風花sidestory4
「ねえ。真希」
あらかたの料理を食べ終え、私もデザートを取りに行こうかな、と考えている時だった。知子が話しかけてきたのは。
浮かしかけた腰を再びにソファーへと預け、顔を彼女へと向ける。
「何?」
ちょっと素っ気なかったかな、という気もしたけど、これが私の話し方だし、それに知子も深く気にした様子はないようだった。
先程まで知子がいじっていた携帯は、今はもう、彼女の手にはない。整理し終えたのか、それとも後回しにしたのかはわからないが、知子はすっきりとした表情で、私、というより、私の上半身を見ながら言う。
「そのチュニック、いいわね。ピーコートもいいデザインだったし。いつもどこで買ってるの?」
友人からいつも、冷めている、と評される私だが、別に冷めている訳ではない。ただ単に表に出さないだけであって、年相応の感情だってきちんとある。
お洒落をしたいとか、綺麗になりたいとか。そして、素敵な恋をしたいだとか。
舞歌のような夢見る乙女が近くにいたせいか、そういった自身の感情を一歩引いた目で、客観的に見るようになってはいるが、確かにそれは、ある。
だから、容姿や服装を褒められて、悪い気はしなかった。
知子の賛美に、私は頬を緩め、答える。
「ふふ。ありがとう。いつも代官山で買ってるわ。行きつけのショップがあるの」
「なるほど。どうりで」
私の言葉に、納得、といった感じで頷く知子。そんな彼女に、私は興味を持った。
代官山がどういった場所か、それを知らなければ私の言葉に頷くことは出来ない。つまり、知子は代官山がどういった場所か、しっかりと把握していることになる。
今までじっくりと見ていなかった知子の服装を、私は改めて観察する。
十二月、冬だということを全く気にした様子もなく、太股を見せ付けるようなショートパンツに、今流行りのサイハイブーツ。
ファーのついた黒いミリタリーコートの下には、胸の谷間が見える、大きいVネックのTシャツ。
寒くないのか、と突っ込みを入れたい格好ではあるが、男を誘うことが目的であるような――ような、ではなく、実際にそうなのだろうが――知子の服装。しかし、センスは悪くはなかった。
私の周りには、私のような服装をした人は少なかった。
服を売っている店が少なく、また、総合店の中に入っているショップも、フェミニン系の服を扱う店が多いのが原因の一つだろう。
それに、私のようにそれでは満足出来ず、実際に東京までやって来る人もいなかった。東京に憧れてはいても、実際にかかる移動費と、移動時間に怯んでしまう人ばかりだったのだ。
それゆえに、私は初めて出来た、私に近い服装――もっとも、私は知子のように男が喜ぶだけの格好をするつもりはないが――の知人に、親しみを覚えた。
舞歌や紡のように、私は彼女と深く関わるつもりはなかった。しかし、先程政樹をいじった時も感じたように、もしかしたら知子とは、気の合う友人になれるのかもしれない。
私はそう思い直し、微笑みを浮かべながら、知子へと話しかける。
「知子もいい趣味してるけど、いつもどこで買ってるの?」
私の問いに、知子は頬杖をつきながら答える。
「自分で買うときは109とか原宿ね。買わせるときは代官山とか表参道に行くけど」
図々しいことを堂々と言い切った彼女は、視線をちらりと紡へと向ける。私も彼女に習い紡へ視線を向けると、紡は苦い表情を浮かべ明後日の方向へと視線を逃がしていた。
どうやら身に覚えがあるようだ。
「ま、これからしばらくはそういう所には行けなくなるけどね」
バイトでもしようかしら、などともらし肩をすくめる知子に私は視線を戻し、このあとの予定を組み立ててから、声をかけた。
「ねえ、知子。あんたこのあと、暇?」
「んー?別に予定はないけど、何?」
「原宿、案内してくれない?」
原宿には一度だけ行ったことがある。
ファッション雑誌に載っているショップを何件かリストアップし、いろいろと計画を立てて降り立った原宿の街だが、滞在時間は一時間にも満たなかった。
しつこく言い寄ってくる、“痴的”なナンパや勧誘に、流石の私もキレたのだ。
それ以来、一度として降り立つことがなかった原宿。しかし、興味が無くなった訳ではなかった。
機会があればいつかは、と考えていた私にとって、知子の存在は渡に船だったのだ。
「いいわよ。真希となら、有意義な時間を過ごせそうだから」
知子も、私が彼女に対して抱いたものと同じような感情を抱いたのか、嬉しい言葉と笑顔をくれた。
そんな彼女に更に親しみを覚えながら、私は、次に声をあげるであろう舞歌に備えて、準備をしていた。
「じゃあ私も行く!」
「舞歌は病院に行く時間でしょ」
舞歌の言葉に、一秒の間も無く返すことが出来たのは、彼女のその言葉が私の予想していたものと同じだったからだ。一字一句全て、が。
私のその言葉に、舞歌のキラキラと輝いていた笑顔は一瞬でなりを潜め、代わりに浮かぶ、ふて腐れた不満げな表情。
そのままの視線を私に向け、舞歌は唇を尖らせた。
「えー!?いいじゃーん!まだ大丈夫だよ!」
「駄目よ。舞歌のことだもの。はしやぎ回ったあげく、大幅に時間を過ぎている、なんてことを“意図的に”やるに決まってるから」
「あは、は……」
私の言葉に、舞歌は大きく視線をずらし、渇いた笑顔。やっぱり確信犯だったらしい。
そのましばらく無言の圧力をかけ続けていると、舞歌は紡の腕に抱き着き、声をあげる。
「紡ー!真希がいじめるー!」
「自業自得だ」
「うわっ!まさかの裏切りっ!?」
孤立無援だー、などと騒ぐ舞歌に、私は用意した言葉をかけるかどうか、少し、悩む。
言えば私が傷つくことになるし、言わなければ言わないで、紡がなだめるのをただ見ていることになる。
……どちらにしろ、痛みを抱えることになる選択肢しかない私は、もしかしたら不幸なのかもしれない。
憂鬱な気分を掃うように小さいため息をつき、私は、仲の良さを見せ付けられて傷つくより、自分から傷つくことを選択した。
自分を落ち着かせる為に、一度髪をかきあげ、アイスティーを一口、口に含む。
そうやって自分を納得させながら、自分をごまかしながら、私は横目で舞歌を捉え、口を開いた。
「そういうわがまま言って、将来のお父さんに愛想尽かされても知らないから」
「紡!今すぐ病院行こう!」
私の意思に反し、ぼそりとしか出なかった声。それはつまり、私の本心がそれを言いたくないということの表れであって。
どうやら私は、自分で思ってた以上に、弱くて臆病な人間だったらしい。
そんな私の呟きとも言える言葉は、私の本心からくる防衛本能の甲斐もなく、しっかりと舞歌へと届いていた。
慌てて紡の手を取り、立ち上がろうとする舞歌に、紡は呆れた顔を向けた。
「あのな、舞歌。それこそ、今更、だろうが。こうして時間を延ばしてるのも、充分度を越えたわがままだと思うぞ」
「うぅ……」
一応自覚はあったのか、言葉に詰まり顔を引き攣らせる舞歌。
そんな彼女に、紡はため息を吐いてから、小さい微笑みを浮かべ、手を舞歌の頭へと乗せる。
そんな彼の笑顔に私の心臓は、どくん、と小さく跳ね、そして舞歌の頭に手を乗せた時には、ちくり、と胸が悲鳴をあげる。
私は溢れてしまいそうな感情を飲み込み、押し込んで。“好き”って気持ちに鍵をかけて自分を落ち着かせながら、私は紡の言葉を聞いていた。
「安心しろ。舞歌。事情は親父だってわかってるし、実際に許可を出したのも親父なんだから。それに、親父もお前のことは気に入ってる。だから愛想を尽かすなんてことはないよ」
「紡ーっ!」
「だから!一々抱き着くな!それに、わがままには代わりないんだから、少しは反省を……」
「うん!お義父さんにはあとで謝っとく」
「……はぁ」
そんな二人の会話を。ため息をつきながらも顔は笑っている紡と、そんな彼の腕に嬉しそうに抱き着く舞歌の姿を見て、私の胸中には祝福する気持ちと、嫉妬する気持ち、相反する二つの気持ちが生じていた。
話題を振った私が言うのも間違っているとは思うけど、今二人は、私の“将来のお父さん”という代名詞を否定しなかった。それはつまり、結婚する、ということを、自然の流れで受け入れていることに外ならなかった。
……わかってはいたことだ。舞歌を説得するということは、舞歌と付き合うということは、そういう未来を自然と示すことになる。
願っていたはずだ。望んでいたはずだ。こうやって舞歌が、心から笑っている未来を。
なのに……。どうしてこうも、心が痛いの……?
「……退院したら、一緒に買い物に行ってあげるから。それまで我慢しなさい」
「うん!真希、よろしくね!」
……私は今、上手く笑えているだろうか?上手く感情を隠せているだろうか?
私らしい言葉を、私らしい顔で言ったつもりだけど、私にはそれが出来たかどうか、よく、わからなかった。
しかし、舞歌の笑顔を見る限り、どうやらそれは上手く出来ていたらしい。
私から視線を逸らし、再び紡と会話を始めた舞歌を見て、私はようやく、小さく、胸を撫で下ろした。