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風花  作者:
95/112

風花SideStory1

最終話後の話しで、主人公は真希です。




 広い木製のフロアには、座る側の気持ちなど全く考えていない、座部も背もたれも固い椅子とテーブルが乱雑に、しかし規則的に並び、その全てが人で埋め尽くされている。

 人の喧騒と、数種類のピザやパスタの香りと、遠くの喫煙スペースから流れてくる煙草の匂いが入り交じったその空間に、私達五人はいた。


 紡と政樹、それに知子が相談、いや、政樹と知子が意見をぶつけ合い、紡がまとめて選んだ店は、ビュッフェ型式のカジュアルイタリアン。

 確かにこれだけ喧騒に包まれた空間内では、舞歌がいくら騒ごうが一風景に溶け込んでしまうだろう。そういう意味では、紡の選択は適切だったと言える。

 私自身は、もう少し小洒落店が好みなのだけれど。


 壁際のソファー席に座れた私達は、本当に運がいい。料理を取りに行く人々の通り道になっている中程の席を見て、心からそう思いながら、私は冷めきってしまっている固いピザを、口に運ぶ。

 まずくはないが、決して美味しくもないそれ。

 今でこそ諦めがついたが、以前食べたトラットリアのピザに比べると、まるでジャンクフードのようだった。


 それぞれが思い思いに取った料理を乗せた皿が薄汚れた木製のテーブルの上を彩り飾る。

 私や紡のように、パスタにピザ、それにサラダとバランスよくチョイスされた皿。

 知子のように、サラダと少量のパスタのみの皿もあれば、政樹のように量が多く乗った皿もある。


 私の対角線上、わざわざ固い椅子を選んでまで紡の隣に座った舞歌の皿は、私の隣に座る知子と同じような感じだった。

 少量のサラダに同量のパスタ。それにピザが一枚。


 舞歌は少食という訳ではないし、ダイエットだってしていない。

 いくらビュッフェだとはいえ、最初取る量にしては少な過ぎる。そう言っていたのは、確か、政樹。

 しかし、私には彼女のその行動の理由が、一目瞭然だった。


 私の想像通り、早々と最後の一口を食べ終えた舞歌が、満面の笑顔を浮かべ、立ち上がる。そしてパスタを口に運ぼうとしている紡の手を取り、言う。



「紡!デザート取りに行こう!」

「いや……。俺、まだ食べてるんだけど」



 紡は非難の視線を舞歌に向けるが、彼女はそれを、あっさりと黙殺する。



「うん。知ってて言ってる」



 実にいい度胸な台詞を、満面の笑みとともに口にする舞歌。それを向けられた紡は、大きなため息をついた。



「……はぁ。わかったよ」

「やった!紡大好き!」

「だー!一々抱き着くな!」



 嬉しそうに紡に抱き着く舞歌。 口ではそう言いながらも、決して嫌そうではない紡。

 見慣れてしまったその光景とは対照的に、それを眺める度に走る心の鈍い痛みに、私はまだ、慣れることは出来ていなかった。



 ――私が紡のことを好きになったのは、舞歌を説得すると紡が決意した時だった。


 優しくて強い心と、舞歌と同じように強い意志を宿したその瞳に、私の心は奪われたのだ。


 ……しかし、私は知っていた。

 私が好きなのは、紡は紡でも、舞歌のことを好きな紡だということを。舞歌と一緒にいる紡だということを。


 自分でも報われない恋をしているという自覚はある。第一、報われてしまっては困る。

 報われない、報われるつもりもない恋なんて、時間の無駄であることは重々承知ではあるけれど、好きになってしまったのだからしかたがない、と私は半ば開き直りに近いものも感じていた。


しかし、いくら開き直っているからといって、その気持ちを表に出す訳にはいかない。

人の気持ちに鋭く反応する舞歌は、きっと、私の気持ちに気付いたら今のように紡と接することはなくなるだろう。

自分の好きに生きると決めている彼女は、人目を一切気にしない彼女は、とても優しい人間だから。

赤の他人ならまだしも、親友である私が傷つくのを、彼女は望まない。そして私も、舞歌が他人を気にして生きる姿を、見たくはなかった。


だから私のこの気持ちを、舞歌にだけは悟られる訳にはいかなかった。

幸いなことに、舞歌が人の気持ちを見抜くのが上手いように、私も自分の感情を隠すのには自信がある。

内心はどうであれ、いつも通りの私を演じることは、対して難しい作業ではなかった。

 それゆえに今日まで気づかれた気配はないし、そしてこれからも気づかせるつもりは、ない。


 それに、私はこの恋を忘れるために、何度も舞歌をけしかけた。

 紡が舞歌と体の関係を持ってしまえば諦めもつく。そう考えたから。


 ――しかし、だ。

 いくら両思いになるつもりはないとはいえ、諦めるつもりだとはいえ、まだ好きな男が他の女、例えそれが親友であれ、いちゃついている姿を見るのは辛かったし、それに面白くなかった。

 だから私は、私の前で紡と舞歌がいちゃついていると必ず茶々をいれた。

そうしないと、心が泣き出してしまいそうだから……。


 だから今回も、右腕に舞歌を装着し歩きだそうとする紡に声をかけた。



「紡。ついでにアイスティー、取って来て」

「はぁ?今、か?」



 不満げに眉を寄せる紡。その理由はわかってた。

優しい彼は、きっと、舞歌が選んだデザートを乗せた皿を持つ。そして、それに感動した舞歌が、今と同じように紡の腕に抱き着くのも、簡単に想像出来る。

 つまり、紡は両手が塞がっているような状況になる。紡も、自分のそんな未来がわかっていたのだろう。だから不満そうな声をあげたのだ。


 私は、今すぐアイスティーが欲しい訳ではない。第一、私の手元にはまだ半分近く残っている水がある。


 そう。これはあくまでこじつけ。単なるヤキモチでしかない。


 子供じみた行動だとはわかっているけど、抑えることなんて、出来そうにもなかった。……少なくとも、紡が好きな今、は。



「そう。今。お願い出来る?」



 私はきっとズルイのだろう。こう言えば紡は断らないことを知っていて、言っているのだから。


 私の予想通り、紡は小さく息を吐いてから、頷いた。



「……わかったよ。ストレートでいいのか?」

「ええ。よろしく」



舞歌に腕をとられ、今度こそ歩いて行く紡の背中を、私は不自然にならないように横目で見送る。


 仲睦まじく歩いて行く二人の姿は確かに私が望んだもののはずなのに、やっぱり、胸が、痛んだ……。

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