第五十一話
第五十一話
“やっぱり付き合えない”
そう舞歌が言った時、俺は、俺の想像が間違っていなかったと、逆に安心してしまった。
皮肉なことだ。拒絶されて安心しているのだから。
「紡がね、どういうつもりで今日、私を呼び出したのか、私はきちんとわかってる。朝学校に行くときも、お母さんの様子おかしかったし、学校で真希の様子もおかしかったから」
流石は舞歌だ。ちょっとした人の変化を見逃さずきちんと見てる。
「そう…」
「だからすぐに、今日紡がなんで学校を休んでいるのか、わかったんだ」
「舞歌…?」
舞歌程ではないにしろ、俺も、舞歌のことはよく見てきた。
だからこそ、今の反応には、違和感を覚える。
「舞…」
「家に帰ったらお母さんがやけにさっぱりした顔で、紡からの伝言を預かってる、なんて言ってくるから、ああやっぱりなーって思ったんだから」
今度ははっきりと感じたし、違和感の理由がわかった。
舞歌は、俺との会話を避けようとしている。
この話題を終わらせようとしている。
だからさっきから俺の呼び声を遮る形で話しをしているのだ。
理由はわからない。
けど、この彼女らしくない行動を、俺はほっておくつもりはなかった。
それに、俺の気持ちを一つも伝えないまま、この会話を終わらせるつもりも、なかった。
「舞歌」
「それにね、最近の紡おかしかったし…」
「舞歌」
「だからなんとなく…」
「舞歌っ!」
「…っ」
俺の強めの呼びかけに、舞歌は、ビクリ、と体を震わせ、口をつむぐ。
「なんでお前が、俺との会話を避けようとしているのかはわからない。けどな、俺は、お前ときちんと話しがしたいんだ」
「………」
「舞歌さ、俺のこと好きって言ったよな。俺さ、静歌さんや真希から聞いて、そのことは知ってたんだよ。でも、直接舞歌の口から聞いて、すげー嬉しかった」
「……めてよ」
「いろいろ話したいこと、聞きたいことはあるんだけど、まずはさ俺の気持ちを聞いてほしい」
「…やめてよ…」
「俺は舞歌のことがす…」
「やめてよっ!!」
舞歌はそう叫び、体を丸め、耳を両手で塞ぐ。
「もうそれ以上言わないで!聞きたくないの!」
目をきつくつむり、怯えるように、拒絶するように、舞歌は激しく首を左右に振る。
「私は誰も好きにならない、そう決めてたのに紡のことを好きになっちゃったの!」
感情を爆発させる舞歌。そこには普段のカリスマ性などカケラもなく。
けど、この姿こそ、“本当”の舞歌の姿なんだと俺はなんとなく悟った。
「これ以上好きにならないように、これ以上好きにならないように!そう思えば思うほど、私は紡のことが好きになっていく!好きになっちゃうの!」
不謹慎かもしれないけど、俺は嬉しかった。
舞歌がそこまで俺のことを思ってくれていたことに、俺は喜びを感じていた。
…だからこそ許せなかったのだろう。舞歌の次の言葉を。
「もう限界なの!これ以上好きになっちゃったら、紡の気持ちを聞いちゃたら、生きたい、って思っちゃうじゃない!そんなの、嫌なの!!」
……嫌?
何が?
『もう限界なの!これ以上好きになっちゃったら、紡の気持ちを聞いちゃたら、生きたい、って思っちゃうじゃない!』
何が嫌だって舞歌は言った?
『生きたい、って“思っちゃう”じゃない!』
「――っ!」
頭に血が上るのが、はっきりとわかった。
ガタン、と音を立てて、ベンチから立ち上がり、舞歌の正面に立ち、彼女の耳を塞いでいる手を掴み、力いっぱい引き離した。
「ふざけるな!」
感情のままに俺は舞歌を怒鳴りつける。
俺の行動に、舞歌はビクリ、と震える。
「なんでお前はそんなに生きたくないんだよ!?真希も静歌さんも、もちろん俺だって、お前に、舞歌に生きてほしいって思ってるんだぞ!」
「………」
「お前は生きられるんだ!手術すれば助かるんだ!だったら生きたいって思ったなら、手術して生きればいいだろ!?」
「……うるさい」
「なんで生きたいって思うのが嫌なんだよ!?お前に生きてほしい人がどれだけいると…」
「うるさいっ!!」
舞歌は俺の言葉を遮り、そう声を荒げた。
先程までうついていた顔を上げ、俺を睨む彼女の瞳には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「紡にわかるの!?私の気持ちが!?わからないよね!?だからそうやって好き勝手言えるんだよ!」
「――っ!じゃあお前はわかってるのかよ!?真希が、静歌さんが、どんな気持ちで今日まで生きてきたのかを!」
舞歌の物言いはカンに障った。
頭に血が上っていた俺はその感情のままに舞歌に言葉を返す。
「二人ともお前に生きてほしくて、けどそれをお前に言えなくて。お前が“生きたい”って言ってくれることを信じて生きてきたんだぞ!そんな二人の気持ち、お前はわかってんのかよ!?」
「………」
「俺に全てを打ち明けた二人は、自分じゃ舞歌を助けられない。だから舞歌を助けて、って泣いて言ったんだぞ!」
「…え…?」
俺を睨み続けていた舞歌の瞳に、初めて動揺が浮かぶ。
「泣いた…?真希と、お母さんが…?なんで…?」
そう呟いた舞歌に、再び俺は苛立ちを覚えた。
「なんで、ってわからないのかよ!?二人とも本気でお前のことが好きで、お前と一緒に生きたいからに決まってるだろうが!!」
「だって…二人とも、わかったって…。私の好きなようにしろって…」
「それが本心だとお前は本気で思ってるのか!?」
俺は力の抜けた舞歌の手から手を離し、うつむきそうになる彼女の両頬に手を添え、無理矢理に俺の方を向かせる。
「静歌さんはお前に笑っていてほしいから。真希は自分じゃお前のことを説得できないことを悟り、けど、お前の側にいたいから。だから二人ともお前の馬鹿げた言葉に頷くしかなかっただけなんだよ!本心を殺してまでお前の側にいたかったんだよ!」
「そんな…だって…」
「そんな二人の優しさを無視して、気持ちをないがしろにして、それでも生きたいって思うのが嫌なのかよ!お前は!?」
「…だってぇ…」
舞歌は涙を流した。
顔を歪め、目を細め、涙を流す。
「だって…嫌なんだもん…」
その姿はまるで子供のようで。
カリスマ性をなくしてもあった、大人びた舞歌の姿は、もう、どこにもなかった。