第六十八話(前半)
第六十八話
「ねぇ紡。何買ったの?何買ったの?」
バイクでやって来たいつもの総合店。
入口にあったパンフレットを手に取り、それを見ながらお互い鉢合わせしないように件の物を見て周り、三時間近くかけて俺達はようやくそれぞれが納得した商品を購入することができた。
プレゼント一つを買うのになぜそんな時間を、と言う人もいるかもしれないが、それはある意味仕方ないことだったんだ。
理由の一つ目としては、行動に制限があること。
舞歌と決めたルールは、お互いがいる店の周りの店も入るのも禁止という、徹底したものだった。
これは、片方が店を出た際に誤ってもう片方が購入している商品が見えないように、との理由からだった。
そのため、物を選ぶのにも、店を移動するのにもいちいち時間がかかってしまった。
二つ目の理由としては、この時期、つまりクリスマスイヴ前日ということもありかなり混雑していたのだ。
休日のハチ公前等とは全く比べ物にならないが、それでも移動しづらいのには変わりなかった。
最後の理由としては、俺が買ったのは“一つ”ではないから。
そんな理由から気がつけば三時間もの時間が過ぎ去ってしまっていた。
夕食には、帰る時間を含めてもまだ早かったので、俺達は休憩もかねて、別フロアにある喫茶店で時間を潰すことにした。
東京ではどこにでもあるチェーン店なのだが、この辺ではここにしかないらしい。
俺はコーヒーを。舞歌は、この時期であるのにも関わらず、好きだからとの理由で抹茶味のシェイクによく似たデザート(あれを飲み物とは呼びたくはない)を頼み、それを席に着くなり嬉しそうに、上にたっぷりと乗っていた生クリームとシェイクとをストローで混ぜだした。
俺はそれをげんなりとしながらコーヒーを一口。
舞歌もシャッフルに満足したのか、ストローでそれをすすり、満足そうな笑顔を浮かべる。
そうやって一息ついたところで、俺の正面に座っていた舞歌は、四角いテーブルの上に手をつき、身を乗り出しながらそう言った。
「あのな、それ言ったら今までの苦労が水の泡だろうが」
「えー!?いいじゃん!ちょっとだけ!ちょっとだけー!」
「お前はガキか!」
なおもずいずいと身を乗り出してくる舞歌の頭に、突っ込みと共にチョップを落とす。もちろん手は抜いてあるので痛いわけがない。
「ちぇーっ!つまんないのー!」
そう言い頭を撫でながら、舞歌は席に体を戻す。
そうして、両手でデザートの入ったプラスチックの容器を持ち、再び一口。そしてまたもや浮かぶ満面の笑顔。
俺はそれを見て、小さく苦笑い。
「あ、そうだ」
コーヒーを口に運びながら、俺は舞歌に聞こうと思っていたことを思い出した。
「なあ舞歌さ、俺が舞歌の家に住むって話し、あれ本気か?」
昨日の昼休み。俺は舞歌のその誘いに、深く考えずに頷いてしまった。
彼女の悲しそうな顔を見たくないから、とか、彼女には逆らえないから、とか、そんなことを言い訳にして考えることを放棄してしまったんだ。
冷静に返ったのは、夜、親父にどう話そうか悩んでいる時だった。
よくよく考えると、いや、考えるまでもなく、このことには様々な障害がついてまわる。
そのことを自覚した俺(本来ならその場で気がつかなくてはいけないのだが)は、親父に話す前にもう一度舞歌ときちんと話しをしようと思っていたのだ。
…そのことを忘れてしまっている時点でさらに問題なのだが、それはもう、無視することにした。
「あれ?紡、お義父さんに話したんじゃなかったの?」
きょとんとした不思議そうな顔。
それを見ただけでわかった。彼女がかなり本気だったことに。
そんな彼女を見て俺はため息をこぼす。
「…舞歌。ちょっと真面目な話ししたいんだけど、いいか?」
「…うん。いいよ」
俺の言葉に真剣さを感じ取ったのか、舞歌は子供っぽい表情を消し、カリスマの表情を浮かべる。
ただそれだけのことなのに、周りの温度が数度、下がったように感じたのは俺の気のせいだろうか?
「あのさ、舞歌は、一緒に住む、ってことの意味、きちんと理解してるか?」
「…それは、世間体のことを指しているのかな?」
舞歌の返答は、まさしく俺が言いたかったこと。
流石は話しが早い。そう思いながら俺は次の句を続ける。
「ああ。そうだ。俺達の関係を、そうなった経緯を知っている人達は面白おかしくからかうだけかもしれないけど、実際そんな人達は一握り。たいていの人達からすれば、それは異常なことだ」
俺と舞歌、静歌さんは、血縁でもなければ親戚でもない。全くの赤の他人だ。
あえて言うなら恋人というカテゴリーに分別されるのだが、同棲するならともかく、居候させてもらうにはなんの意味もないステータスだ。
そのことを舞歌に説明しながら、俺は言葉を続けた。
「俺だけがああだこうだ言われるならいい。けど、舞歌も、それに静歌さんだってひぼう中傷の対象になる。そのこと、きちんとわかって言ってるか?」
それに、と俺はさらに続ける。
「俺が遠野の家に居候することになったら、舞歌も静歌さんも、少なくとも今までと全く同じ生活は出来なくなる。そこもきちんと考えたか?」
俺の言葉を舞歌は黙って聞いていた。
そして、俺の言葉が終わると目を閉じ、言葉の意味を確かめるかのように、何かを考えているようだった。
「…ありがとね、紡」
そうやって短い時間が過ぎた頃、舞歌はそう言って目を開いた。
「確かに私は、そのことを考えてなかった。…うんん、考えてはいたけど、そこまで問題視してなかった。私にとってそれは些細なことだったから」
そう言って、彼女は苦笑いを浮かべた。
「紡は知ってると思うけど、私は人の目とか世間体を気にして自分のしたいことが出来ないのがすごく嫌なの。だから一緒に住むことも、私の物差しだけで考えてた。そんなの気にしない、って。紡といれれば多少の不自由なんか気にならない、って。でもそうだよね。お母さんは違うよね…」
少し寂しそうな笑顔の舞歌。しかしそれよりも気になったことがあり、俺は指摘をする。
「お母さんは、って、俺は?」
「紡はもう私と同類。気にしないでしょ?人の目なんて」
その問い掛けは、安心したいからゆえの確認だったのだろう。
俺は舞歌のカリスマの瞳の中に、小さい不安を見つけていた。
…ここで頷くのは簡単だった。
現に、俺は東京にいた時に比べて、だいぶ人の目というものを気にしなくなっていた。
けど、それは百パーセントじゃない。
舞歌のように、完全に気にしていない、気にならないレベルではないのだ。
舞歌を安心させるための嘘をつくのは簡単だった。
そうだな、と頷けばいいだけだ。
でも、それは自然体じゃない。
ありのままの自分を見せては、いない。
それは“ごっこ”への入口。
そうやって肝心なところを偽っていけば、俺達の恋愛は簡単に“ごっこ”になる。
そんなことは、嫌だった。
そんなことは、したくなかた。
「…いや、俺は、違う。俺は、まだ気にしてるよ。人の目を…」
例え…。例え、舞歌を傷つけたとしても……