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風花  作者:
79/112

第六十九話(前半)




その建物は、周りの民家に溶け込みながらも、ある種のオーラを出していた。


決して綺麗ではない。しかし、汚いわけでも決してない。


歴史と趣のある白い壁と黒い瓦で彩らた寺。その横にあるアスファルトの道には、その雰囲気をぶち壊しにするような青いスポーツカーが一台、止まっていた。


その青い車のすぐ後ろに、黒いセダンタイプの車が静かに止まる。


運転席から降りた、スーツの上から厚手の黒いロングコートを羽織った男は、青いスポーツカーを一瞥し、懐かしそうな表情を浮かべる。


その男は視線をその車から外すと助手席側に周り、乗せてあった一升瓶を手に取ると、寺の方へ歩き出した。



賑やかな寺など、京都や奈良の、もはや観光地と化したそれ以外にそうはない。

この寺も例に漏れず静かだった。


男の耳に届くのは、自身が踏み鳴らす砂利の音だけ。


一歩踏み出すごとに、その名通りの音が静かに鳴り響く。



じゃり、じゃり…


じゃり、じゃり…と。



そうやって彼は一定の音楽を奏でながら、寺の裏へと回る。



そこには墓地が広がっていた。


都心にあるような、数百の数が並ぶ霊園とは違い、周りにある民家のご先祖達が眠る、わずか十数個しか墓石のない、こじんまりとした墓地。


その墓地の奥の一画へと、彼は歩いて行く。



彼は、ある墓石の前で足を止める。


彼が目的としていたその墓石の前には先客がいた。


襟元に灰色のファーのついた、けれどもけして成金趣味ではない洒落た白いトレンチコートと、タイトなジーパンに膝下までの黒いレザーのロングブーツという、およそ墓地には似つかわしくない格好の女が墓石の前に座り、手を合わせていた。



男はその女に、なんの躊躇もなく話しかける。



「墓参りになんて格好で来てるんだよ」

「だからこそよ。悟に会いにくるのに、変な格好でこれるわけないでしょ」

「あーそうかい」



女も驚いた様子もなく男にそう返し。


二人の話し口調と会話は、二人が顔見知り以上の関係であることを示していた。



墓石に、いや、そこで眠っている想い人に手を合わせていた女は立ち上がり、男の方へと振り返る。



しばしの見つめ合い。

目で会話をする、という表現があるが、この二人は今、まさにそれをしているようだった。

見つめ合い、いろいろな思いを交差さている、そんな雰囲気が二人から出されていた。



やがて、目での会話を終えたのか、今度は口での会話を始めようと、女が口を開く。



「…こうやって、プライベートで会うのは何年ぶりかしら? 本当、久しぶりね。“司”」

「…そうだな。久しぶりだな。“静歌”」



そうやって、女――遠野静歌と、男――“草部司くさべ つかさ”は小さく笑い合うのだった。






第六十九話






「よう、悟。久しぶり。悪かったな。なかなか来てやれなくてさ」



司は、墓石に手を合わせたあと、つぶっていた目を開き、そう話しかけた。



「本当はもっと早く来たかったんだが、いろいろと忙しかったんだ。許せよ」



司は脇に置いてあった一升瓶を手に取ると、蓋を開け、墓石の前、主に供物を乗せる所に置く。



「詫び、ってわけじゃないが、お前が好きだった酒持ってきたから。飲んでくれ」

「……ねえ、司」



司の後ろに立ち、彼等の会話を黙って聞いていた静歌だったが、おずおず、といった感じで口を開いた。



「何を今更、って思うかもしれないけど…よかったの?ここに来て…」



静歌の問いは、墓地に来て、という意味じゃない。

東京からこんな田舎に来てよかったのか、という意味だ。


静歌はもちろん、司が世界で活躍する心臓外科医だと知っていた。

紹介状を書いてもらい行っ病院、紹介してもらった医師が司だったのは全くの偶然だが、逆にその時静歌は驚く以上に安心したのだ。司になら任せられる、と。



しかしその後、舞歌が予想外の行動を起こし、治療どころの話しではなくなってしまったのだが、その時、少しだけ電話で司と話しをした時、彼がとても忙しいことを知った。


毎日のように相談や診察、手術の予定が入っていることを。



彼がこの村に来た時は驚き、そのことまで頭が回らなかったが、舞歌の件も落ち着き、他のことに気を配れるようになった今、その点が心配になったのだ。


それらをほったらかしにしてここに来て大丈夫なのか、と。



静歌の質問を受けた司は、立ち上がりながら頭をぼりぼりとかきながら言う。



「いいわけねーだろ。このことがマスコミにばれたら大騒ぎになるさ」



司は語った。


自分がここにいるのを知っているのは、病院の院長と、自分の信頼出来る部下の二人だけだということ。


他の人達には、アメリカの病院へ行き、そこで世界有数の名医の元で、手術の助手を兼ねた勉強をしていることになっていること。


ここに来るために、約一年近くもの間、休みなく働きスケジュールを調整したこと。



「向こうに帰って舞歌ちゃんの手術が終わったら、むこう半年は休み無しだ。ったく、超過手当よこせつーの」

「…そこまでして、なんで?」



静歌は申し訳ないと思うよりも先に、疑問に思った。


なぜそこまでして舞歌のことを助けようとしてくれたのだろうか?



静歌は司の性格をよく知っている。


彼は助けを求める者のことは命懸けで助けようとするが、生きるのを諦めている者へは、非情なまでに冷たい。


その彼がなぜ、そうまでして舞歌のことを治そうとしてくれたのか、静歌は疑問だったのだ。



「……償い、だからかな…」



目を細め、辛そうに、申し訳なさそうにそう呟いた司を見て、静歌は、はっとした。



「償い、って…。あれは司のせいじゃ…」

「わかってる。悟はそんなことで人を恨んだりするようなやつじゃなかった。でも考えちゃうんだよ。俺が悟の話しをきちんと聞いてやっていれば、違う未来が待っていたのかもしれない、ってな」

「それは…」



言葉に詰まる静歌を横目に、司は空を見上げた。


冬の遠い空には、ぽつぽつと白い雲が泳いでいて。


ふぅ、と小さくはいたため息は、白い筋となり、やがて空へと吸い込まれる。



「悟から、なんとなくこっちの病院がする身体検査がおかしい、って話しを聞かされた時、俺は仕事を言い訳にそのことを後回しにしてしまった。そうやって後に後に回しているうちに悟は死に、お前と舞歌ちゃんが紹介状を持って俺の前に現れた」

「………」

「後悔したよ。悟の言うことを真摯に受け止めていれば、舞歌ちゃんの心房中隔欠損症は早期発見出来て、カテーテル治療を受けることが出来たはずなんだ…。それなのに、彼女は開胸手術するしか治療が出来なくなった。残さなくていい傷を残さなくちゃいけなくなったんだ。俺の、せいで…!」

「司…」



悔しそうに拳を強く握りしめる司を見て、静歌はなんとなく、悟った。彼が舞歌にこだわる理由を。



静歌の呟きともとれる呼びかけに、それでも我を取り戻した司は、握っていた手を開き、苦笑いを浮かべながら空を見上げた。


それが気持ちを落ち着けるための彼の癖だと知っていた静歌は、彼が気持ちを落ち着けるのを待った。



「…後悔したんだけどさ」



そうやって十数秒の間を挟み、司は顔を下ろし話しを再開する。



「同時に喜びも感じたんだよ。舞歌ちゃんが他の心臓外科医のところに行かなくてよかったって。これで俺は、悟にも、舞歌ちゃんにも、せめてもの罪滅ぼしができるって…。自己満足以外のなんでもないけど、俺はそう思ったんだ」



けど、と司は続ける。



「入院予定日になっても舞歌ちゃんも静歌も姿を表さなかった。慌てて連絡したら、舞歌ちゃんが引きこもって部屋から出て来ない、だもんな」



当時のことを思い出したのか、司は渇いた笑顔を浮かべていた……

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