第六十五話
第六十五話
「あ、そうだ真希」
昼休みも半分以上が過ぎ、昼食を食べ終えた俺達が雑談をしていると、舞歌が思い出したようにそう声をあげだ。
「何?」
生暖かい視線を俺に向けていた真希――というのも、昼食を食べ終えた舞歌が例の如く俺にキスをし、俺の右腕に抱き着いていたからだ――は、視線を舞歌に向けた。もちろん、生暖かい視線ではなく、いつもの視線で。
実際そういう行動をしているのは舞歌な訳であって、俺に生暖かい視線を送るのは間違っているような気がすりのは、俺だけだろうか?
そんなことを考えている俺をよそに、舞歌は俺の腕を抱きながら口を開いた。
「24日と25日って空いてるかな?」
「空いてるけど…」
「あ、空いてるんだ」
彼女の意外な返答に、俺は思わず声に出して反応してしまった。
そんな俺に、凍てつくような鋭い視線を向け、真希は尋ねる。
「紡。どういう意味かしら?」
「あ、いや…。ま、真希には絶対彼氏がいると思ってたから、意外だったんだよ。うん。そう」
彼女の威圧感に飲み込まれながら、俺は言葉を慎重に選び自分の意見を告げた。
変な言い訳をせずに済んだのは、実際に俺がそう思って声をあげたからだった。
「ふぅん。紡は私に彼氏がいないことが意外なんだ」
和らいだ威圧感に、俺は畳み掛けるように言葉を続ける。
「そりゃ意外だよ。真希は顔もいいし、センスも悪くない。性格もさっぱりしてて付き合いやすいから、絶対に彼氏がいると思ってたよ」
「ふふ。そう?ありがと」
威圧感は完全に消え、真希はまんざらでもなさそうに大人びた笑顔を浮かべた。
よかったと、胸を撫で下ろす俺は、視線を感じ、そちらに顔を向ける。
「…お前はなんで睨んでるんだ?舞歌」
そこには俺の腕を抱きながら、顔を上に向けて目を細めている舞歌がいた。
「…別にぃー。ただ紡、ずいぶんと真希のこと褒めるんだなぁーって思って」
「あ、いや…」
言葉を詰まらせる俺に、舞歌は、ぷいっ、といった擬音をつけて顔をそむける。
しかし俺の腕を抱く力が少し強くなったので、構ってほしいことは明確だった。
俺は気付かれないように小さくため息をついてから、口を開く。
「…舞歌も可愛いぞ?私服のセンスもいいし、性格だって可愛い」
「ありがとう。紡!」
言うやいなや、舞歌は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべて俺の腕をさらに抱きしめる。
そんな彼女に仕方ないと思いながらも、決して嫌でないのは、やはり俺が彼女のことを本気で好きだからだろう。
「…で、ま、舞歌。真希になんの用だったんだ?」
真希から向けられる生温い視線に堪えられなくなった俺は、視線を明後日の方に逸らしながら、舞歌に続きを促した。
「あ、そうだ。えと、真希、空いてるんだよね?」
「ええ。得に問題ないわ」
「じゃあさ、家でクリスマスパーティーしない?」
「クリスマスパーティー…?けど、いいの?」
視線を舞歌から俺へ。
それだけで俺は、真希が何を言いたいのかを理解した。
彼女はこう言っているのだ。二人で過ごさなくていいのか、と。
彼女のその視線の意味を、舞歌も正確に捉えていた。
「うん。こういうイベントするの久しぶりだから、真希にも参加してほしいの。…それに、もし紡と二人だと、そういう雰囲気になったとき困っちゃうから」
「………」
真希の生温い視線が再び俺を包む。
なぜその視線を俺に向けるのだろうか?問題の発言をしたのはそこで顔を赤くしてる彼女であって、俺に問題は一切ない。
なのに真希はその視線を舞歌にではなく俺へと向けている。
…やはり、世の中は理不尽だった。
そうやって俺に生温い視線を送っていた真希は、小さいため息と共に口を開いた。
「はぁ…わかったわ。お邪魔させてもらうわ」
「本当!?やった!」
にこにこと子供っぽい笑顔を浮かべる舞歌。
彼女はこの二日間でこういう表情をするのが増えてきた。
それはクラスメートと話している時であったり、こうして俺達と話している時であったり。
今まで心の奥底に隠していた彼女自身が顔を出してきたことが、俺は嬉しかった。
俺と同じ事を、舞歌を見て思っていたのか、真希が優しい笑顔を携えながら、言った。
「それで?プレゼントはどうするの?人数分用意するの?それともランダムに交換するの?」
『……あ』
声が揃う俺達。
そんな俺達に、真希は白い目を向けてきた。
「…まさか、とは思うけど、あんたら、プレゼントのこと忘れてたの?」
『………』
今度も二人揃っての沈黙。
固まる俺達の姿に、真希は呆れたと言わんばかりのため息をこぼした。
そんな無言の圧力に堪えられなくなったのか、舞歌が慌てて声をあげる。
「いや、だって…。私こういうことするって考えてなかったから、だからプレゼントのことすっかり忘れてて…」
申し訳なさそうに俯く舞歌に、真希はしょうがないわね、といった感じで肩をすくめてみせた。
「ま、舞歌は仕方ないわね。で?なんであんたまで声をあげるのかしら?」
「あ、いや、そのー…」
意味のない言葉を並べている間にも、真希の視線はどんどん温度を下げていき。
氷点下になるのはまずいと思い、俺は慌てて声をあげる。
「いや、だから!最近その…い、いろいろとごたごたしててついうっかりというか…」
「…甲斐性なし」
俺の抵抗はあまりにも無意味だった。
ぐさりと刺さる言葉と視線が、とても、とても痛かった……