第五話
第五話
「ねえ、草部君さ。東京では今どんなファッションが流行ってるの?」
「なあ草部。東京にあるさあ…」
転校して三日目の昼休み。俺は今日も変わらず人に囲まれていた。
今ここに集まっているのは、クラスメート達だけじゃない。俺の噂を聞いた上級生から下級生までもが集まって来ている。
ここの人達はどうも都会、取り立て、東京にかなりの憧れを抱いているらしい。
誰も彼もが瞳を輝かせ、質問をぶつけてくる。俺が答える間もなく、次から次へと。
俺が答えられるような質問なら、まだいい。けど中には、俺が興味がなく、知り得ないようなこと。男の俺が知るはずのないようなことまでもを聞いてくるやつまでいた。
そんな自分勝手な、俺のことをちっとも考えていない、自己欲の塊のようなやつらに囲まれ、俺はだいぶストレスが溜まっていた。
初めは苦笑いを浮かべながらも答えていた質問も、今では完全に無視している。
空気の読める“賢人”は俺を囲うのを止めそれぞれの昼休みを過ごし始めているのだが…
「ねえ!草部君!聞いてる!?」
「黙ってないで答えろよ草部!」
どうも、ここには“愚人”の占める割合が多いらしい。
繰り返される質問。
答えない俺に投げる野次。
はっきり言って、限界だった。
“キレればいいじゃないか。楽になるぞ?”
そう、誰かが頭の中で囁く。その甘美的な誘いに、俺は身を任せようと、本気で思っていた。
つぶっていた目をゆっくりと、鋭く開き、彼等を睨み付け、口を開く――
「もう!いい加減にしなさい!紡君、困ってるでしょ!?」
――直前に、別の誰かが俺の思いを代弁していた。
「みんな好き勝手に自分の意見を主張しすぎだよ!紡君はスーパーマンでも聖徳太子でもないの。答えられないこと、知らないことだってあるんだよ!?それなのに、さっきから紡君の返事も待たずに次から次へと好き勝手に質問して…。紡君、怒るに決まってるでしょ!?」
「…舞歌」
本気で怒っている、俺の為に怒ってくれている彼女、遠野舞歌の名前を、俺は思わず小さく口にしていた。
驚いた。かなり失礼な物言いではあるが、何も考えていないようで、実は、彼女はいろいろと考えていたから。
そして、それ以上に、上級生にまでも堂々と正論を言える舞歌の勇気に驚いたんだ。
東京にいた頃…。困っている人を見て見ぬふりをする人間を、俺は散々見続けてきた。俺自身もそんな人達の一人で。大変なんだろうな、そう思いながらも声を掛けることはなかった。
だから、余計に驚いたんだ。いくらクラスメートとはいえ、出会ってまだ三日しか経っていない俺のことを、自分の立場を危うくまでして庇ってくれる、彼女の行動に。
「みんなが東京のことを聞きたい気持ちはわかるよ。でも、だからって好き勝手に自分の意見を主張しちゃ駄目だよ。きちんと順番に質問して、もし、質問の答えが自分の納得いくものじゃなかったとしても、それはそれで納得しなきゃ。ね?」
堂々と、自分の意見を、正論を口にする舞歌。それは、最初怒った時のような怒声ではなく、幼子に諭すかのような優しい声。そして、浮かべているのは優しい表情。
それ故に――
「…そうですね」
「舞歌の言う通りだな…」
「ごめんね。草部君…」
――それ故に、彼女の言葉に、逆に腹を立てたり、反発したりする者はいなかった。
「紡君。この人達も悪気があった訳じゃないんだ。ただ、興奮して周りが見えなくなっていただけ。だから、許してあげて。これからは、きちんと紡君のことを考えて質問をすると思うから」
「………」
彼等と同じように頭を下げる舞歌。
不思議だった。何故、彼女は他人の為にここまで出来るのだろうか?
そのことが、俺は不思議で仕方なかった。
「…駄目、かな?」
「え、あ、いや…。わかったよ」
「そか。よかった」
そのことに頭を占拠され、返事をしなかった俺に、彼女は伺うように尋ねる。
慌てて返事をすると、彼女は安心したような、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「みんな、よかったね。でも、今質問するのは止めとこう。紡君ご飯食べれなくなっちゃうから」
「………」
そうだな、等と相槌を打つ彼等を尻目に、俺は舞歌だけを見ていた。
不思議だった。子供が親を平気で殺せるような、このご時世。誰もが自分自身のことしか考えず、自分を第一にするこのご時世。
そんな腐ったご時世において、ここまで人のことを考えられる彼女のことが、本当に不思議で仕方なかった。
「それじゃあ、ご飯タイム再開ってことで。紡君。唐揚げ貰うね」
「え…?あ、おい!?」
先程同様、そのことに頭を占拠されていた俺は、舞歌が俺の、最後の一つの唐揚げに手を伸ばした時、反応が遅れてしまった。
慌てて阻止しようとするも、時既に遅く、唐揚げは彼女の箸にさらわれて…
文句を言おうと俺が口を開くより早く…。唐揚げをさらう為に身を乗り出していた彼女が、その唐揚げを口に運ぶことなく、俺の耳元に口を寄せ小さく囁いた。
「気持ちはわかるけど、そんなに簡単にキレちゃ駄目だよ?話し合いで解決することもできるんだから」
「なっ…!?」
彼女の言葉の内容に、目を見張り彼女の顔を見る。
彼女は悪戯な、それでいて優しく大人びた表情で微笑みながら、ゆっくりと自分の席へと身を戻し、ぱちり、と片目をつむってみせた後、戦利品を口へと運んだんだ。
――その瞬間理解した。
彼女が、あのタイミングで怒ったのは偶然でもなんでもなく、俺を庇ってくれたんだって。
あの時、俺がキレていれば確かにもう質問にあうことはなかっただろう。けど、それは同時に、『孤立』を意味していた。
俺は人と関わりたくないと思っている。けど、それは、“今”そう思っているに過ぎない。もしかしたら、いや、おそらく、未来にはそう思わなくなる日がくるのだろう。
もし今キレていたら、そういう転機が訪れた時、そうれをすることが出来なくなり、俺は孤独に苛まれることになったのだろう。
そして、その時になって後悔しても、もう、遅いのだ。
舞歌は、それがわかっていたのだろう。
だから、俺のことを庇い、俺の未来を守ってくれたんだ。
――やはり不思議だった。
自分の未来を守るのなら話しはわかるが、他人の未来を守る人の心理が、俺にはイマイチ理解出来なかった。
何か裏があるのか、今の俺はどうしてもそう考えてしまう。
けど…悪い気はしなかった。
仮に理由があったとしても、彼女が今俺を守ってくれたのは事実。
こんなご時世だからこそ、そんな事実が嬉しかった。
だから、唐揚げくらいあげてもいい。そう思えたんだ。
「ん〜!やっぱり美味し〜い。あ、その厚焼き卵も貰うね」
そう言って、今度は、同じく最後の一つの厚焼き卵をさらっていく。
少し、いらっとした。厚焼き卵は、俺の好物だったから。
けど、彼女はそれだけのことをしてくれたんだ。だからこれくらいで腹を立ててはいけ――
「あ!この焼売、エビ焼売だぁっ」
「いい加減にしろこのアホ女がぁーーっ!!」
――ないと思っていたのだが、あっさりと限界を迎えたんだ。
「また俺の弁当全部食うつもりか!?お前は!?」
「あ、そしたらまた間接チューが出来る…」
「するかーーっ!!」
計算なのか天然なのか。論点のずれた彼女の発言に、俺は大声をあげてツッコミを入れて。
大声で怒鳴る。行為自体は俺が先程しようとしていたことと同じなのに、何故にこうも居心地の良さを感じてしまうのだろう?
この前と同じように幼稚なやり取りを交わす俺達。
そんな俺達を、周りの人達は、楽しそうに見ていたんだ。




