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風花  作者:
98/112

風花sidestory4




「ねえ。真希」



 あらかたの料理を食べ終え、私もデザートを取りに行こうかな、と考えている時だった。知子が話しかけてきたのは。


 浮かしかけた腰を再びにソファーへと預け、顔を彼女へと向ける。



「何?」



 ちょっと素っ気なかったかな、という気もしたけど、これが私の話し方だし、それに知子も深く気にした様子はないようだった。


 先程まで知子がいじっていた携帯は、今はもう、彼女の手にはない。整理し終えたのか、それとも後回しにしたのかはわからないが、知子はすっきりとした表情で、私、というより、私の上半身を見ながら言う。



「そのチュニック、いいわね。ピーコートもいいデザインだったし。いつもどこで買ってるの?」



 友人からいつも、冷めている、と評される私だが、別に冷めている訳ではない。ただ単に表に出さないだけであって、年相応の感情だってきちんとある。

 お洒落をしたいとか、綺麗になりたいとか。そして、素敵な恋をしたいだとか。

 舞歌のような夢見る乙女が近くにいたせいか、そういった自身の感情を一歩引いた目で、客観的に見るようになってはいるが、確かにそれは、ある。

 だから、容姿や服装を褒められて、悪い気はしなかった。


 知子の賛美に、私は頬を緩め、答える。



「ふふ。ありがとう。いつも代官山で買ってるわ。行きつけのショップがあるの」

「なるほど。どうりで」



 私の言葉に、納得、といった感じで頷く知子。そんな彼女に、私は興味を持った。

 代官山がどういった場所か、それを知らなければ私の言葉に頷くことは出来ない。つまり、知子は代官山がどういった場所か、しっかりと把握していることになる。


 今までじっくりと見ていなかった知子の服装を、私は改めて観察する。


 十二月、冬だということを全く気にした様子もなく、太股を見せ付けるようなショートパンツに、今流行りのサイハイブーツ。

 ファーのついた黒いミリタリーコートの下には、胸の谷間が見える、大きいVネックのTシャツ。


 寒くないのか、と突っ込みを入れたい格好ではあるが、男を誘うことが目的であるような――ような、ではなく、実際にそうなのだろうが――知子の服装。しかし、センスは悪くはなかった。


 私の周りには、私のような服装をした人は少なかった。

 服を売っている店が少なく、また、総合店の中に入っているショップも、フェミニン系の服を扱う店が多いのが原因の一つだろう。

 それに、私のようにそれでは満足出来ず、実際に東京までやって来る人もいなかった。東京に憧れてはいても、実際にかかる移動費と、移動時間に怯んでしまう人ばかりだったのだ。


 それゆえに、私は初めて出来た、私に近い服装――もっとも、私は知子のように男が喜ぶだけの格好をするつもりはないが――の知人に、親しみを覚えた。


 舞歌や紡のように、私は彼女と深く関わるつもりはなかった。しかし、先程政樹をいじった時も感じたように、もしかしたら知子とは、気の合う友人になれるのかもしれない。

 私はそう思い直し、微笑みを浮かべながら、知子へと話しかける。



「知子もいい趣味してるけど、いつもどこで買ってるの?」



 私の問いに、知子は頬杖をつきながら答える。



「自分で買うときは109とか原宿ね。買わせるときは代官山とか表参道に行くけど」



 図々しいことを堂々と言い切った彼女は、視線をちらりと紡へと向ける。私も彼女に習い紡へ視線を向けると、紡は苦い表情を浮かべ明後日の方向へと視線を逃がしていた。

 どうやら身に覚えがあるようだ。



「ま、これからしばらくはそういう所には行けなくなるけどね」



 バイトでもしようかしら、などともらし肩をすくめる知子に私は視線を戻し、このあとの予定を組み立ててから、声をかけた。



「ねえ、知子。あんたこのあと、暇?」

「んー?別に予定はないけど、何?」

「原宿、案内してくれない?」



 原宿には一度だけ行ったことがある。

 ファッション雑誌に載っているショップを何件かリストアップし、いろいろと計画を立てて降り立った原宿の街だが、滞在時間は一時間にも満たなかった。

 しつこく言い寄ってくる、“痴的”なナンパや勧誘に、流石の私もキレたのだ。

 それ以来、一度として降り立つことがなかった原宿。しかし、興味が無くなった訳ではなかった。

 機会があればいつかは、と考えていた私にとって、知子の存在は渡に船だったのだ。



「いいわよ。真希となら、有意義な時間を過ごせそうだから」



 知子も、私が彼女に対して抱いたものと同じような感情を抱いたのか、嬉しい言葉と笑顔をくれた。

 そんな彼女に更に親しみを覚えながら、私は、次に声をあげるであろう舞歌に備えて、準備をしていた。



「じゃあ私も行く!」

「舞歌は病院に行く時間でしょ」



 舞歌の言葉に、一秒の間も無く返すことが出来たのは、彼女のその言葉が私の予想していたものと同じだったからだ。一字一句全て、が。


 私のその言葉に、舞歌のキラキラと輝いていた笑顔は一瞬でなりを潜め、代わりに浮かぶ、ふて腐れた不満げな表情。

 そのままの視線を私に向け、舞歌は唇を尖らせた。



「えー!?いいじゃーん!まだ大丈夫だよ!」

「駄目よ。舞歌のことだもの。はしやぎ回ったあげく、大幅に時間を過ぎている、なんてことを“意図的に”やるに決まってるから」

「あは、は……」



 私の言葉に、舞歌は大きく視線をずらし、渇いた笑顔。やっぱり確信犯だったらしい。


 そのましばらく無言の圧力をかけ続けていると、舞歌は紡の腕に抱き着き、声をあげる。



「紡ー!真希がいじめるー!」

「自業自得だ」

「うわっ!まさかの裏切りっ!?」



 孤立無援だー、などと騒ぐ舞歌に、私は用意した言葉をかけるかどうか、少し、悩む。

 言えば私が傷つくことになるし、言わなければ言わないで、紡がなだめるのをただ見ていることになる。

 ……どちらにしろ、痛みを抱えることになる選択肢しかない私は、もしかしたら不幸なのかもしれない。


 憂鬱な気分を掃うように小さいため息をつき、私は、仲の良さを見せ付けられて傷つくより、自分から傷つくことを選択した。


 自分を落ち着かせる為に、一度髪をかきあげ、アイスティーを一口、口に含む。

 そうやって自分を納得させながら、自分をごまかしながら、私は横目で舞歌を捉え、口を開いた。



「そういうわがまま言って、将来のお父さんに愛想尽かされても知らないから」

「紡!今すぐ病院行こう!」



 私の意思に反し、ぼそりとしか出なかった声。それはつまり、私の本心がそれを言いたくないということの表れであって。

 どうやら私は、自分で思ってた以上に、弱くて臆病な人間だったらしい。


 そんな私の呟きとも言える言葉は、私の本心からくる防衛本能の甲斐もなく、しっかりと舞歌へと届いていた。


 慌てて紡の手を取り、立ち上がろうとする舞歌に、紡は呆れた顔を向けた。



「あのな、舞歌。それこそ、今更、だろうが。こうして時間を延ばしてるのも、充分度を越えたわがままだと思うぞ」

「うぅ……」



 一応自覚はあったのか、言葉に詰まり顔を引き攣らせる舞歌。

 そんな彼女に、紡はため息を吐いてから、小さい微笑みを浮かべ、手を舞歌の頭へと乗せる。


 そんな彼の笑顔に私の心臓は、どくん、と小さく跳ね、そして舞歌の頭に手を乗せた時には、ちくり、と胸が悲鳴をあげる。

 私は溢れてしまいそうな感情を飲み込み、押し込んで。“好き”って気持ちに鍵をかけて自分を落ち着かせながら、私は紡の言葉を聞いていた。



「安心しろ。舞歌。事情は親父だってわかってるし、実際に許可を出したのも親父なんだから。それに、親父もお前のことは気に入ってる。だから愛想を尽かすなんてことはないよ」

「紡ーっ!」

「だから!一々抱き着くな!それに、わがままには代わりないんだから、少しは反省を……」

「うん!お義父さんにはあとで謝っとく」

「……はぁ」



 そんな二人の会話を。ため息をつきながらも顔は笑っている紡と、そんな彼の腕に嬉しそうに抱き着く舞歌の姿を見て、私の胸中には祝福する気持ちと、嫉妬する気持ち、相反する二つの気持ちが生じていた。


 話題を振った私が言うのも間違っているとは思うけど、今二人は、私の“将来のお父さん”という代名詞を否定しなかった。それはつまり、結婚する、ということを、自然の流れで受け入れていることに外ならなかった。

 ……わかってはいたことだ。舞歌を説得するということは、舞歌と付き合うということは、そういう未来を自然と示すことになる。


 願っていたはずだ。望んでいたはずだ。こうやって舞歌が、心から笑っている未来を。

 なのに……。どうしてこうも、心が痛いの……?



「……退院したら、一緒に買い物に行ってあげるから。それまで我慢しなさい」

「うん!真希、よろしくね!」



 ……私は今、上手く笑えているだろうか?上手く感情を隠せているだろうか?

 私らしい言葉を、私らしい顔で言ったつもりだけど、私にはそれが出来たかどうか、よく、わからなかった。

 しかし、舞歌の笑顔を見る限り、どうやらそれは上手く出来ていたらしい。


 私から視線を逸らし、再び紡と会話を始めた舞歌を見て、私はようやく、小さく、胸を撫で下ろした。

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