第四話
第四話
「紡君。この唐揚げ貰うね」
「…普通そういうのは、取る前に言うもんじゃないのか?」
「んー、美味しい!」
「……聞いちゃいねぇ…」
――昼休み。
午前中の授業で消費した体力と精神力を養うはずのこの時間においても、俺は心身共に休まることはなかった。
結局、あのあと舞歌の勢いに押され、一緒に昼飯を食べることになってしまったからだ。
多少の抵抗とばかりに、机をくっつけさせはしなかったんだけど…。彼女は椅子を俺の方に向けて座り、先程のように身を乗り出しては俺の弁当箱の中身を奪取していくので、あまり効果はなかったのかもしれない。
…まあ、そのことはもう諦めたからいいんだ。彼女のような自由人に平穏を求めた俺が間違っているのだ。だから彼女のことに関しては、もう、いい。それよりも納得いかないのが…
「あー!いいなー!草部君。私にも!」
「俺にも!」
「僕にも!」
「うるさい!俺の飯がなくなるだろうが!?」
こいつらの存在だった。
舞歌が呼んだのか、勝手に集まって来たのか。
大半のクラスメイト達が俺達を囲うようにして集まって来てしまっていた。
いくら人数が少なかろうと、はっきり言って暑苦しいことこの上ない。
それに加え…
「なんだよー舞歌ばっかり…」
「ぶーぶー!」
「こいつは勝手に取ったんだろうが…」
「じゃあ僕も…」
「黙れっ!触るな近付くな!」
「うー…」
…なぜだか、全員が俺の飯を狙っていた。
俺の弁当箱は、童話やら漫画等に出てくる中身が限り無く出て来るものでは、当然ない。俺個人が満足する量しか入っていないのが現実だ。
Give&Takeの関係なら、まだ考えてやらないでもないが、こいつらはTake&Take。つまり“盗ることしか”考えていないのだから質が悪い。
「いいじゃんかよ、ちょっとくらいさぁ」
「そうだよ。何も全部取るなんて言ってないんだから!」
「お前ら全員が取ったら無くなるだろうが!」
正論を説く俺。それに対してあがる不満。
終わりの見えないイタチごっこに、無性に腹が立った。
人と関わりたくないと思っていたのに、なんでこんな無駄な事で人と関わらなくてはいけないのだろうか?
質問責めにされるのは覚悟していたけど、なんで昼食を狙われなくてはいけないんだろうか?
なんで…
「んー!この厚焼き卵も絶品」
「全部テメーのせいかーーっ!!」
再び隙を付いて俺のおかずを奪い取った舞歌に、俺は本気で怒鳴るのだった……
・・・・・・・・・・・・
「アハハ!ドンマイ紡君」
「……腹減った…」
予鈴が鳴り、昼休みも終わりを迎えようとしている頃、俺はようやくクラスメイト達から解放された。
舞歌に怒鳴ったあとから酷かった。
ある一人の男子が俺の弁当の中身を奪取したのをきっかけに、全員同時に弁当に群がってきたんだ。その光景は、まるで獲物に群がるハイエナのようで。
そのあまりにも壮絶な光景に俺は言葉を失い、ただそれを眺めていた。
…それが命取りだったんだ。
我に返り群がるハイエナから弁当を取り返した時には、白い米しか残っていなかった…
「まあまあ。どうせあと2時間で授業終わるし」
「…黙れ諸悪の根源が」
そもそも皆が俺の弁当を狙い始めたのは、彼女のせいなんだ。
彼女がいち早く俺の弁当に興味を示し、それが俺の手作りだと知って騒ぎだし、そして勝手におかずを食べ更に騒いだのが原因。
皆が群がっている最中もちょこちょことつまんでいたみたいだから、多分彼女に半分近く盗られたんだと思う。
「もー、機嫌直して」
「………」
「紡君?」
「………」
「むー。仕方ないなぁ」
彼女の行動、言葉が頭にきた俺は、机に突っ伏し彼女の言葉を無視していた。
自分でもガキらしい行動だとは思うが、反省が全く見えない彼女を相手にしたくなかった。
「ねえ。紡君」
「………」
「神様って、いると思う?」
「……は?」
謝るまでは相手にするつもりはなかった。けど、予想だにしなかった彼女の言葉に、思わず俺は返事をしてしまう。
「だから、神様っていると思う?」
顔を上げ、彼女の顔を見た俺に、彼女は初めて見る真面目な顔で同じ言葉を繰り返した。
…なんでこんな事を聞くのか、この質問に何の意味があるのか、それは全く理解出来ない。
けど、真面目な顔をしている彼女の顔を見ていたら、なぜか俺も真面目に答えなくちゃいけない、そんな気がしてきて…
だから…
「興味ねぇよ。そんなこと」
俺も、真面目に、自分の考えを伝えることにしたんだ。
「なんで?」
「神がいようがいまいが、俺が生きる上で何の関係もないから」
「…困った時の神頼みとかしない?」
「しない。困った時には、まず自分で解決策を考え、それでも駄目なら誰かに助けを求める。俺はそう親父に教わった」
俺が親父に教わったことは数多い。
その中でも特に共感出来るのが、神頼みはするな、ということだ。
困った時に、いるかいないかはっきりしないものに頼っても解決しない。場合によっては手遅れになる。
それで後悔するんだったら、思考を止めず、まずは自分で出来ることを探す。それでも駄目なら誰かに、実在する人間に助けを求める。
勿論それでも解決しない問題だってあるだろうけど、その時は、もう一度考えてそれでも駄目なら諦める。
それで大切な何かを無くしたとしても、神頼みしかしなかった場合よりも遥かにマシだ。
俺はそう教わったし、俺自身そう、思う。
「…そっか」
俺の言葉の意味を確認するように小さく反芻していた彼女だったが、やがてそう呟き…
「うん。やっぱり紡君とは仲良くなれそう」
再び、満面の笑顔を浮かべたんだ。
「じゃあ紡君。真面目に答えてくれたお礼に、これあげる」
「は…?これって…?」
差し出されたのは、彼女がさっきまで持っていた弁当箱。
「…新手の嫌がらせか?」
「いいから。受け取ってごらん」
「いったい……っ!?」
彼女から押し付けられるようにして渡された弁当箱。受け取るのを拒んでいた俺だけど、それを受け取った時、不自然な重さを感じ、それと同時に浮かんだ“可能性”に思わず声を上げる。
「…まさか」
「多分、そのまさかだよ」
逸る気持ちを抑えきれず、慌てて弁当箱の蓋をあける。と…
「おぉ……!」
タコの形をしたウィンナー。
程よい焼き色の厚焼き卵。
彩りを鮮やかにするマッシュポテトにプチトマト。
彼等が弁当箱の中で光り輝いていた。
「紡君のお弁当つまみ過ぎちゃって、自分のお弁当ほとんど食べられなかったんだよね」
「舞歌…。これ…」
「紡君にあげる。さっきのお詫び。ごめんね。紡君」
「いただきますっ!!」
彼女の言葉を聞き終わるやいなや、俺はその弁当を勢いよく食べ始める。
空腹だから何でも食べられればいいと思っていたが、それは想像以上に美味しかった。不本意ではあるが。
「どう?美味しい?」
「…まあまあだな」
「ふふ。そっか」
意地を張る俺。それを見透かしたように微笑む彼女。
…実際見透かされているんだろうな。
けど俺はそれに気付かないふりをした。反応するのが癪だったから。
…それがいけなかった。そうやって無心で弁当を食べ続けていから気付かなかったんだ。
――彼女が悪戯な笑顔を浮かべていたことに。
「ねぇ。紡君」
「あ?」
「それって間接キスだよね」
「ぶーーーっ!?」
彼女の言葉で、俺は口に含めていたものを吹き出してしまう。
「うわ…紡君酷いよぉ…。いくら美味しくないからって吹き出すだなんて…」
「違う!飯はムカつくくらい美味い!吹き出したのはお前が変なこと言うからだろ!?」
「アハハ、ありがとう!それで?変なことってなぁに?」
嬉しそうに、楽しそうに笑う彼女。
今確信した。こいつは小悪魔だ。
「ねぇ?な・あ・に?」
「あー!うるさい!高校生にもなって間接キスくらいで騒ぐなっ!!」
確かに、俺は弁当箱と一緒に渡された“彼女の箸”を使って今食べている。
だけど小学生ならまだしも、高校生になってまでそんな些細な事で騒ぐ必要なんかない。現に、東京にいたときなんか、クラスメートの誰しもが平気で異性同士で飲み物の交換をしていた。
だからこんなことで騒ぐ方が間違っている。そう思っていた。
思っていたんだけど…
「え!?草部君、舞歌と間接キスしたの!?」
「…へ?」
「おいおい紡…。いくらなんでも手を出すの早過ぎじゃねぇか?」
「え……?」
なぜかこちらのクラスメート達は、反応が違った。
誰しもが驚き、俺に視線を送ってくる。
「流石渋谷から来ただけはあるわね。転校初日からもう間接キスよ」
「いや…」
「いいなぁ。舞歌ばっかり…」
「ちょ…」
「草部〜。ちょーっとあっちで話ししようかぁ?」
「ちょっ、ま…」
「草部君って遊び人…?」
「あんなに真面目そうな顔してるのにねぇ〜」
「人は見掛けによらないってことでしょ?」
「ああ、なるほど」
「ちょっと待てお前らーーーっ!!」
好き勝手騒ぎ、俺を非難するクラスメート達。
こうなることがわかっていたのか、一人ニヤニヤしている小悪魔。
俺がどんなに叫び否定しようと、それがかえって彼等を煽る形となり…
誰かが言った“学園生活のオアシス”は、“平穏”が伴って初めて“オアシス”になるんだと、俺は今日、身をもって、知ったんだ…