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風花  作者:
97/112

風花sidestory3




「携帯の整理?」



 知子の言葉が意味しているのが、余計なデータの削除、だということはわかる。

 私も、いらない画像や音楽のデータなどを、気が向いた時に削除して携帯内の整理をすることがあるから。


 しかし、それを知っているからこそ、彼女の言葉に疑問を覚えた。

 彼女はこの店に入ってからずっと、約二十分近くも携帯をいじっている。はたして、携帯のデータ整理にそこまでの時間がかかるものだろうか?

 少なくとも、私は五分以上の時間をかけたことは、ない。



「そ。あんたもやらない?必要のないデータとかを消す作業」

「それはやるわ。けど、こんなに時間がかかる?」



 私の疑問の意味を取り違え、携帯の整理の方の説明をしてきた知子。そんな彼女に、私は頷き、そして改めて疑問を投げかける。

 そんな私の問いに、知子は携帯をいじる手はそのままに、苦笑いを浮かべ、答えた。



「ああ。今回は特別。今まで利用してきた男の履歴消しながら、今利用してる男と別れる為のメールしてるから。量がかなりあるし、それに、今の男がごねるから時間かかっちゃって。――っと」



そう知子が話している最中に、またもや彼女の携帯が震えた。

 彼女は顔をしかめながら指を動かし始めたので、おそらく、件の男からのメールがきたのだろう。


 私は、彼女が指を動かすスピードを緩めるのを見計らって、再び声をかけた。



「でも、なんで急に?」



 時間がかかることを理解し、納得出来た私は、次に新たな疑問を浮かべた。

 なぜ急にそういうことを始めたのか、だ。


 数十分前、最初出会った時の彼女は、まだ男を利用する女だった。そうでなければ、紡にああいった態度はとれないだろうから。


 私は、あの時の知子のことは好きではなかった。と、言うよりも嫌いだった。

 男を食い物にする醜い女。

 それが知子に抱いた第一印象。

 だから私は、あの時、紡の後ろから、ずっと彼女に冷めた視線を送り続けていた。


 それが変わったのは、舞歌が知子を叩いた時から。

 舞歌の人を見抜く力は、半端ではない。

 その力で知子の心の傷を見抜いた舞歌は、彼女へと向けて手を差し出した。


 その時から、私の、知子に対して向ける目が、知子を見る目が変わった。

 救いようのない馬鹿ではない、それを、知ったから。


 ――閑話休題。


 つまり知子は、つい十数分前までと考えを大きく変えたことになる。

 私はその理由が知りたかった。


 メールを送り終えたのか、それとも一時中断したのか。知子は顔をあげ、ある方向を見ながら苦笑いを浮かべる。

 その視線を辿ってみると、そこには、右手に舞歌を装着し、彼女が最初取った料理の量以上のデザートを乗せた皿と、私が頼んだアイスティーを持って歩いてくる、紡の姿があった。



「……あいつら見てたらね」



 口を開いた知子に合わせ、私は視線を彼女へと戻す。

 苦笑いを浮かべながら、しかし、今まで見た中で一番優しい瞳で、知子は言う。



「誰かを利用しながら生きてる自分が、なんだかすっごくバカらしく思えて。それに、私の行動で傷つく人がいる、ってことを知ったしね。反省なんかしてないし、悪いことをしたっていう気持ちもないけど、でも、そういうことは、もう、終わりにしようと思って」

「知子……」

「何?何を終わりにするの?」

「うっさいわね。あんたには関係ないことよ。馬鹿舞歌」

「紡ー!知ちゃんがいじめるー!」



 知子の言葉の最後のところを聞いた舞歌が口を挟み、それに対して知子は、やはり辛辣な言葉を返して。

 恒例の、と言っても違和感のないやり取りを交わす知子と舞歌、それに、舞歌に腕を取られながらため息をこぼす紡の姿を見て、私は改めて、この二人の凄さを思い知らされた。


 長年繰り返してきたことは、変えようとしてもなかなか変えられないものだ。それが、毎日の生活習慣なら、なおさら。


 知子は、利用してきた男の履歴がかなりあると言っていた。それはつまり、常習的に男を取っ替え引っ替えしてきたといことにほかならない。

 そんな彼女が、数十分前までは紡を再度利用しようとさえしていた彼女が、自分の考えを百八十度変えた。

 それは間違いなく、私の目の前でいちゃついているバカップルの影響で。


 人を変える力を持つ舞歌と、そんな彼女に変えられて、舞歌と同じように人を変えてしまうようになった紡。


 彼らは、また一人、変えてしまったのだ。



「……本当、ムカつくくらいにお似合いなんだから」



 テーブルに頬杖をつきながらもらした自分の言葉に、苦笑いと、ちくり、と小さな胸の痛みが、同時に生まれる。


 溢れ出しそうなため息を、私は紡から受け取ったアイスティーと一緒に、飲み込む。

 ガムシロップの入っていないアイスティーは、少し、苦かった……。

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