風花SideStory2
「人って、変われば変わるものね」
横目で見送っていた私とは対照的に、彼らの後ろ姿を凝視していた知子が、そう、口にした。
どういう意味か、という意味を込めて送った私の視線に気付いた知子は、私に顔を向け、言う。
「私と付き合ってた時、紡、あんな笑顔見せたことなかった。それに、あんなに優しくなかった」
「それはお前のせいだろ」
私が、なるほど、と頷くよりも早く、私の前に座っている政樹が口を挟む。
そんな彼を、知子は睨んだ。
「うっさいわね。あんたに言ったんじゃないんだから一々口を出さないで。あー、うざい!」
「んなっ……!?」
知子の辛辣な言葉に、政樹は声をあげて固まる。
そんな彼を気にした様子もなく、知子は一度鼻を鳴らしてから、先程までしていたように手元の携帯電話に視線を戻し、指を動かし始める。
時々、バイブレーション機能の震える音が聞こえてくるので、おそらくメールでもしているのだろう。
しばらく口をぱくぱくとさせていた政樹だったが、そんな知子の姿を見て、再び口を開いた。
「うざいってお前!何調子にのって……」
「あー本当うるさい!そんなんだから童貞なのよ!」
「なっ……!?」
再び固まる政樹。しかし、先程とは違い、今度は口をぱくぱくさせることもなく、顔を赤くして完璧に固まった。
そんな彼の姿を見て、私の悪戯心が動く。
大袈裟なくらいの驚いた表情を作り、口元に手をあて、『信じらない』といった演技をしながら、政樹に向けて言う。
「嘘……政樹、そうなの……?」
「え……!?あ、いやその……」
私の想像通りのリアクションを取る政樹に内心ほくそ笑みながら、しかし、それを表情には一切出さず、私はちらりと知子に一瞬だけ視線を向ける。
たまたまなのか、それとも私の行動を理解していたのか、ばっちりと絡む視線。
私の言いたいことを理解したらしく、口元をニヤリと歪める彼女を横目に、私は視線を政樹へと戻す。今だに「いや、その……」と言葉に詰まる政樹を見つめながら、私は知子の言葉を待っていた。
「本当よ。私、だいたい見ただけでわかるから」
「――っ!」
知子の言葉に、政樹は鋭く息を飲む。
そうして政樹が鋭い視線と声を知子に向けようとする、直前に、今度は私が口を開いた。
「意外……。政樹経験ないんだ……」
「いや、それは……。その、い、いい相手がいなかったっていうか……」
「それって結局言い訳よねー。単にモテないだけなのに」
言い訳じみた弁解をする政樹を、今度は知子が襲う。
「お前……」
「えっ……!?そうなの……?すごくモテそうなのに……」
「あ、いや……」
「モテる訳ないでしょ?だって一々人の言葉に口を出すような男よ?そんなうざい男がモテる訳ないって」
「おまっ……」
「そうなんだ……。政樹ってうざい男だったんだ……」
「違っ……」
口を挟ませる間も与えず、少しずつ政樹を追い詰めていく私と知子。
初対面だというのにここまでいいコンビを組めることに、相性がいいのかな等と考えながら、私はもう一度知子に視線を向ける。
今度もあった視線。やはり私が言いたいことが伝わったらしく、彼女は目をつぶり、肩をすくめながら頷いた。
そんな彼女に私も頷き返してから、私は、いまだにテンパっている政樹に向け、言う。
「いや……だから……」
「政樹ってさ、よく、みんなのおもちゃになってない?」
「そう、おもちゃに……へ?」
私の言葉を復唱したところで、政樹はようやく正気に戻る。
既に興味をなくしたのか、今までと同じように携帯をいじる知子の姿を。先程までの表情を消し去り、何事もなかったかのような態度を取る私の姿を見て、政樹はようやく、自分がからかわれていたのだと悟った。
政樹は両手を頭にあて俯き、大きなため息をつく。
「……お前らなぁ……」
政樹が次の句を紡ぐ前に、私はそれを阻止する。
うだうだ言われるのはめんどくさかったから。
「何?まだいじられ足りない?」
「……なんでもないデス」
引き攣った顔でそう言った政樹に、私は「そう」とだけ返した。
恨めしそうに見つめる政樹を当然のように黙殺し、私は残りのパスタにフォークを絡ませる。
モッツァレラチーズの入ったトマトソースのそれを、口へと運ぶ。
――口に広がる、出来合いの缶詰のような――ような、ではなく、実際に缶詰なのだろう――安いソースの味に、固いチーズの食感。
ピザと同様、ジャンクフードのようなそれに、私は小さくため息をついた。
「……どうした?」
私のため息に、目ざとく反応する政樹。
そんな彼に、私は「何でもないわ」と返し、不自然にならないように、デザートコーナーへと視線を移す。
手を繋ぎ、ニコニコと笑顔を浮かべ、会話をしながらケーキを選んでいる親友と想い人の姿を視界におさめ、胸が、ズキリと痛んだ。
願ってはいけないことと理解しながらも、紡の隣にいる私の姿を、一瞬、想像してしまい……。
そんな無意味な行動に、叶わない願いをいつまでも捨て切れない女々しい自分自身に、イライラした。
苛立ちと、不満を吐き出すように、ため息をつきながら、髪をかきあげ。
それでも収まらない胸のもやもやした気持ちをごまかすように、私は水を、いつもよりも少し多めに飲み込んだ。
――そんな不審な行動をした私を、政樹が怪訝な表情で見ているのが、気配でわかる。
しかし、突っ込みを入れられても困るし、私自身入れられたくないので、黙殺し、政樹が何かを口にする前に、私は話題を知子へと振った。
「ところで知子。あんたさっきから何してるの?」
彼女の行動がそこまで気になった訳ではないし、みんなといる時に携帯をいじって、と目くじらを立てた訳でもない。
単に都合が良かっただけだ。政樹の追求を逃れる為のスケープゴートにするのに。
私のそんな黒い内心など知るよしもない知子は、携帯をいじる手と視線はそのままに、私の問いに「んー」と答えた。
「今ね、ちょっと整理してるのよ。ケータイの中を」