているのだろう。言うのかどうか、を。


 そういう意味を込めて送られた視線を舞歌は受け止めて。


 ……見つめ合う二人の姿に、胸が一瞬、また痛む。


 私のそんな胸中など知るよしもない舞歌は、数秒の間をおき、紡の無言の問いかけにしっかりと頷いてみせた。

 そうして舞歌は、視線を再び知子へ向ける。


 舞歌の瞳は、もう、あの強い意志を秘めたものではなかった。生きると決めたあの日から……紡と付き合いだしたあの日から見せるようになった、優しい瞳。そんな瞳で、優しい笑顔で、舞歌は知子へと向かい、口を開く。



「うん。そう。私、入院するの。そのためにみんなで東京に来たの」

「……どこが悪いの?」



 詳しく聞こうとする知子の姿に、政樹が驚いた表情を浮かべ、紡は優しく微笑む。


 私もこの時、初めて理解した。知子は、舞歌のことを心配しているのだ。


 話しに聞いていた、初めて会った時の彼女は、他人のことを深く考えるような人ではなかった。他人よりも自分のことを優先する人だった。

 そんな彼女が、今は舞歌のことを知ろうとしている。心配している。


 だから、彼女のことを知っている政樹は驚き、紡は喜んだのだ。彼女の変化に。

 そして、それは舞歌も一緒だった。

 人の内面を見抜くのに長けた彼女が、私でも気づいたようなことを見逃すはずがない。

 知子を見る舞歌の表情は、今日一番の笑顔だった。



「……何?馬鹿にしてるの?」



 舞歌の笑顔を、嘲笑と捉えた知子は、眉を吊り上げる。

 そんな彼女へ向かって、舞歌は「違う違う」と首を横に振った。



「嬉しいんだよ。知ちゃんが私のことを心配してくれたから」

「……ふん。そんなことより、私の質問に答えなさいよ」



 鼻を鳴らし、そう、そっぽを向きながら言う知子。素っ気ない口調でクールを気取っていたが、朱色に染まったその頬が、全てを台なしにしていた。

 そんな知子をからかうでもなく、舞歌は変わらない優しい微笑みを浮かべながら、口を開く。



「私はね、心臓に病気を抱えてるの」

「……え?」



 その言葉に、知子は小さい驚きの声をあげる。

 赤みが消えた顔に驚きの感情を浮かべ、舞歌へと向き直る彼女。

 それは、私の正面に座っている政樹も同じだった。

 声も無く驚きの表情を浮かべ、舞歌を凝視している。


 そんな彼らの姿を見て、それはそうだろうと、私は思った。



 基本的に人という生き物は、自分の身に関係のないことに関しての知識は、無いに等しい。

 例えば、男の人には、私達、女性の生理に関しての知識は、ほとんど無い。

 一般常識としての知識はあっても、具体的に知っている人がどれだけいるだろうか?


 それと同じで、心臓病のことを具体的に知っている人は、ほとんどいない。映画や小説などからくる、心臓病=死、というイメージばかりが浸透してしまっているのが現実だ。


 私だって最初聞いた時はそう思ったし、紡だってそうだっただろう。

 それと同じで、今、彼らも、私達がしたのと同じ想像をした。だからこういう反応をしているのだ。


 舞歌も彼女らの反応の意味がわかったのだろう。

 照れ臭そうな苦笑いを浮かべ、頬を人差し指でかきながら、言う。



「と、言っても、今すぐ死んじゃうような重い病気じゃないんだけどね」

「……そう、なんだ」



 舞歌の言葉に、知子も政樹も安心したように息を吐く。

 そんな彼女らの姿に、舞歌は優しい微笑みを浮かべる。嬉しかったのだろう。自分のことを心配してくれた、彼女達の優しさが。



「うん。私の病気は、えーと……なんだっけ、真希?」



 病気のことを、舞歌は知子達に説明しようとしたのだろう。

 しかし病名を覚えていなかった彼女は、苦笑いを浮かべながら、私に説明を求めてきた。


 舞歌らし過ぎるその言動に、私は大きいため息をこぼしてから、口を開いた。



「舞歌の病気は、心房中隔欠損症っていって……」



 舞歌の病気のことを私が話し、そして舞歌が、事の次第を語る。


 私の説明を聞いている時の二人の反応は一緒だった。今すぐ命に関わるものではないことと、手術すれば治るということを聞き、二人とも安心したように息を吐いていた。

 違いが出たのは、舞歌の話しが進むにつれてだった。


 舞歌の話しを聞き、紡が変わった理由の一端を知ったからか、頷いている政樹。そして、一方の知子は、目を細め、呆れたような顔を浮かべていて。


 舞歌の話しが終わると、知子はそのままの顔で、その表情通りの呆れた口調で言う。



「馬鹿じゃないの?」

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