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風花  作者:
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第五十六話(前半)

第五十六話



混乱に満ちた空間や人を止めるのは、だいたいが正義感の強いリーダーであったり、責任者だ。


今回のように、このクラスのリーダー的存在である舞歌が混乱の中心にいる場合、当然のように混乱を収める人間は、このクラス内にはいない。



つまり――



「……全員、落ち着いたかしら?」



――こういう組織、クラスでは、担任がとても苦労をするのだ。


そんなことを俺は、やたらと老け込んだ担任を見ながら、他人事のように考えていた。



あのカオスは結局、担任が朝のSHRをするために教室の扉を開くまで続いた。



扉を開けた瞬間の、げんなりした彼女の顔を、俺は決して忘れはしないだろう。



「それで?あの騒ぎの原因はなにかしら?」



そう言いながら俺の顔を凝視するのはやめてほしい。


彼女の中では、すっかり俺がこの騒ぎの主犯だと決め付けているようだ。


……確かにその通りではあるのだが。



「騒ぎの原因は、紡です」

「騒いだのはお前だろうがチンチクリン」

「ぶっとばーす!」



俺がどう説明しようか悩んでいると、佐藤がそうでしゃばって。

それがあまりにもムカついたので正論をぶつけると、案の定佐藤はキレた。



「…つまりは、いつものこと、ってわけね…」



騒ぐ佐藤。それを押さえる智也。一切それに関与しようとしない俺。


そんな光景を見て、彼女はそうため息をついた。


…その直後、彼女が俺を見て優しく微笑んだのは、気のせいだろうか?



「はいはい。それじゃあ朝の連絡するから静かにして」



彼女は実に手慣れた様子で騒ぎを収め、連絡事項等を口にしていく。



そうやってSHRが終わろうとしていた時だった。



「先生。少しお時間を頂いてもいいですか?」



舞歌がそう手を挙げたのは。



「遠野さん?ええ。大丈夫だけど…どうしたの?改まって?」

「みんなに、話したいことがあるんです」



そう言って、舞歌はちらり、と俺に視線を向ける。


その仕草だけでわかった。舞歌が、何を言うつもりなのかを。


少しだけ、戸惑う。


言っていいのかと、聞かせてしまっていいのかと、不安になる。

言わなくてもいいんじゃないかと思う。



…しかし、これは、舞歌が言いたいと思ったからの行動。


俺も当事者の一人ではあるが、それでも今回の件に関しての決定権は舞歌にある。


彼女が話したいと、聞いてほしいと思ったのであれば、俺がそれを否定する理由などなかった。



だから俺の瞳を見てくる舞歌に、俺は頷く。


舞歌はそれを見て、嬉しそうに微笑み、ゆっくりと立ち上がった。



何事かと集まる視線。クラスメート全員の視線を受けてから舞歌は口を開いた。



「みんな覚えてると思うけど、二年前まで、うんん、もう三年になるのかな?この村にある学校の身体検査は、ずさんなものだった。それで被害にあった人もいると思う。私も、その一人」



動揺が広がっていく。それはクラスメートだけではなく、担任教師も同様で。


どういうことかと眉をひそめる彼等に向かって、舞歌は次の引き金を引いた。



「私は今、心臓に病気を抱えています」



ざわざわと、一気に騒がしくなる教室内。

それはそうだろう。

ある日突然、クラスメートから、自分は心臓病です、と伝えられて平然でいられる人間の方が少ないと思う。



「心臓の病気といっても、今すぐにどうこうなる、っていうことはないの。そこまで酷いものじゃないから。…でも、手術をしなければ四十歳まで生きられる可能性は、かなり、低くなるんだけどね」



誰かが鋭く息をのんだ。


先程の喧騒が嘘のように、教室内は静寂が支配する。



舞歌が手を、きゅっ、と強く握りしめる。

怖いのだろう。この静寂が。集まる視線が。


俺はそんな彼女の手を、拳の上から握った。


舞歌は驚いた視線を俺に向けたが、すぐに安心したような笑顔を浮かべ、拳を開き、俺の手を握った。


そして再び視線を前へ。


集まる視線を再び受け止め、舞歌は再び口を開く。



「私は、その手術を受けるのが嫌だった。理由は、胸に、傷が残るから。早期発見だったなら…きちんと、心電図検査が行われていたなら、手術の傷跡は微々たるものだったんだけど、私が病名を告げられた時には、既に胸にそれなりの傷が残るところまで病気が進行してしまっていたの。私は嫌だった。手術を受けるのが。胸に傷が残るのが。その傷を、誰かに見せるのが。私も生きていれば、恋をする。想いが通じ合えば、きっといつか、誰かと肌を重ね合う日もくると思う」



そこでなぜか、今度は俺に視線が集まる。


こっちを見るな。そう声を大にして言ってやりたかったが、話しの腰を折ることになるので、堪えた。

大変不本意ではあるのだが。


ふと、舞歌の方に顔を向ける。


…お前もか。


彼女は、俺に集まった視線の意味を理解した上で、俺に向かって含みのある視線を向けていた。


今真剣な話しをしていなかったなら、きっとにやにやと笑っていただろう。



いいからさっさと続きを話せ。そういう思いで彼女にじと目を向けると、彼女は小さく舌を出し、小さく笑ってから、再び視線を前へと向けた。



「その時に、男の人にがっかりした目を向けられたら?それが原因で別れることになったら?…そういうことを考えたら、私はすごく怖くなった。そんな思いはしたくない。そんな思いをするくらいなら、私は生きられなくてもいい。それが、私が、部屋に引きこもって出した答え。私が去年度学校に来なかったのは、そうやって思い悩んで、そういう答えを出して、そして、しばらく自分の好きなことをしていたからなんだ」



ここで舞歌に集まる視線が二種類に分かれた。


一つは、なぜそのくらいのことで生きることを諦められるのだろうか、という男子の視線。

もう一つは、舞歌の気持ちがよくわかる、という女子の視線。



その二つの視線の意味をきちんと理解した舞歌は、小さく苦笑いを浮かべながら、口を開いた。



「男の人にはいまいちよくわからないかもしれないけど、でも女の子は、うんん、私は、その理由だけで充分だった」



キーンコーン…と、SHRの終わりを告げるチャイムが鳴る。

しかし、誰も席を立とうとも、口を開こうともしなかった。

担任ですらも、教卓に立ったまま、舞歌の話しに耳を傾け続けていた。



「復学してからの私の性格が変わったって思った人もいるはず。それはね、私が後悔しないように生きよう、って決めたからなの。限りのあることを知ってしまった私は、後悔なんてしたくなかった。だから毎日、楽しく、好きなように生きてきたの。けど、好きに生きながらも、誰とも深く関わろうとはしなかった。深く関わっちゃうと、別れが訪れた時に悲しくなっちゃうから」



そこで一度言葉を止め、舞歌は俺へと視線を向ける。



「紡ともね、深く関わるつもりなんてなかったの。最初の内は、一緒にふざけられるクラスメートが増えた、くらいにしか考えてなかった。…けど、駄目だった。紡といる時間が長くなれば長くなるほど、私は紡に惹かれていってしまった」



再び俺に集まる視線を感じていたが、俺は彼らに視線を向けることはなかった。


俺の視線は舞歌に固定されていて動くことはなかった。

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