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風花  作者:
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第四十九話

四十八話が手違いで途中で切れた形の投稿になってしまいました。ただ今修正いたしました。ご迷惑おかけしました。

第四十九話




「ごめんなさい紡君。泣くつもりはなかったんだけど」



しばらく泣いた静歌さんは、ちょっとごめんなさい、と席を立っていた。



戻ってきた静歌さんの手には新しいお茶を乗せたお盆が握られていたし、それに、薄くしてあった化粧が落とされていたことから、そのために席を立っていたのだろう。



「構いませんよ。今まで我慢していたんですから当然です」

「…変わったわね。紡君」



お茶を置き、元の席に着きながら静歌さんはそう言った。



「そうですか?」

「ええ。初めて会った時の紡君は、心から笑ってはいなかったし、それに必要以上に人と関わろうとしてなかったでしょ?」

「…わかりました?」

「舞歌の母親ですから」



…なぜだろう?

それは答えではないはずなのに、妙に説得力があり頷けてしまうのは。



「それが今では、こうして人と関わって、自分の意志と考えを持って行動している。そしてすごく、優しい」

「別に俺は優しくなんか…」

「優しいわよ。あからさまな、人に見せつけるような優しさじゃなくてさりげない優しさ。そういう優しさを持っているのは、傷を知っている人だけ」



机ごしに静歌さんは、とても優しく笑いかけた。

その笑顔があまりにも綺麗なために俺の鼓動は速まる。



「紡君がどんな傷を負いどういう経験をしてきたのかは、私は知らない。けど、それを乗り越えた今の紡君はとても素敵よ」

「………」



鏡を見なくてもわかる。俺の今の顔は真っ赤だということが。


真っ正面から飛び切りの笑顔でそんな台詞を言われて平静を保てるほど俺は大人ではなかった。



「あなたになら安心して舞歌を任せられる。舞歌もいい人を好きになったわね」



だからそういう返答に困ることをあっさり言わないでほしい。


と、ここで俺はあることが気にとまった。というか、思い返したというべきか。


もともと静歌さんに聞くつもりだったことを、俺はすっかり忘れていた。



「あの、静歌さん」

「はい?」

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、舞歌が手術を受けない理由ってわかりますか?」

「…なんでそんなことを聞くの?」

「真希が教えてくれなかったんです。それは直接舞歌に聞け、って。でもやっぱり気になるんです。俺は、胸に傷が残るのが嫌で手術を受けないのかと思いました。けど真希は、それは“女”の理由であって、舞歌が拒む“女の子”の理由ではないと言っていました。その違いが、俺にはわからなくて…」

「そう…」



そう頷き目を閉じる静歌さんの顔には、優しいながらも悲しい微笑みが浮かんでいた。



「確かに男の子の紡君にはわからないかもね、女と女の子の違いは」

「…静歌さんも、舞歌の気持ち、わかるんですか?」

「…その質問、かなり失礼だと思うんだけど?」

「あ、いや…俺は別にそういう意味で言ったんじゃ…」

「“そういう意味”ってどういう意味?」

「う…」



じと目で睨んでくる静歌さんに、俺はたじろぐ。

そんな俺の姿を見て、静歌さんは、くすり、と笑った。



「冗談よ。紡君。大丈夫、わかってるから」

「…はぁ…」



小さくため息。わかっていたことだけど、やっぱりこの人は舞歌の“母親”だ。



「舞歌の気持ちは、確かにわかるわ。私も当時だったら舞歌と同じ行動をとっていたかもしれないし」

「当時…?」



彼女の言葉に出てきたそのフレーズがひっかかり、聞き返すが、彼女は、なんでもないわ、と濁した。



「真希ちゃんの言う通りだと私も思うわ。これから先、舞歌と一緒に生きたいと思うなら、直接舞歌から聞いた方がいい」

「…わかりました。あ、それとは別のことなんですけど、もう一つ聞いていい、ですか?」



伺う俺に、静歌さんは微笑んで頷いてくれた。



「その…舞歌を説得したその後のことなんですけど…。その…手術の費用は…」

「大丈夫よ」



戸惑いながらの俺の問いに、静歌さんは笑顔で答えた。



「無理と思いながらも、諦めながらも、その日を願ってきちんと貯めていましたから。だからなんの心配もいらないわよ」

「そうですか…」



“自分の子供が大切じゃない親はいないわ”


それは以前の静歌さんの言葉。

俺はこの言葉に疑問を覚えていた。


最近のニュースを見ていると、平気で親が自分の子供を虐待したり、酷い場合には殺してしまったりしている。


そんな今のご時世だから静歌さんの言葉を俺は疑問に思ってしまう。


本当にそうなのだろうかと。


けど、静歌さんにとってそれは本当に当然のことなのだろう。

本当に舞歌のことを大切に思っているから、無駄になるかもしれないのに、そうやってお金を貯めることができたんだ。



「だから紡君。舞歌のこと、よろしくね」

「…はい。必ず説得します!」



よろしくね、そう笑った静歌さん。



…ここにも舞歌を心から必要とする人がいる。

それは俺に勇気を与えた。



俺がやってることは、舞歌にしてみたら、俺のただの自己満足なのかもしれない。

ただの独りよがりな行動なのかもしれない。



けど、それを支持してくれている人も、いる。


期待してくれている人もいる。


舞歌を助けたいと、生きてほしいと思っているのは俺だけじゃないんだ。


それが、とても嬉しかった。



…不思議とプレッシャーも不安もなかった。


昔はちょっとした期待にもプレッシャーを感じたり、不安になったりしていた。

できなかったらどうしよう、と。


それなのに今は、人一人の命がかかっていることなのに全くプレッシャーも不安もなかった。



…きっと、できる、としか考えていないからだろう。


自信なんかない。舞歌が手術を受けない理由だってわかっていないのだから。


けど、絶対に説得できると思っていた。


理由なんてわからない。


真希の言葉のおかげか、静歌さんの笑顔のおかげが。はたまたま別の理由か。


理由もない。自信もない。けど、俺は舞歌を絶対に説得できると思っていたんだ。




手術のことは心配しなくていい。



あとは、真希と静歌さんから託された思いと、俺の思いを舞歌に伝えるだけだ。



伝える場所は、もう決まっていた。


そう、約束をしたあの場所だ。



「…静歌さん。舞歌に伝言、お願いします」

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