第六十七話
「…で?結局なんの用なんだ?」
目を閉じ、頭をがしがしとかきながら俺は佐藤へと問う。
俺は、本来の予定を忘れて騒いでしまった自分自身と、そうさせた佐藤の両方に苛立っていた。
俺の言葉を受け、肩で息をしていた佐藤は、ゆっくりと顔をあげる。
――ちなみにそこまで暴れた佐藤を取り押さえていた智也は、可愛そうなことに精根尽き果て近くにあった椅子に座り、上半身を机に投げ出していた。
「…用ならもう済んだわよ」
「あ?」
佐藤の返答に、俺は眉をひそめる。
今までの一連の流れを思い返しても、佐藤のやりたかったことの意図がわからなかったからだ。
「用が済んだ、って、どういうことなのかな?」
舞歌も同様だったらしく、佐藤にそう問う口調には戸惑いが見えた。
俺達二人の眼差しに佐藤は頬を軽く染め、視線を顔ごと横へとずらした。
そな態勢のまま、何かを言おうと口を開こうとはして言いよどみ、という行為をじばし繰り返し。数回口をぱくぱくさせ、やっと決心がついたのか、ぼそぼそと、彼女らしくない小さな声で話しはじめる。
「……のよ」
「あ?何?」
「――っ!」
全く聞こえなかったので俺がそう返すと、佐藤は、きっ、と俺を睨み、そして叫んだ。
「だから!舞歌が手術を受ける病院を知りたかったって言ってんの!!」
「……え?」
そう声をあげたのは舞歌。
俺は彼女の叫びに、思わず臨戦態勢に入っていたため声はあげなかったが、内心は舞歌と一緒だった。
つまり、何言ってるんだこいつ、という疑問が脳内を走り回っていた。
「えと…梢ちゃん?」
最初に立ち直ったのも舞歌。
そう佐藤に説明を求める。
まだ脳内が混乱している俺は、今回は聞き手に回ることにした。
舞歌の問い掛けに、佐藤は再び顔を赤く染め、顔ごと横へと向ける。
しかし、今回はきちんと聞こえる声で話してくれた。
「…あんたが手術する病院が近かったら…その……お、お見舞いに行こうと思ったのよ」
「え…?」
驚きと戸惑いの声をあげる舞歌。
俺にいたっては、佐藤がそんことを言うなんて夢にも思っていなかったので、目を見開き絶句していた。
そんな俺の表情を見ていなかった佐藤――見ていたら絶対黙ってはいなかっただろう――は、顔の表面温度をさらに上昇させ、少し俯く。
「…あんたが元気じゃないと、そこの馬鹿も静かなのよ。そんなんじゃ学校がつまらないの。だから、手術が終わって出来た傷にあんたがへこんでるようなら、その……げ、元気付けようかなって…」
「梢ちゃん…」
「佐藤…」
ここにいたって、ようやく俺達は彼女が何をしたかったのかを理解した。
それは彼女の優しいだったのだ。
ひねくれた言い方をしているが、彼女は心配している。同じ女性として舞歌のことを。
それを理解した舞歌は、彼女の正面まで歩み、彼女のことを抱きしめた。
小さい佐藤は、平均的な身長しかない舞歌の腕にも、すっぽりと収まった。
「なっ…何してんのよ!?あんたは!?」
動揺からか顔を真っ赤にさせながら佐藤は叫ぶ。
あたふたと手を動かしてはいるが、舞歌のことを労ってか、暴れて無理矢理振りほどくまねはしなかった。
そんな佐藤を優しく包み、優しく、嬉しそうな笑顔を浮かべて舞歌は小さく言う。
「ありがとう。梢ちゃん」
そうつぶやかれ諦めたのか、佐藤は力を抜き、舞歌の胸に赤くした顔をうずめ、両手をぶらりと体の横にさげる。恥ずかしいのか、その手は、きゅっ、と握られていたけれど。
「…手術、上手くいくといいわね」
舞歌に抱かれながらそうつぶやく優しいクラスメートのことを、俺は小さく微笑みながら見つめていた。
第六十七話
「あーあ。すっかり遅くなっちまったな」
靴を履き変え、昇降口を出た所で俺は腕時計を確認し小さくため息をつく。
正午近くに学校は終わったはずなのに、それより1時間もの時間が過ぎていたことに、俺はそう愚痴る。
しかしその内容とは対照的に、俺の表情は明るい。
ただ単に佐藤と不毛な言い争いをしていただけならもっとげんなりした表情をしているのだろうが、今日は佐藤の優しさに触れたので、確かに時間を浪費したが、気分はすがすがしかった。
「ふふっ。ねえ、紡。紡はこのあとどうするの?」
それがわかっているから、舞歌は何も言わなかった。ただ嬉しそうな微笑みを浮かべながら俺の横に並び、今後の予定を聞いてくる。
「あ、悪い俺このあと、ちょっと予定があるんだよ」
俺が最初佐藤のことを無視しようとしたのは、この予定のためだった。
時間にはかなりの余裕が今でもあるが、あまり遅くなって焦ることはしたくなかったから、急いでいたのだ。
「予定?」
舞歌は首をかしげ、続きを促す。
「ちょっと買い物にさ。ほら、昼休み真希に言われただろ?」
「ああ。クリスマスプレゼント!それなら私も…」
「駄目だ」
彼女の言いたいことがわかっていた俺は、最後まで言わせず拒否の意を示す。
「えー!なんでー!?」
ぶー、と不満げな表情を浮かべる舞歌に、俺は、あのなぁ、と前置きをしてから説明をする。
「一緒にプレゼント買いに行ったら、面白みがなくなるだろうが」
ネタのわれた手品がつまらないように、中身のわかるプレゼントにはなんの楽しみもないと俺は考えていた。だから舞歌の誘いを断ったのだ。
俺の意見に舞歌は、なるほど、と頷いて見せたが、すぐに、でも、と続けた。
「買いに行くのって、二人で行ったあのお店でしょ?」
「ああ。そうだよ」
というよりも、俺はあの総合店以外にめぼしい店を知らなかった。
「私も今日あそこに買い物に行くつもりだったんだけど、向こうで鉢合わせたら意味ないんじゃない?」
「………」
舞歌の言葉に、俺は固まった。
考えてなかったのだ。彼女が言った可能性を。
「…時間ずらせば…」
「それでもいいけど、何がいいか迷って時間使って、もう片方が選ぶ時間がなくなる、とか嫌だよ。私は」
移動時間も含めて計算すると、その可能性はないとは言えなかった。
現に俺も舞歌も今日までクリスマスプレゼントの存在自体を忘れていた。それはつまり、何にしようか、という簡単な目星さえたっていないということ。
実際に店を見て回ってそれから選ぶのでは確かに時間がかかり、もう一方が選べない、または妥協せざるをえない状況になる可能性は低くはなかった。
「それだったら一緒に行って、こまめに携帯で連絡取り合いながら、鉢合わせしないように見て回った方が効率的じゃない?」
的確過ぎる正論に、俺はただ頷くのだった。