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風花  作者:
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第四十五話




「親父。ちょっと聞きたいことがあるんだ」



真希は俺の胸でかなりの時間泣いていた。

今までずっと我慢していた感情と涙が溢れ、止まらなくなったのだろう。


俺はそれを受け入れ、彼女が泣き止むまで彼女の頭を撫で続けた。



彼女が泣き止んだのは、オリオン座の位置が多少山側に傾いた時。

目をはらし鼻を赤くしながら

「ごめんね」と苦笑いする彼女の顔は、とてもかわいらしかった。



彼女と別れ家に帰った時、親父はまだ起きていた。

明日、いや今日か、仕事があるはずなのに俺を待っていてくれた親父の優しさが嬉しかった。



親父が入れてくれたインスタントコーヒーを飲み、冷えた身体を暖め一息ついた俺は、親父に質問をぶつける。



「舞歌の病気、心房中隔欠損症の手術さ、親父はできるのか?」



親父の仕事にたいして興味の無かった俺は、親父がどんな医者なのか詳しくは知らない。

外科なのか内科なのか、手術ができるのかどうかも知らなかった。

だから聞いてみる。もしもできるのなら、舞歌の手術は親父にやってほしいから。ここへくる時、院長に猛反対されるほどの腕をもつ親父。そんな名医に手術してほしかった。



「紡が聞かなかったから言わなかったが、俺は心臓外科医だ。だからむろん心房中隔欠損症の手術もできる」



心臓外科医が村医者なんかをやってもいいのだろうか?村に一つしかない病院ってことは、外科よりも内科の方ができなくては駄目なのではないだろうか?

そう疑問をもち親父に尋ねたところ、

「俺は天才だからな」と大層ふざけた答えが返ってきた。

まあ実際こうして村医者をしているのだからできてしまっているのだろうが。



「ただし、ここではできない。機材も人材も全く足りないからな。舞歌ちゃんの手術をする場合、東京の、俺が勤めていた病院で手術を行うことになる」

「…そんなことができるのか?」



親父は自分の意思で、院長の猛反対を振り切ってこの村にきた。

そんな親父が、元の病院で手術などできるのだろうか?



「できる。そういう契約だからな」

「契約…?」

「…なんでもない。とにかく、舞歌ちゃんが手術をする場合、彼女の執刀医は、主治医の俺になる」



主治医。そういえば親父はそんなことを言っていた。


舞歌の主治医ってことは、親父は心房中隔欠損症の手術ができる心臓外科医ということになるのだ。


俺は間抜けだった。そんな単純なことに気づかないとは…



「親父。カテーテル治療は…」

「無理だ。舞歌ちゃんの心房中隔にあいた穴は大きい。今のカテーテル治療で手術可能な欠損孔の大きさは、6ミリから3.8センチまで。それ以上の穴の大きさではカテーテル治療は無理だ。仮に行えたとしても難しく、失敗した場合結局開胸手術をすることになる。だったら最初から患者さんの同意をとり、開胸手術をしたほうが安全なんだよ」

「…そっか」



最後の可能性を求めるも、それはあっさりと否定された。


親父が言うのだから、その通りなのだろう。


だったら俺のやることは、やはり一つだった。



「親父。舞歌の家の電話番号か、静歌さんの携帯電話の番号。教えてくれないか?」






第四十五話






朝と呼ぶには遅い時間。昼と呼ぶには早い時間。


学生も会社員も、勤勉勤務に励んでいるその時間に、俺は整備されていない田舎道をバイクで走っていた。


アップダウンが激しく、ちょっと大きめな石が平気で転がっている道。以前舞歌と自転車の二人乗りで通ったその道を、今は一人で走る。


会うためだ。あの人に。


変えるためだ。悲しい未来を、みんなが笑える未来に。



緑に囲まれた洋式の一軒家。

その家の玄関で、彼女は律儀に待っていた。



広い庭に俺はバイクを止めヘルメットを脱ぐ。



「…お久しぶりです。静歌さん」

「…いらっしゃい。紡君」



交わした挨拶。静歌さんの顔には、親父や真希と同じ、期待と悲しみが交差する笑顔が浮かんでいた。



「すいません。お時間をとらせてしまって」



親父から静歌さんの携帯電話の番号を聞いた俺は、一眠り(といっても二時間程度の仮眠なんだけど)してから彼女に電話をした。七時前、しかも知らない番号からなのででてくれるかどうか心配だったのだけど彼女は電話にでてくれた。


そうして彼女に、舞歌抜きで話しをしたいというお願いをし時間を作ってもらったのだ。



「大丈夫よ。昨日の夕方に真希ちゃんと会ってたから」

「真希、と…?」

「そう。多分明日、紡君が行動を起こすから、そのつもりでいてくれって言われたわ」

「あいつ…」



昨日の“夕方”それは真希に会う前の時間。

その時間に静歌さんに会ってるってことは、俺がこうすることを先読みしていたということになる。

俺に会う前にそういう行動をするとは、とてもいい度胸だ。

もしも俺が違う行動をしたら、そもそも、違う選択肢を選んでいたらどうするつもりだったのだろう?


…ま、俺を信頼してくれていたということで納得しておこう。



「本来なら学校をずる休みしているあなたのことを叱らなくちゃいけないのだろうけど…そうも言ってられないわね」

「ええ。俺は今日中に“けり”をつけるつもりですから。そのことを告げるためと、あなたの本心を知るために、俺はここにきました」

「…わかりました。中へどうぞ。紡君」



彼女にいざなわれ、俺は遠野家の玄関をくぐる。



…静歌さんは今日、どういう気持ちで舞歌を送り出したのだろうか?


昨日の夜、どういう気持ちで一夜を過ごしたのだろうか?


静歌さんが真希と会っていたのは昨日の夕方。

具体的な時間はさだかではないけど、おそらく夕食前のはずだ。

つまり静歌さんは、真希が俺に全てを告げること。そして俺が今日、こうして会いにくることを知っていながら、舞歌と一晩を過ごしたことになる。


彼女はどういう気持ちで舞歌を見ていたのだろうか?

どういう気持ちで舞歌を見送ったのだろうか?



俺は静歌さんと一度しか会ったことがないから、彼女の内心を計り知ることはできない。

けど、彼女の目の下、うっすらとできたクマが、全てを物語っているような気がした。



「今、お茶入れるわね」

「あ、いえ、お構いなく」

「…時間がほしいのよ。気持ちを整理する時間が」

「………」



台所へと入っていく彼女の背中を見送り、俺は以前夕飯をご馳走になった時と同じ食卓の席に腰をおろした。


あの時、ふざけあいながらした食事は、とてもおいしかった。

あの日舞歌は、俺と距離を置くために俺を夕飯に誘ったと真希が言っていた。

彼女はどういう心情で笑顔をふりまいていたのだろう?

それに距離をとるつもりならどうして次の日も何事もなかったようにいつも通り話しかけてきたのだろう?



…舞歌の行動には疑問が多すぎる。

だから今、こうして考えていても答えなんかでないのだろう。



けど、もうすぐ答えが出る。

舞歌に全ての疑問をぶつけて、終わらせるんだ。


なにもかも、けりをつけるんだ。


そのために……



「お待たせ。紡君」



……そのために、まず俺はこの人の本当の気持ちを聞かなきゃいけないんだ。



「ありがとうございます。…静歌さん。いろいろと言いたいこと、聞きたいことが、あります。聞いて、いただけますか?」

「……ええ。私も決めましたから。覚悟を」

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