第七話
第七話
「きゃ〜っ!速い〜っ!こける〜っ!」
「楽しそうにとんでもないこと叫ぶなーーっ!!」
舞歌のナビのもと、田舎にしては綺麗に舗装された道を軽快に走る俺の愛車。
学生の身分の為、仕方なく諦めた400cc。妥協で購入した250ccだったのだけれど、その妥協は、良い意味で裏切られた。
確かに、400ccに比べるとスタートの加速は劣る。が、一度スピードに乗ってしまうと、400ccよりも軽やかに運転することが出来た。それに、スタートの加速が劣るとはいえ、俺が予想したよりも遥かに力強かったんだ。
そういう理由から、今では買ってよかったと、心から思っている。
「あ、紡君!この先の信号、左折ね!」
「了解!」
舞歌のナビはとても運転しやすかった。
どんなに騒いでいても、直前になるまでナビを放棄することはなく、だいたい一キロ手前で言ってくれる。だから急ブレーキをかけることも、急に進路を変更することもなかった。
だけど…
「きゃ〜!左折〜!倒れそ〜!」
「だからさっきから縁起でもないこと言うなーーっ!!」
ナビ以外のところで、やはり彼女はめちゃめちゃだった。
俺の後ろで、俺がスピードを上げたり、カーブの為にバイクを傾けたりする度に、彼女は
「こける」、
「倒れる」、
「ぶつかる」等の縁起でもない言葉を、実に楽しそうに叫ぶのだ。
その度にツッコミ入れるのだけど、どうも彼女の脳内に俺の叫びは留まっていないらしい。左から右へ、というやつだ。いつものことだけど。
「アハハ。本当速いね。まるで風になったみたい」
飾り気の無い真っすぐな道を、法定速度より少しだけ速いスピードで走る。
風景は流れるように表情を変え、風がバイクと全身に当たってすりぬけていく。
それらを見、感じながら、俺の後ろで舞歌が、そう、本当に楽しそうに言う。振り返らなくてもわかる。彼女は今、満面の笑顔だろう。
そして、多分、俺も…
嬉しかったんだ。舞歌の台詞が。
俺がバイクの免許を取ったのは、友達のバイクの後ろに乗せてもらった時に感じた、まるで風になったかのような感覚が忘れられなかったから。
好きなんだ。風になれるこの瞬間が。
だから舞歌が、俺と同じようなことを感じ、笑ってくれることが嬉しかった。
「紡君!あそこの交差点右折っす!」
「ほいよ!」
交通量の少ない田舎道を、背中に舞歌の温もりを感じながら走り抜ける。
雲一つない青空の下、俺達は風になっていた。
・・・・・・・・・・・・
「へー、広いな」
家を出てから約1時間。事故もなく、無事に辿り着いた目的地で、俺はヘルメットを脱ぎ、感嘆の声を上げた。
俺が住んでいた東京では、スペースを有効活用する為にだいたい縦長の高いビルが多かった。だが、今目の前にある総合店は、横長に広く、駐車場もかなり広大なスペースがあった。
目算だが、百台以上停められるのではないだろうか?
「ぷはっ。あー楽しかった」
同じようにヘルメットを脱いだ舞歌は、言葉通り、満足した笑顔を浮かべていた。
「紡君。バイクって、楽しくて気持ちいいね」
「まあな。だけどもう少しすると、寒くて乗りたくなくなるよ。バイクから降りると、凍えて手が動かなくなったりするんだ」
「それは…嫌だね…。あー残念。凄く楽しかったのに」
「また暖かくなったら乗せてやるよ。だから我慢しろ」
不満そうな表情の舞歌に自然とそう告げていた俺。
驚いた。ここに来る前までは、乗せるつもりはないが、仕方なく乗せるなら舞歌。そう思っていた筈なのに、今俺は、自然と彼女を誘っていた。
彼女を後ろに乗せて走ったことが楽しかったのか、それとも、別の理由でか。どちらにしろ、そんな俺自身の心変わりに驚いた。
「……そうだね。そんな日がくるといいね」
満面の笑みが返ってくると思っていた。
嬉しそうな笑い声が聞けると思っていた。
だけど、彼女はその予想を大きく裏切った。
そこにあったのは、儚い笑顔。
耳に届いたのは、憂いを帯びた声。
「…舞歌?」
「さ、紡君。行こう。早くしないとお店閉まっちゃうよ?」
「3時前に閉店するかっ!!」
気になり声を掛けるも、次の瞬間には舞歌はいつもの笑顔を浮かべ、いつもと同じアホなことを口にしていた。
「いやいや。最近の店は3時2分に閉まるってのがもっぱらの噂…」
「どこの噂だよ!?それに、その半端な時間はなんだよ!?」
だから、さっきの笑顔と声は見間違いだと、勘違いだと思った。
舞歌がそんな表情を、そんな声を発する訳がない。
そう、勝手に俺は決め付けていた……