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風花  作者:
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第七十六話(後半)




「で?転校したはずのお前が、なんでここにいるんだ?それと、あの二人は?」



先程まで俺達の間にあった戸惑いや気まずさは完全に消え去り、俺達は俺が転校する前の、いや、元彼女と付き合う前の俺達に戻っていた。


慣れ親しんだ口調に笑みを浮かべながら、俺は政樹の問いに答える。



「こっちに来たのはちょっと事情があってな。で、彼女達は……」

「初めまして。“草部”舞歌です。よろしくね政樹君」

「え……ああ。こちらこそ……草部?」

「……おい、こら」



俺の言葉を遮り暴走を始めた舞歌の言葉に、戸惑う政樹。

俺はそんな政樹を置き去りにし、とりあえず舞歌に突っ込みを入れる。



「お前は何を言ってるんだ?何を?」

「何って、未来予想図」

「お前な……」



本気なんだか冗談なんだかわからない舞歌の発言に、俺は頭痛を覚え額に手を添える。

しかしそんな俺の態度が不満だったのか、舞歌は頬を膨らませた。



「むー。何?紡、もしかして嫌なの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「え!?嫌なのっ!?」

「その“いや”じゃねーよ!」



舞歌のアホな発言に、俺は場所も考えずに大声をあげ。

そうして始まるいつもの幼稚なやり取り。


そのやり取りは、周りの視線を独占していることに嫌気がさした真希が止めに入るまでの、約十分間も続いたんだ……






・・・・・・・・・・・・






目の前で始まった子供がするようなやり取りを、政樹は目を丸くして見ていた。


しかし、その反応は当然といえる。


なぜなら政樹が知っている紡は、人目を気にし、周りに合わせるようなタイプの人間だったからだ。

政樹達と一緒に教室で騒ぐようなことはあっても、ここのように不特定多数の人々が行き交うような場所で騒げる人間ではなかった。


そんな紡が、何のためらいもなく騒いでいる様を目の前で見て、驚くな、と言う方が無理である。



政樹は先の会話で、紡が立ち直っていることを知ったし、彼が変わったのも少しではあるが理解した。

だが、それでもなお、今目の前で紡がしている行動を、信じることが出来ずにいた。


そんな政樹の近くへ真希が歩み寄り、呆れた表情を貼付けた顔で口を開く。



「こうなると長いの。悪いけど少し待ってて」

「え、あ……君は?」

「真希。小林真希よ。真希でいいわ」



戸惑いの視線を向ける政樹に、真希は彼女らしい大人びた笑顔を向ける。

そんな彼女の笑顔に心拍数を高めながら、政樹は真希へと疑問をぶつけた。



「えと、じゃあ真希。今、こうなると長い、って言ったけど、紡はいつもこうなのか?」



恐る恐る言葉を発した政樹に、真希は頷き、言う。



「ええ。いつもこうよ。何かにつけてこうやって舞歌と騒いでるわ」

「……信じられない」



ア然とした表情を浮かべ、錆び付いたネジのようにゆっくりと、騒いでいる紡達の方へと顔を向ける政樹。

彼のそんな態度に、言葉に真希は疑問を覚えた。


眉を寄せ、訝しい表情を浮かべ言う。



「信じられない、って何が?」



真希の問いに、政樹は顔を、今度はスムーズに彼女の方に向け、彼の感じた違和感を真希へと伝えた。


政樹の言葉が進むにつれ、真希はその顔を不機嫌な色に染めていく。


そして、いまだに幼稚なやり取りを楽しそうにしている紡達に苛立たしそうな視線を向け、呟いた。



「……ったく。最初から入り込む余地なんてなかったんじゃない」

「……真希?」



何か怒らせるようなことをしたのだろうか?

真希の態度を見てそう思ってしまった政樹は、怖ず怖ずと彼女の名を呼んだ。


そんな彼に、

「なんでもないわ」と真希は髪をかき上げ、彼に視線を戻し、口を開く。



「紡が変わったのは、舞歌のせいよ」

「彼女の……?それってどういう意味?」



舞歌に視線を向け、そして真希に戻しながらその言葉の意味を問う政樹に、真希は目を閉じ、首を横に振る。



「そこから先は、直接紡に聞いて。私も部外者、ってわけじゃないんだけど、あの二人の間にあったことは他人が気安く話していい内容じゃないから」

「……」



真希の言葉に、政樹の疑問は、より深まった。


紡が転校して二ヶ月。

もう二ヶ月も経った、と言うことも出来るが、政樹の中では、まだ二ヶ月しか経っていない、が正解だった。


たった二ヶ月。その短い期間で、紡に、この二人に何があったのだろうか?

想像しても答えなど出る訳もないのだが、政樹は考えずにはいられなかった。



「でも……」



そんな思考のスパイラルに陥りかけていた政樹を助けた、訳ではないのだろうが、真希が口を開いた。


はっ、とし、政樹が真希へと視線を向けると、真希の穏やかな笑顔が政樹の瞳を貫く。



「私は今の紡が好きよ。自分の思った通りの行動をしている紡が。それに舞歌とのこういうやり取りも好き。……場所さえ考えてくれたらね」



そう呟き周りを見渡す真希に習い、政樹も周りを見渡し、言葉を失った。

年末前とはいえ、仕事のあるサラリーマンはざらにいる。

お昼時のこの時間、彼らは窮屈なデスクワークから解放され、一時の休息を求め街へと繰り出す。

そんな彼らが行き交う道で、大声で騒いでいればどうなるか。結果は火を見るより明らかである。


冷たい視線を向けられているのにも気がつかず騒ぎ続けている紡達を見て、真希は額に手をあて、大きなため息をはいた。



「……このままだと私達まで白い目で見られかねないから、いい加減止めてくるわ」



もう一度ため息をはいてから紡達へと重い一歩を踏み出した真希。


彼女の背中を見送りながら、政樹は真希の言葉を思い返していた。


何があったのかはわからないが、紡は、大きく変わっていた。


そんな紡のことを、好きだと言った真希。

それについて、政樹は同意見だった。


昔の紡と今の紡。

どちらが好きかと聞かれれば、政樹は間違いなく後者を選ぶだろう。



再会し、とても魅力的な人間へと変わっていた紡。

そんな彼と毎日一緒に過ごす彼女達のことを、政樹は羨ましいと思った。


自分の思ったことをそのまま言える紡と一緒にいて、舞歌としているあのやり取りを間近で見ていて、楽しくないわけがないのだから。


真希に怒られている紡達を、しかし、どこか楽しそうな三人の姿を見て、政樹は、あの輪の中に自分も加わりたいと思った。

あそこから見える風景を、自分も見たいと思った。



「……自分の思った通りの行動をする、か」



それがどれほど簡単で、同時にどれほど難しいことか、政樹は知っていた。


政樹は、紡が傷ついた時、何もすることが出来なかった。

紡にまた拒絶されるのが怖くて、何も言えなかった。


傷ついている友達に励ましの言葉をかける。それはとても簡単なことだったはずなのに、いつの間にか、とても難しいことに変わってしまっていた。


自分が傷つくことを恐れ、思ったように行動出来なくなる。

それは何も政樹だけに限ったことではない。


誰もがそうなる可能性を持っている。


だから仕方ないことだ、そう政樹は自分に言い訳し続けてきた。


しかし……



「いつまでも逃げていても、何も変わらないよな……」



彼は望んだ。そこから一歩踏み出すことを。

紡達と共に過ごす未来を。


踏み出すことが怖くないかと聞かれれば、政樹は首を横に振るだろう。


変わることには、常に不安と恐怖が付きまとう。小さなことにも、大きなことにも平等に。


けど政樹は知っていた。踏み出した先では、一人ではないことを。



一度空を見上げてみる。


久しぶりに見上げた狭い空は、青く、澄んでいるように感じた。



そのまま顔を戻し、大きく深呼吸。


そして政樹は、一歩を踏み出した。



「おい、お前ら!」

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