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風花  作者:
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Epilogue




「ふぅ……」



長い階段を登りきり、一息つく。


初めてここに来た時は、息一つ切らすことなかったのに、十数年経った今ではこの有様。

歳をとったのを実感し、苦笑いを浮かべながら、俺はいつものベンチへと腰をおろす。

ズボンごしにベンチの冷たさが伝わり、小さく身震い。


白い息をはきながら自分の体をさする。十秒程度で落ち着き、俺は自分の手に息を吹きかけ温めながら、空へと視線を向ける。


木々に囲まれたこの場所から見上げる夜空は、やはり、美しい。



澄んだ空気を感じながら、冬の大三角形を眺めながら、俺はなぜか、あの日のことを思い出していた。



『紡。手術終わったら、いっぱい愛してね』



そう笑顔を浮かべながら手術室へと運ばれて行く舞歌。

最後まで彼女らしい阿呆なことを言っていた舞歌。



あの日から、もう十数年もの時が流れて。


この十数年間、本当にいろいろなことがあった。

いろいろな人と出会い、そして別れ。

笑い、泣き、怒り、楽しみ。

そうやって俺らしく生きてきた。


そして……



「……もう。秘密基地にくるなら、私も誘ってよ」



俺の隣には、今も彼女がいる……






Epilogue






頬を膨らませ、黒いスカートをなびかせながら俺のもとへと歩み寄ってくる舞歌。


白いピーコートに黒スカートの組み合わせはあの頃と同じなのに、十数年経ったからか、それとも“母親”としての貫禄でも出てきたのか、雰囲気が大人っぽく、静歌さんに似てきた舞歌。しかし、その瞳は昔と変わらず強い意志を宿していた。



「悪い。でもお前、仕事が忙しそうだったから」

「それとこれとは話しが別」



拗ねながら俺の横に座った舞歌は、俺と同じように身震いをし、寒いと口にしながら俺の腕へと抱き着く。


彼女の抱き癖は、十数年経った今でも変わっていなかった。



「そりゃ悪かったな。ところで愛歌は?」



間近から香る彼女の香り。服越しに感じる柔らかい感触。

あの頃なら、される度にドキドキと脈拍を高めていたが、この十数年間、ほぼ毎日のように抱き着き続けられた俺は、同様することもなく平然と会話を続けた。


それははたして、喜ぶべき成長なのか。はたまた、悲しむべき慣れなのか。



「ぐっすり寝てるわ。今日一日パパと遊べたのがよっぽど嬉しかったのね」



俺の肩に顔を乗せながら柔らかい声でそう言った舞歌。

俺はそんな舞歌の頭を、空いている右手で撫でながら、今年で三歳になる愛娘の笑顔を思い返し、自然と笑顔を浮かべた。




この十数年で、俺達の関係も、環境も変わった。


俺達は予定していた通りの大学に、それぞれ、医大と教育大へと進学し、無事に卒業した。


舞歌は俺達が出会った高校の教師になり、俺もこの村で医者となり、毎日忙しい日々を送っている。



舞歌の名字が“草部”に変わったのは、俺の大学卒業と同時だった。


卒業式の前日に、舞歌から既に名前と印を押された婚姻届を差し出され「結婚して」とプロポーズされたのだ。


嫌ではなかった。俺も舞歌と結婚したいと思っていたから。

しかしプロポーズは仕事が軌道に乗ってから、とも決めていた。

落ち着いてから、指輪を用意して雰囲気漂う場所で俺からプロポーズする。そんな人生設計を立てていたのだが、それを舞歌はあっさりとぶち壊した。


文句を言ってやろうかとも思ったのだが、彼女らしすぎる自由な行動に俺は笑い、そのままサインをしたのだ。



そうやって恋人から夫婦へと関係を変えた俺達。


大学時代から同棲生活をしていたため、二人での生活に戸惑いはなかった。



毎日が楽しくて。毎日が嬉しくて。


勿論喧嘩する日もあったけれど、それも含めて俺達は幸せな日々を送って。


そしてその数ヶ月後。俺達の関係はもう一度変わった。夫婦から家族へとなったのだ。



俺と舞歌の愛の結晶である愛歌は、舞歌にとてもよく似ている女の子だ。


少し吊り上がり気味の瞳も、自由で活発な性格も。


そしてなにより、自分の意志を貫き通す、心の強さがそっくりだった。



「……ねえ。紡」



俺がそんな風に、らしくもなく過去を振り返っていると、舞歌が静かに俺の名を呼ぶ。



「私ね。あなたに会えてよかった」

「いきなりどうしたんだ?舞歌」



突然の彼女の言葉に、俺は撫でるのをやめ、返事を返す。



サァァ……と、風が木々の、俺達の間を抜けていく。


数ヶ月前まではうるさいくらいに鳴いていた秋の虫達も、今ではすっかりと眠りにつき、風の音が、揺れる草木の音が、より、大きく聞こえた。


そんな自然のハーモニーを前奏にして、舞歌は口を開く。



「たまに考えるの。もし、紡と会ってなかったら、私はどうなってたんだろうって」



舞歌はそう言いながら、俺の腕を抱く手に、少し力を込めた。



「きっと、手術も受けないで、人を愛する喜びも、人に愛される喜びも知らないまま、人生を終えてたんだと思う」

「……」



舞歌のその考えは、多分、間違っていない。


舞歌は自分の意見を貫く。それは言い換えれば、頑固だということ。


俺は、たまたま運が良かったから説得出来たに過ぎないんだ。

舞歌が俺のことを好きになってくれ、真希や静歌さん、それに親父がいたから説得出来た。


自惚れるわけでは決してないが、何も知らない人では、ただ彼女のことが好きというだけの人では、彼女の意志を変えることなど出来なかっただろう。



舞歌は俺の腕を、更に強く抱き、軽く引く。

そうして、俺を見上げ、優しい笑顔を浮かべ、言う。



「今だから言えることだけど、そんな未来、本当に嫌。紡と一緒に笑えている今が、愛歌と一緒に笑えている今が、私は本当に好き。本当に幸せ。だから私は心から思うの。紡に出会えてよかったって」

「……それは俺も同じだよ」



舞歌の、愛おしい人の笑顔を見ながら、俺も同じようなことを考えていた。



「舞歌と出会わなければ、俺はきっと、全く違う人生を送っていたと思う。それはそれで幸せなのかもしれないけど、でも、今のような、心から満たされている気持ちにはなれなかったと思う」



俺は舞歌と出会えたことでいろいろなことを学び、成長した。

彼女と出会っていなければ、もしかしたら今でも他人を信じることが出来ていなかったかもしれない。



「お前に出会えて、お前と結ばれて、本当によかった」

「紡……」



舞歌は嬉しそうに目を細め、そしてそのまま目を閉じる。


舞歌のキスをねだるサインに、俺はもう一度彼女の頭を撫でてから応えた。



触れるだけのキス。しかし、長い、キス。



永遠に思えるような、しかし実際は十秒にも満たないわずかな時をおいて、どちらからともなく唇を放す。



元の位地に顔を戻した俺が舞歌の顔を見ると、彼女は嬉しそうに満面の笑顔を俺へと返し。


そんな笑顔が愛おしくて、もう一度キスをしたい、そう思い顔を近づけようとした時だった。

彼女の笑顔が、悪戯な小悪魔の笑顔へと変わったのは。



「ね、紡。お互いの必要性を再確認したところで、もう一人子供つくらない?」

「……は?」



落とされた爆弾に、俺はどんな表情を浮かべたのだろうか?


……きっと、間抜けな顔に違いないだろう。


そんな俺にかわまず、舞歌は話しを続ける。楽しそうな笑顔を浮かべて。



「だから、もう一人子供つくろう、って言ってるの。私達の生活も落ち着いてきたし、それに愛歌も弟が欲しいって言ってるし」

「いや、欲しいって言われても……。そう簡単に、しかも狙ってつくれるわけじゃないし……」

「そう?子供をつくるのはそう難しいことじゃないと思うんだけど?私が紡を襲えばいいだけだし。それに、多分心意気で性別も操れると思うし」

「……やっぱりお前アホだろ?」

「ひっどーいっ!」






たら、れば。人生でそれをあげたら、キリがない。


そしてそれを思うということは、思い返した人生に満足していないということだ。



人は、自分の命を日常から自覚することはほとんどない。


明日出来るから明日しようと、こうしたいけど次の機会にしようと、そう考えているのがその証拠だ。


命は絶対などではない。明日、いや、一秒後に死んでしまう可能性だって、0じゃないのだから。


だからしたいことはしたいと思った時にすればいい。


それは難しいことではない。


少しの勇気があれば、誰にでも出来ることだ。



そうやって自分に素直に生きていれば、自分の人生を振り返った時に、たら、ればは出てこない。


俺は舞歌に、そう教わった。


そうして生きてきた。



そして、これからも……



俺はそうやって生きていくだろう。彼女と、一緒に……




「お前、本当ガキだな」

「紡の、バカーっ!」




今になっても変わらない幼稚なやり取りを繰り返す俺達。




そんな俺達を、あの日と同じように、風花が見守っていた。





fin

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