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風花  作者:
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第七十六話(前半)




「ほえー。大きい学校だねぇー」



地下から地上に上がり、ビルが並ぶオフィス街を歩くこと約十五分。

本来なら十分とかからない道のりなのだが、舞歌が高いビルやコンビニ、ジャンクフードなどの店に興味を持ち、子供がするような問答を繰り返していたために、学校までたどり着くまでそれなりの時間がかかってしまった。


三階建てのコンクリート作りの建物を見上げ、舞歌は感嘆の声を上げる。


高いビルを舞歌よりも見慣れていたはずの真希でさえ、声こそ上げなかったものの、自分達の学舎まなびやとの違いに驚いているようだった。



口を開き呆然としている舞歌と、小さくきょろきょろと観察をしている真希と同じように、俺も視線を校舎へと移す。



二ヶ月前となんら変わりないその外観を懐かしいと思えたことに、俺は小さく驚いていた。

いい思い出もなく、ただ惰性に過ごしていた場所なのに、だ。


人間とはそういう生き物なのかもしれないと、らしくない哲学的なことを考えていると、舞歌が声をあげた。



「ねえ、紡。この学校に生徒はどれくらいいるの?」

「え?ああ、確か……」



記憶を探りながら、確か全学年で六百人近くはいたはず、と答えると、舞歌は

「六百!?」と驚きの声を上げる。



「うちの学校の約六倍……」

「それだけ人数がいるってことは、体育館とかの施設も当然大きいのよね?」



目を丸くする舞歌とは対照的に、真希は冷静だった。

そんな彼女の問いに、俺は頷く。



「ああ。体育館は三階建て。剣道場、柔道場はもちろん、テニスコートに野球、サッカーグラウンド、おまけにシャワー室までついてる」

「……ご立派」



目を閉じ肩の高さまで両手を上げ首を左右に振る真希は、おそらく呆れているのだろう。

これだから東京者は、と皮肉たっぷりの言葉が今にも聞こえてきそうだった。


そう確かに広さ、設備だけを見れば確かに立派だ。

だがしかし、その広さ故の欠点があることを、俺は知っていた。



「確かに立派だと思う。でも俺は、今俺が通っている、舞歌と真希に出会えたあの学校の方が、遥かに好きだよ」



俺の言葉が意外だったのか、真希は疑問そうな視線を。俺が言いたいことがわかったのか、舞歌は優しい眼差しを、それぞれ俺に向ける。

俺はそんな二人の視線を受けながら、校舎を見上げ、言う。



「俺は今の学校に転校して、人の優しさに触れることが出来た。クラスメート達から認められる嬉しさを知った。それは、ここみたいに人の多い場所じゃ、出来ないことだと思うから」



俺の言葉に舞歌は小さく微笑み、真希は

「なるほどね」と頷いた。



人が多いことにも、もちろんメリットはある。

様々な人の意見を聞けるし、考えに触れることが出来ることだ。

しかし、そうやって多くの意見に触れることが出来る人は、実際には一握りだ。

多くの人は、名前も知らない生徒が大勢いる中、卒業していく。

各言う俺もその一人だ。

転校をすることになった当時、二年生の後半にもなるというのに、名前も知らない同級生が数多く存在した。


その点、今の学校では、もう名前を知らない同学年の生徒は、クラスメートはいない。

彼らの優しさも知っている。


ただそれだけのこと、と軽んじる人もいるだろうけど、俺にとってそれはとても革新的なことだったし、何より嬉しいことだったんだ。



「それに、俺は今の学校の自然の多さが好きだ。こんな風に違和感のある自然は、あんまり好きじゃない」



俺が視線を向けたのは、学校の入口に一本だけ立っている小さな木。

学校内にも何本か木はあるが、コンクリートジャングルの中にぽつんぽつんと立ち並ぶ木々はあまりにも違和感があり、嘘くさい。



「不便でぼろいだけ、ってイメージの校舎だけど、確かにそう言われてみると私も向こうの方が好きね」

「私も。それに、こっちはなんだか空気がわるいよ」



顔をしかめる舞歌の意見に、俺も同感だった。


澄んだ向こうの空気に比べ、こっちの空気はなんだが淀んでいるような気がする。

と、そんなことを自然と思っていた自分に気づいた時、思わず笑いがこぼれた。


転校する二ヶ月前までそんなことを気にすらしたことがなかったのに、ずいぶんな変わり様だ。


そんな風に笑っていた俺を不審に思ったのか、舞歌が

「どうしたの?」と尋ねてくる。

俺はそんな彼女に

「なんでもない」と返し、そのまま言葉を続けた。



「さて、校舎の中には入れないし、そろそろ別の場所に……」



移動しようか。その言葉は、俺達とは違う、しかし俺だけはよく知った声によって遮られた。



「紡……?」



ためらいがちな、確かめるかのような声が俺の名を呼ぶ。


聞き覚えのあるその声に、俺はまさか、と思いながらその声のした方へと顔を向ける。


校舎から出て来る、長身痩躯の一人の男子生徒。

黒髪の下に驚いた表情を張り付け、制服であるブレザーの上からグレーのトレンチコートを着た懐かしい顔を見た時、俺も彼と同じ表情を浮かべた。



「政樹……」






第七十六話






五メートル近くの距離を置き、見つめ合う俺と政樹。


戸惑いを見せる政樹と同様に、俺も戸惑っていた。


いろいろと話したいことがある。

いろいろと伝えたいことがある。

いろいろと、謝りたいことがある。


けど、そのどれもが口から出てこなかった。

何から話せばいいか、何から伝えればいいか、わからなかった。



「紡。お友達?」



そんな俺と政樹の気まずい雰囲気を壊したのは、舞歌だった。


俺の側に来て、笑顔でそう言う舞歌。

人の雰囲気に敏感な彼女は、俺達の間に流れる空気を感じ取り、そして俺の戸惑いも感じ取ったのだろう。


だからそうやって楔を入れてくれた。俺に、大丈夫だよ、と笑顔を向けてくれたのだ。


そんな舞歌の行動に、優しさに、俺は勇気を貰った。

大丈夫、そう思えた。


一度目を閉じる。

小さく深呼吸をし、俺は笑顔を浮かべた。



「ああ。こいつは“天音政樹あまね まさき”俺の、こっちにいた時の“親友”だよ」

「紡……!?」



俺の言葉に、親友という単語に、政樹は驚きの表情を浮かべる。

そんな彼に俺は苦笑いを向け、言う。



「政樹、すまなかった。“あの時”のお前の言葉は正しかったよ」

「……」



あの時、というのは他でもない。

俺が元彼女と付き合う前に、俺に忠告をしてくれたのは政樹だったのだ。



「あの時、俺のことを心配して言ってくれた言葉を俺は無下にしてしまった。そして結局利用されて捨てられて。俺は大切な親友と、人を信じる心を失った」

「紡……」



自虐的な俺の発言に、政樹はなんとも言えない表情を浮かべる。戸惑っている、というのが正解だろう。


俺はそんな彼に苦笑いを、しかし、真面目な笑顔を向けた。



「けど、今俺は、こうして笑顔を浮かべることが出来ている。人を、信じることがまた出来るようになった。もう、大丈夫だ」

「……そっか」



そう呟き、政樹は小さく、笑顔を浮かべる。

その笑顔からは安堵の表情も見てとれて。

彼が俺のことを心配していてくれたことが伺えた。



「……ずっと気にはなってたんだ。お前が別れたことは噂で知っていたし、お前は案外繊細なところがあるから大丈夫かなってずっと心配してた。けど、どうやって励ましたらいいか、なんて言ったらいいかわからなくて……」



顔を歪ませる政樹。

俺はそんな政樹の言葉が、とても嬉しかった。


苦笑いを浮かべたまま、俺は言う。



「気にすることなんかないさ。元々お前と距離を置いたのは俺だし、それに俺が政樹の立場だったとしても、何も出来なかったと思うから」

「紡……」

「その代わり」



意外な表情で俺を見る政樹に俺は笑顔を返し、彼へと歩み寄りながら言う。



「また俺と、友達になってほしいんだ。仲直りしたいんだ」

「――っ!?」



驚いた表情を浮かべる政樹。

俺はそれに構う事なく歩と言葉を続けた。



「都合のいいことを言ってるのはわかってる。殴られる覚悟もしている。けど、やっぱり政樹は俺にとって大切な人の一人だから。その繋がりを、絆を失いたくなんかないんだよ」



驚きの表情のまま固まる政樹の前まで行き、彼の瞳を見つめたまま、俺は右手を彼へと差し出した。



「政樹。俺ともう一度、友達になってくれ」



俺の瞳を見、俺の右手を見。そうしてまた俺の瞳を見つめた政樹は、やがて小さく呟いた。



「……お前、変わったな」

「いろいろあったからな」



彼のその言葉に苦笑い。


確かに今の俺の言葉は、東京にいた頃の俺には絶対に言えない言葉だと思う。


人の目やら気恥ずかしさなどが邪魔をして、思ったことなど決して言えなかった。


だけどこの二ヶ月で、俺はそんなものなど気にしなくなっていた。そう。俺の背後で微笑む彼女のおかげで……



「仲直りしたいんだ。……駄目、かな?」



俺の手を見つめていた政樹は、しばしの逡巡ののち、ニヤリと口元を歪めた。



「駄目な訳ないだろ。この馬鹿野郎が!」



バチンと俺の手と自分の手を打ち付け、彼は俺の手をしっかりと握った。



その痛みが、温もりが、俺は涙が出るほど、嬉しかったんだ……

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