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風花  作者:
80/112

第六十九話(後半)




「静歌に頼んでなんとか説得してもらっている間、俺はいつも通りの毎日をすごすことにした。心臓病で悩んでいる人の相談を受けながら、診察、手術をする毎日。けど…その日々は、決していつも通りの毎日じゃなかった。頭の中にはいつでも舞歌ちゃんがいた」



まるで恋する乙女みたいだな、と冗談めかして言う司に、静歌は苦笑いさえ浮かべることが出来なかった。


なんの反応も示さない静歌に、逆に苦笑いを浮かべながら、司は言葉を繋げる。



「そうやって半年近くが過ぎたある日、真希ちゃんから現状を知らされた俺は、すぐに院長室に行って事情を説明した。すげー反対されたよ。沢山の患者さん達がお前の助けを待ってる。その患者さん達を裏切って、たった一人の為に固執してどうするんだ、ってな」



苦笑いしながら頭をぼりぼりとかく司。その姿は紡にとてもよく似ていた。

いや、紡が司に似ている、が正解か。



「院長の意見はもっともだ。俺もそう思う。俺は自分の仕事に、医師という仕事に、誇りと責任を持っている。人の命を与る、人の未来を作る仕事だからな。それを投げ出してまで、たった一人の少女に固執する理由なんて、本来はないんだ。…けどな」



司の話しを黙って、無表情で聞いていた静歌の瞳を、司の、強い決意を秘めた瞳が捉える。


静歌はもう、司の言いたいことはわかっていた。

そして、司も静歌がわかっていることを理解していた。


しかし、それでも司は口を開く。

そして静歌も司の言葉を待った。


二人とも、言葉にしないと伝わらないことがあることを、知っているから。



「けど、俺は舞歌ちゃんを治療しないと、先に進めないんだよ」



想像通りの司の言葉に、静歌は頷くことはしなかった。

ただ黙って先を促す。



「俺は、おかしいと言う声を軽んじ、その結果、患者に一生ものの傷を残してしまうことになった。…ズタボロなんだよ。俺の医者としての自信も、誇りも」



司は視線を静歌から自分の右手に移す。


彼は胸元に上げた手を、きつく、握る。


それは彼の決意の表れだろうか。それとも悔しさと苛立ちの表れか。

静歌は、間違いなく後者だと思っていた。



「…償いとかかっこいいこと言っときながら、結局俺は、俺自身の為に舞歌ちゃんにこだわってるんだ。俺が俺自身を取り戻す為に、舞歌ちゃんの手術をする必要があるんだ。心臓外科医の名医、草部司として、可能な限り彼女の傷が小さくなるように手術して、し終えて、そこで俺はようやく、先に進めるようになるんだ」



そう言い終えたところで司は、はっとし、拳を解き空を見上げる。


彼のそんな仕草を見て、静歌はようやく小さく、くすり、と笑みを浮かべた。



空を見上げながら自分を落ち着かせていた司は、笑っている静歌に気づき、ばつが悪そうに頭をぼりぼりととかく。



「そう説明したら、院長はしぶしぶと首を縦に振ったよ。そうやって俺はここに来れたんだ。……悪いな。静歌の子供を俺の為に利用する形になって」



そんな司の言葉に静歌は口元に笑顔を浮かべながら目を閉じ、言う。



「まったくよ。私の可愛い娘をそんな形で利用するなんて許せないわ」

「…わりぃ」

「…けどね」



静歌はつぶっていた目を開き、司に視線を向ける。

彼に向ける彼女の表情は、とても穏やかで、優しい笑顔だった。



「けど、そのおかげで舞歌は生きる理由を、大好きな人を見つけることが出来たの。それに、そこまで固執してるってことは、完璧な手術をしてくれるんでしょ?」

「当たり前だ!それは約束する!」



即答した司に、静歌の笑みは深くなる。



「だったら、怒る理由なんて何一つないわよ。…司。舞歌を、私の大切な娘を、よろしくね」



そう、頭を下げる静歌。


そんな静歌に、司はしっかりと頷いた。



「ああ。親友と、“初恋の女”の娘だ。絶対に助けるよ」



そう言い切った司に、静歌はもう一度、穏やかに笑いかけるのだった。

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