第四十六話(後半)
「ごめんなさいね、紡君。正直私は、あなたのことを信じきっていなかった」
「あはは…。まあ、そうですよね…」
苦渋の選択をし続けてきた静歌さん。そんな彼女にぱっと出た男のことを信じろという方が無理がある。
「あなたの覚悟が半端なものだったり、軽い気持ちで言っているようなら、私はあなたのことを殴るつもりだったの。そんな気持ちで舞歌にぶつかっても、あの子が傷つくだけだから」
「………」
見かけによらず過激な性格だったことを俺は初めて知った。
それとも娘のことを本気で愛しているからの発言だろうか。
「それで紡君に恨まれようと構わない。そういう覚悟を決めていたの」
“私も決めましたから。覚悟を”
…なるほど。あれはこういう覚悟だったのか。
「だけど、真希ちゃんが泣いたのなら、あなたに本心を見せたのなら、あなたの覚悟も気持ちも、半端なものじゃないってことよね」
「はい」
質問ではなく確認の問いかけに、俺はしっかりと頷いた。
俺の気持ちが本気であることが少しでも伝わればいいと、願ながら。
「……わかりました」
俺の気持ちが伝わったのかどうかはわからない。
けど…
「私も信じます。紡君に託します。舞歌のことを」
けど、そう言って笑う静歌さんの顔は、とても優しかった。
「…ありがとう、ございます」
「うんん。こっちこそありがとう。舞歌のことを真剣に考えて、悩んで、そしてそういう答えを出してくれて、本当にありがとう」
「…あの、静歌さん」
静歌さんの言葉は本当に優しかった。舞歌のことを本気で思っている母親の言葉だった。
…そうだからこそ、俺は確認しなくてはいけないことがあった。
「聞くまでもないことなんでしょうけど、静歌さんは舞歌のことをどう思ってるんですか?生きてほしいと、笑い続けてほしいと、思っていますか?」
「当たり前よ」
考える時間を一切挟まない即答。
「自分の子供の幸せを考えない親はいないわ。私も舞歌には生きてほしいと、笑い続けてほしいとずっと思ってた。…でも、私は真希ちゃんと違って、途中で諦めちゃたのよ。舞歌の意志を尊重してしまったの」
「それはなんでですか?だって舞歌が出した答えじゃ、誰も幸せになれないじゃないですか?」
「…私が舞歌の母親だから、かな」
「…どういう意味ですか?」
母親なら余計に諦められないんじゃないだろうか?
そう疑問に思い質問をぶつけると、彼女は悲しい微笑みを浮かべ、上に視線を向けた。
「舞歌の母親だから、私は娘の苦しむ姿を見ていたくなかったの…。あの子が病気のことを告げられてから、悩んで苦しんで、泣いて、泣いて、泣いて…。そうやって出した答え。もちろん納得なんかできなかった。何度も、何度も説得した。けど、その度に舞歌は悲しそうに笑うの。笑いながら首を横に振る。…私は、そんな舞歌の顔を見ていたくなかったの。間違った答えなのはわかってるけど、それでも舞歌が笑ってくれるならいいと思ってしまったのよ」
「………」
間違った選択だとは思う。けど、静歌さんの気持ちも、言い分もわかるんだ。
それに、仮に俺が彼女の立場だったら、そう考えると彼女を責めることなんて、到底できなかった。
「…あの、静歌さん」
俺は知りたかった。実の母親が、舞歌を愛している母親が、そう思うに至った過程を。空白の一年のことを。
「教えて、いただけませんか?舞歌が親父の診察を受け、そして生きることを諦めたまでのことを」
「…そうね。あたには話しておいた方がいいかもね」
静歌さんは冷えかけたお茶をすすり、一息ついてからゆっくりと口を開いた。
「始まりは、一年前の春。舞歌が二年生になってむかえた、一度目の春のことだったわ」