第五十六話(後半)
昨日語った以上に詳しく自分の内心を話す舞歌に、俺自身もクラスメートと同様に聞き手と化していたのだ。
「生きるのを諦めた時に、恋なんてしない。そういう決意をしていたはずなのに、私はあっさりと紡に恋をしてしまっていた。だから私は、その恋を終わらせるつもりだったの。私の心が、生きたいと思ってしまう前に、紡との恋を終わらせようと思ったの。でも私は紡のことを嫌いになんかなれない。だから紡に私のことを嫌いになってもらおうって思った。紡が私に怒鳴ったことがあったよね?あれは、私がそういう風に仕向けたからなんだよ」
だからか、と誰かが呟いた。
クラスメート達からすれば、さぞかし不思議だっただろう。
昨日までは普通に接していたはずなのに、翌日になったら相手のことを怒鳴るくらいに険悪な関係になってしまっていたのだから。
「私の思惑通り、紡は私のことを避け続けた。これが続けば、紡は私のことを嫌いになる。そう思っていた矢先だった。紡の態度が変わり始めたのは」
舞歌の視線が俺へと移る。
交じり合う視線。
少しの間の沈黙。そして舞歌は、俺の目から視線を反らすことなく、次の言葉を口にした。
「何があったかはわからない。けど、日に日に深見を帯びて光り輝いていく紡の瞳に、私に向けられる視線に、私は堪えられなくなった。このまま近くにいたら、私の決心が壊れる、生きたいと思ってしまう、そう怖くなったから、私は逃げ出したの」
苦笑いを浮かべながらの言葉。それはきっと、俺にだけに向けた言葉。
小さく、俺にだけ聞こえるように
「ごめんね」と呟いたことが、それを証明していた。
「そうやって今度は私が紡を避けている間に、紡は少しずつ私の隠していた病気のことを知っていった。そして昨日。紡は覚悟を決めたの。私を絶対に説得するって覚悟を」
舞歌は視線を再び正面に、クラスメート達へと戻した。
そしてその顔に嬉しそうな微笑みを携え、再度、口を開く。
「いろいろあって、本当にいろいろあって。泣いて、怒って、わめいて。どんな言葉をかけられても絶対に説得されない、って意気込んで行ったのに、紡の優しさに、強さに、結局私はあっさりと説得されちゃいました」
教師内の重い空気が、少しずつ薄くなっていく。
「私は手術を受けます。生きたいから。紡と一緒に」
俺の手を強く握り直し、そう微笑む舞歌。
そんな舞歌に、俺は笑顔を返した。
「私は生きられる。もう、明日に絶望なんてしなくていい。だから…」
言葉を止め、舞歌はクラスメート全員を見渡すように視線を巡らす。
俺も彼らがどのような表情で舞歌の視線を受けているのかが気になり、彼女と同じように視線を巡らせて…思わず、泣きそうになった。
クラスメートの誰一人として、嘲笑を浮かべることも、哀れんだ表情を浮かべることもなく、全員が、優しく微笑んでいたのだから。
舞歌も、きっと俺と同じように嬉しかったのだろう。瞳の端に涙を浮かべ、それでも満面の笑顔で、続きを、言った。
「だから、これからは、みんなともう表面上の付き合いなんてしない。深く、本当に友達として接していくつもりだから、よろしくね!」
ぱちぱちと、拍手が広がる。
みんなが笑顔で。
口々に、こちらこそよろしく、と優しい言葉が広がって。
嬉しそうに涙を流す舞歌。
俺は立ち上がって、そんな舞歌の頭を空いている方の手で撫でる。
そして、クラスメート達に向かって
「ありがとう」と笑った。
返される笑顔。
智也も、佐藤も、全員が優しい微笑みを浮かべていた。
俺は、この優しい光景を、一生、忘れない。
忘れは、しない――
十二月のある日。
外の寒さとは対照的に、教室内は笑顔と優しさで溢れていた。