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風花  作者:
87/112

第七十四話(後半)




「……あとで静歌さんにきちんとお礼を言っておく。……あの時計は、大切に使わせてもらうよ」

「……うん。そうしてあげて」



俺の言葉を受け、舞歌はその笑顔をより深めた。



静歌さんが想いを俺に托すことを決意をしたように、舞歌が俺に真実を伝えることを決めたように、俺も覚悟を決めた。

あの時計を、静歌さんの想いを受け止める覚悟を。



正直に言ってしまえば、不安だった。そんな大切なものを受け取って、身につけていいものなのか、そう考えた。

静歌さんに返した方がいいのではないか、そう思った。


……けど、そんなことをしたら、静歌さんを侮辱することになると思ったんだ。


悩んで出した答えに、何も知らない子供に

「本当にそれでいいのか」などと聞かれたら俺でも腹が立つ。


それに、そんなことをして汚したくなかったんだ。静歌さんと、そして、悟さんの想いを。


だから俺は、受け取ることを選択した。



今の俺には重い時計。

しかし、いつか堂々とそれを身につけられるような男になりたい。そう思いながら。




「……なあ、舞歌」



彼女の名を呼びながら、俺はズボンのポケットに手を入れる。

指先にコツンと触れる、俺の想いの形。


静歌さんの時計に比べれば、値段も素材も陳腐なものなのだけど、でも、込めた想いだけは負けないと思っていた。



「うん?何?」

「目を閉じてくれないか?」



舞歌は眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべる。



「いいけど……なんで?」

「キスしたいから」

「喜んで!」



表情を嬉々としたものへと一転させ、素早く目を閉じ姿勢を正した彼女の姿に、俺は小さく笑う。


こんな仕種一つとっても愛おしいと感じてしまうのだから、俺も中々に重症だ。


ポケットの中からそれを取り出し、舞歌へ歩み寄る。


もともと近い距離にいたので、二、三歩歩いただけで彼女の前へ。

俺が近くに来たのを気配で感じとったのか、舞歌はご丁寧に顔を少し上へと向ける。

俺はその仕種に微笑みを浮かべながら、キス、はせずに、彼女の左手を取った。



「紡?」

「いいから。目は閉じてろって」



俺の行動に疑念を持った舞歌が目を開けようとするが、その前に静止をかける。



「うん……わかった」



納得はいっていないようだが、素直に俺の言うことを聞いてくれた舞歌に感謝しながら、俺は持っていたものを、舞歌の左手の薬指に通した。



「――っ!」



俺の行動の意味を、自分の指につけられたものの意味を悟った舞歌は、鋭く息をのみ、目を開く。


真っ先に視線を向けるのは、自分の左手。


薬指で輝くシルバーのシンプルな指輪を、舞歌は瞬きもせずに、見続けていた。



「安物だけどさ、クリスマスプレゼント」



指輪を凝視していた舞歌だったが、声をかけると弾かれたように俺へと顔を向けた。



「そんな……だって私……ないのに……」



支離滅裂な言葉は、きっと混乱しているからだろう。


先程とは逆の立場に立った俺達。


俺は、舞歌がしていたように、彼女に優しい瞳を向ける。



「いいんだよ。プレゼントが欲しかったから用意したんじゃないんだから。静歌さんじゃないけど、それは俺の想いの結晶だ」



舞歌は再び視線を指輪へと固定させる。

俺も舞歌の視線を追い、彼女の左の薬指で輝いている指輪を見ながら、言葉を続ける。



「これから先、四六時中一緒にいれればいい。けど、進学したり就職したり、例え結婚することになったとしても、それは出来ない。必ず一人の時間は出来てしまう」



そんな俺の言葉に、舞歌は不安そうな視線を俺へと向けてくる。俺はそんな彼女を安心させる為に、彼女の頭を優しく撫でる。



「そんな顔するな。嫌かもしれないけど、それが現実だ」

「それは……そうかもしれないけど……」



不安と不満が入り混じった表情を浮かべる舞歌。

俺はそんな舞歌の左手を取った。



「そうなった時にお前が不安にならないように、この指輪を用意したんだ。安物だけど、これには舞歌に対する俺の気持ちが詰まってる。俺はずっと側にいてはやれないけど、この指輪が、俺の想いの結晶がずっと側にいる。嬉しい時。怒った時。悲しい時。楽しい時。ずっと舞歌と一緒にいる。だから何も不安がることはないんだよ。体は離れていても、想いはずっと一緒なんだから」

「紡……」



涙ぐんだ瞳で俺を見上げる舞歌に、俺は急に恥ずかしくなった。

思えばずいぶんと恥ずかしいことを言ったものである。


照れ臭くなった俺は、舞歌から視線を外し、頭をがしがし、とかく。

そして、思ってもいないことを照れ隠しに言った。



「別に、嫌だったり重かったり、俺のことを嫌いになったらつけなくていいんだからな」



俺がそう言い終わるか言い終わらないタイミングで、舞歌は正面から、俺に抱き着いた。


涙を流しながら、それでも満面の笑顔を浮かべながら、舞歌は言う。



「死んだって外してあげないんだから!」



先程までのカリスマの瞳とは違い、俺が大好きな年相応の女の子の瞳で俺を見つめる舞歌。

彼女の目が閉じるのが先だったのだろうか。それとも俺が顔を近づけたのが先か。

彼女の部屋の中で、俺達のシルエットは重なった。



……そこで気を抜いたのがいけなかったのだろうか?


それとも、彼女の腕力に油断していたのがいけなかったのだろうか?



口を離そうとしたその瞬間。

俺は彼女に思い切り引っ張られ、バランスを崩し、彼女のベッドへと倒れ込んだ。

そうして俺が事態を把握出来ていないうちに、舞歌が俺の上へと馬乗りになったのだ。






・・・・・・・・・・・・






……事情を思い出した俺は、少し冷静になれた。


舞歌の香りや言葉、柔らかい感触に折れそうになる感情を抑えていた理性に、冷静さという助っ人が加わり、俺の思考回路はなんとか動き出す。


よく考えてみれば、舞歌のこの行動は明らかにおかしい。

今まで誘ってくることは何度かあったが、直接こうして行動に出たのは初めてだったし、こんな行動は“乙女”である彼女らしくない。

こんな行動をするのはまるで……



「……」



……そこまで考えたところで、全ての疑問が解決し、同時に打開策も見つけられた。


俺の感情が暴れ出す前に、俺はさっそく行動に移す。



「……なあ、舞歌」



なるべく低い声で。なるべく冷めた瞳で。

そう心掛けながら、舞歌の下から睨むように彼女を見つめ、名を呼ぶと、彼女ははっきりと動揺を見せた。



「な、何かな?」

「俺はさ、お前のことが大切だから抱かない、って、何度も言ったよな?」

「う、うん……」



顔から女の色が抜け、いつもの彼女らしい表情、も通り越し、舞歌の顔色は青ざめかけていた。

俺が怒っている。そう俺の声と表情から悟ったのだろう。


実際は俺の演技であるのだけど、しかし、確かに少し怒ってもいた。

だから今口にしている言葉は、間違いなく俺の本心だった。



「それを無視してこういう行動をするってことは、それなりの覚悟は持っているんだな?」

「か、覚悟って……?」

「別れる覚悟だ」

「――っ!?」



青ざめかけていた舞歌の顔の色が、それを通り越し真っ白に変わる。

目は動揺で大きく開き、あちこちをさ迷う。

あれほど熱かった体も、今はその熱を失い、震えている。


そこまで脅したところで、俺はもういいだろうと思った。

わざとらしく大きいため息をはき、彼女の関心を集め、舞歌の瞳が再び俺を捉えたところで、俺は用意していた台詞を口にする。



「今正直になんでこんなことをしたか言えば、許してやるし、仲直りのキスもしてやる……」

「せっかくのクリスマスなんだから、誘って抱いてもらえって真希に言われました!」

「やっぱりお前かーっ!真希ーっ!」



俺の言葉を遮り、そう叫んだ舞歌。

そして俺もその言葉を受け、思い切り怒鳴り声をあげるのだった。






大切な想いを受け取り、大切な想いを渡したクリスマスイヴ。


静ながらも暖かく、騒がしながらも穏やかな時間は、こうして過ぎていくのだった……

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