第五十八話
第五十八話
「全く!真希ったら調子乗りすぎだよね!」
「真希の気持ちもわからなくないけど、流石に悪のりし過ぎだよな…」
放課後。俺の家に向かう俺達は、昼休みの話題で持ち切りだった。
俺と手を繋ぎながらあるく舞歌は、ぷんぷん、と擬音が聞こえてきそうな感じで怒っているし、俺自身も、若干、いやかなり疲れていた。
真希と舞歌に挟まれて、精神的によろしくない会話をされて、疲労しない人間がいるだろうか?
答えはNOだと、今の俺なら自信を持って言える。
「冗談だからまだいいけど……ねぇ、紡」
「……何?」
「冗談じゃなかったらどうしよう…?」
「……は?」
真剣な顔できょどる舞歌。そんな彼女の新しい表情を見つけたことに対する喜びは、ほとんどなかった。
そんなものよりも、めんどくさくなる予感の方が勝っていたからだ。
「もしも本気だったらどうしよう!?本気で真希が紡のこと好きだったらどうしよう!?」
「…あのな。なんでそうなるんだよ。どう考えたって、昼休みのあれは悪ふざけだろうが」
「そんなのわかんないじゃん!もしそうだった時、紡はどう責任とるつもりなの!?」
「あのなぁ…」
舞歌は基本、マイナス思考らしい。
胸の傷の件といい、今回の件といい、発想が悪い方へと傾いている。
昼と夕方が同時に存在する空を見上げて、ため息を一つ。
そのままゆっくりと顔を舞歌の方へと向ける。
「あのな、舞歌。仮に、だ。真希が俺のことを好きだったとしよう。もしそうだったとしても、何も変わらないよ」
「え…?」
「もしそうだったとして、真希に告白されたとしても、俺は断る。俺は、その…」
「紡…何?」
言いよどむ俺に、舞歌は不安そうな視線を投げ掛けてくる。
俺のキャラではないし、恥ずかしいのであんまり言いたくないのだが、彼女の視線がそれを許してくれそうにもなかった。
「…俺は、お前のことが好きなんだ。だから、他のやつと付き合うつもりなんかねーよ」
正直、舞歌の目を見て言えそうもなかったので、俺は視線を彼女から外したまま、その言葉を伝えた。
昨日のような場面ならまだしも、普通の、こうした日常の中でこういうことを言うのは苦手だった。
顔が赤くなってるのがわかる。
「紡…」
俺の名を呟くようによんだ舞歌。
彼女の方をちらり、と見ると、彼女は照れたような、嬉しそうな表情を浮かべていて。
「真希に迫られても、エッチしない?」
「…当たり前だろ。それに、その…するなら、舞歌とが、いいからな…」
「…えへへ」
嬉しそうな笑顔を浮かべ、俺の腕に抱き着く舞歌。
そんな彼女の行動が、笑顔が、可愛くて、愛おしくて仕方ないと思う俺は、きっともう、彼女以外愛せないのだろう。
舞歌のことを見ながら、俺はそんなことを考えていた。
・・・・・・・・・・・・
「それで、手術はいつくらいがいいんだい?」
「出来るだけ早くお願いしたいんですけど」
独特の匂いと雰囲気が漂う診察室で、親父と向き合い座った舞歌は、親父の質問にそう答えた。
バイクに乗るためにヘルメットをかぶったせいか、髪の毛がちょっとつぶれている舞歌。
俺はそんな彼女の後ろに立ちながら、迷いのない舞歌の返答に安心していた。
「あ、でも、イヴとクリスマスは外してほしいんですけど」
「このわがまま野郎が」
のもつかの間、彼女の自由な発言に突っ込みを入れる。
「えー!だってイヴだよ!?クリスマスだよ!?カップルのイベントだよ!?面白おかしくいちゃいちゃ過ごしたいじゃん!」
「そういうのは健康体になってからにすればいいだろ!?だいたい…」
「まあまあ紡。いいじゃないか」
「親父…」
自分勝手な発言に正論で突っ込みを入れようとしたのを止めたのは以外にも親父だった。
「もう明後日が終業式で、明々後日がイヴだ。心房中隔欠損症は二、三日で悪化するようなものじゃないんだからそれくらい大目に見てあげなさい」
「流石お義父さん。話しがわかるー!」
「…今、発音おかしくなかったか?」
「いいじゃん。将来的にそうなるんだから」
「お前な…」
今日も彼女は絶好調のようだ。
あまりの自由っぷりに、俺は思わず額を押さえた。
「はは。じゃあ手術日は28日にしようか。前二日間は検査をしたいから、26日から入院。それで大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です。…あの、手術したあとも入院になるんですか?」
「ああ。そうだね。一応開胸手術になるから、十日から二週間近くの入院になるね」
「…そう、ですか」
明らかに声が沈んだ。そして、後ろに座っている俺の顔を、ちらり、と見る。
それだけで言いたいことがわかってしまった。
まったくこいつは…
「毎日一緒にいるよ。新年のカウントダウンも一緒にしてやる。だからそんな顔するな」
「…うん!」
「…すっかりラブラブだねぇ」
嬉しそうに笑う舞歌を見て親父がそう冷やかしたので、思い切り睨んでやった。
親父はやれやれ、という感じで肩をすくめたので全く効果はなかったみたいだけど。
「それであの…お金なんですけど…」
俺に向けていた笑顔を納め、舞歌は怖ず怖ずといった感じで親父に尋ねる。
しかし、親父はそれに対して笑顔を返した。
「それなら問題ないよ。昨日の夜静歌さんとお話ししたから」
「え…?」
驚き戸惑った声をあげる舞歌。
声こそあげなかったが、俺も同様に驚いていたし、それと同時に呆れていた。
真希の件といい、この件といい。
あの人は本当にいい度胸だ。
嫌みの一つでも言ってやろう。
このあと夕飯に呼ばれている俺は、そう胸に誓った。
「でも結構お金かかるんですよね…?そんなお金家には…」
「貯めてたんだって静歌さん」
「紡?」
不安そうな舞歌に、俺は昨日静歌さんから聞いた話しをしてやった。
それを聞いた舞歌は、申し訳なさそうに、けど嬉しそう笑った。
「お母さん…」
「俺には母親がいないから、よくわからないけど、いいお母さんだな。静歌さん」
「…うん!私の自慢のお母さんだもん!」
目尻に涙を浮かべてそう笑う舞歌は本当に綺麗だった。
そんな笑顔を見ながら、舞歌が入院する時は、友達の家にでも泊まろうかな、と、この時の俺は、何も知らなかった俺は、そう考えていたんだ……