表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風花  作者:
49/112

第四十四話

第四十四話




「手術、方…?」



真希が言ったヒント。けどその意味がわからず、俺は真希に疑問の視線を送る。


彼女はいぜん空を見上げたままだが、俺の視線は届いたようだ。

ゆっくりと口を開いた。



「そう。心房中隔欠損症の手術方は二種類あって、一つは心臓外科手術の開胸手術。もう一つは心臓カテーテルを使ったカテーテル治療」

「カテー、テル治療?」

「2005年3月に日本で認められ、行われるようになった治療法よ。カテーテルっていうのは医療に用いられる細い管のこと。それを太股の付け根の静脈から注入して心臓まで運ぶ。そしてカテーテルの先端に取り付けた閉鎖栓っていう、ニッケルチタン合金、つまり形状記憶合金でできた欠損孔を塞ぐ道具を用いてする手術のこと」



説明する真希に、考えるそぶりは一切ない。

つまり彼女は、その、カテーテル治療とやらを完璧に覚え、知識としているということだ。


とてもじゃないが、一介の高校生が知っているようなレベルではない。


親父から聞いて覚えていたのだろうか?



「二つの手術の一番大きな違いは、傷の差、かな」

「傷…?」

「そう。開胸手術は胸に十数センチの傷が残るのに対して、カテーテル治療は太股に数ミリの傷しか残らないの」

「へぇ…」



なるほど。そう頷く瞬間だった。あることが閃光のように頭をよぎったのは。



「…真希。まさか…」

「…ちなみに舞歌はカテーテル治療が受けられない。欠損孔が大きくて、閉鎖栓じゃ塞げないの」



俺の問いに、真希は違う答えを返す。

しかし、それで充分だった。



「そんな、理由で…!」

「紡。ちょっとだけ違うの」



行き着いた答えに、舞歌に対して憤りを感じていた時、真希が口をはさんだ。



「違うって、なにが?」

「あんたが思ったのは、“女”の理由。そうじゃなくて、舞歌は“女の子”なんだよ」

「…意味がわからないんだけど?」



女の理由と女の子の理由。

男の俺には違いが全くわからなかった。



「…ここから先は言えないし、それはあんたが直接舞歌から聞かなきゃいけないことだと思う」

「………」



そんなことを言われては、それ以上俺は聞くことができない。

黙るしかなかった。



「ねえ、紡。どうする?」



呆然と立ちすくむ俺に、真希は空を見上げたままそう尋ねる。



「紡はどうするの?舞歌の病気を、未来を知った今、それでも舞歌のことが好きで、舞歌と共に生きる?ことの重さに堪えられず、舞歌から離れる?もしくは私や静歌さんのように、なにかをすることもできず、かといって離れることもできず、知りながらもただ見守ることしかできない、辛い日々を送る?あんたは、どうする?」



それは、以前と同じ質問。


けど以前と違うのは、俺は“今”答えを求められているということ。



今日までいろいろことがあり、いろいろなことを考えた。


悩み、苦しみ、怯え、もがき。


そうして手に入れた一つの事実と答え。



真希の話しを聞いて動揺してないといったら、それは嘘だ。

覚悟していたとはいえ真希の話した内容はショックだったし、それに怖くなった。

いつ舞歌を失ってもおかしくない日常。それはとても怖い。


なくなるのが怖いなら、いっそのこと離れればいい。そんな考えも確かに、浮かんだ。



…けど、俺は…



「…俺はさ、舞歌が好きなんだよ」



目をつぶれば自然と浮かんでくる舞歌の笑顔。


この笑顔を失いたくないし、失わなくて済む方法もある。


だから…



「それは今でも変わらない。だから、俺は舞歌と生きたい。舞歌が手術を受けない理由はわからないけど、でも説得したい。一緒に、生きたい」



…答えは、一つしかなかった。



「…そっか」



俺の答えを聞いた真希は、空を見上げていた顔を、ゆっくりと下に下げる。



「それがあんたの答えか」



正面。そして俯いていくにつれ、彼女の声はより震えだし。



「じゃあ、さ」



次第に肩も小刻みに揺れだす。



「もう…我慢しなくてもいいよね…?」

「真希…って!?」



そう口にした途端、彼女は突如俺に体当たりをしてきた。

突然のことになんの心構えもしてなかった俺は、その勢いに負け、彼女と共に冷たいコンクリートの上に倒れ込む。



「いってー…!お前いきなりなにす…」

「舞歌は…っ!」



俺の言葉を遮り、俺の胸の上で突如真希が叫ぶ。



「舞歌は…生きられるんだよ…っ!?」

「真希…?」



初めて見る、感情をむき出しにした真希に戸惑う。



「人間の命なんてはかないよ!事故や災害、事件に巻き込まれてあっさりと消えていく!」

「………」



厚手の服の上からでもわかる。

暖かい水が、俺の胸を濡らしていくのを。

彼女、真希は、泣いていた。



「けどね!舞歌は生きられるの!!望めば生きられるのっ!!」



いつからなのだろう。彼女がこの涙を溜めていたのは?


きっと彼女は、泣きたくても泣かなかったのだろう。



「私も女だから舞歌の気持ちはよくわかる!だから私は舞歌のことを説得できなかった!」



泣きそうな時は、さっきみたいな色のない人形の顔をして自分の感情を押し殺して涙を溜め続けてきたのだろう。


感情を爆発させ、叫びながら泣く真希を見て、そう悟る。



「いろいろ調べた!いろいろな病院に問い合わせた!そうやって見つけたカテーテル治療。これで舞歌のことを説得できると思った!また一緒に笑えると思った!なのに…なのに!舞歌の欠損孔には適さないから手術できないって、なによそれっ!?」



この時初めて気づいた。


真希が心臓のことにも医療のことにも詳しかったのは、調べたからだ。

舞歌が助かる可能性を求め、様々なことを、それこそ専門的な用語を暗記できてしまうほど調べ続けたから、彼女はあんなにも舞歌の病気に対して詳しかったんだ。



「私じゃ…無理なの…!私じゃ舞歌を説得できない…」



彼女は俺の胸に埋めていた顔を上げ、俺の顔を見る。


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。

そこには普段の彼女の凛とした雰囲気はカケラもなかったけど、これこそが彼女の本当の顔なんだと感じた。



「お願い…紡…。舞歌を…助けて…」



ぽたっ、ぽたっ、と彼女の波だが頬を打つ。

けどそれは全く不快ではなかった。



「舞歌を救えるのは…もう、あんたしかいないんだよ…」



胸が、温かくなっていく。



「死ぬまで…もう人を好きにならないって言ってた舞歌が好きになったあんたしか、もう…無理なんだよ…だから…っ!」



彼女の言葉が、思いが、俺の胸に染み渡る。温かくする。



「だからお願い紡っ!!舞歌を、私の大切な友達を…助けてっ!!」




歪んでいた真希の顔が、さらにいびつになる。

けどそれを醜いとは思わなかった。それとは逆に、とても綺麗だと思った。

濡れ、揺れる真希の視線と俺の視線が交わる。



…答えなんて、決まっていた。



「ああ。わかった」



俺は右手をゆっくりと上げ、真希の頭を撫でる。



「俺も、舞歌の笑顔を見ていたいし、隣りで笑っていたい。舞歌と、生きたい。だから、任せろ。必ず、舞歌を説得してみせる」

「つむ、ぐ…」

「だから、信じてくれ。俺のことを。…今まで一人でよく頑張ったなもう、大丈夫だから」

「…あぁ…ああっ…!!」



再び俺の胸に顔を埋める真希。

俺はそんな彼女の頭を、優しく撫で続けた。






……なあ。舞歌。お前って幸せだよな。



こんな風にお前のことを真剣に考えてくれる人がいる。



こんな風にお前のために泣いてくれる人がいる。



こんな風にお前と生きたいと言ってくれる人がいる。



お前は幸せだよ。舞歌。一度人に裏切られ人間不信なっていた俺だからわかる。



誰かのために泣く、ってことは、その人のことを本気で愛している証拠なんだ。



舞歌。お前はやっぱり生きなきゃ駄目だよ。



お前のことをこんなにも愛してくれてる人がいるんだから。



それに俺も舞歌と一緒に生きたい。



お前と笑っていたいんだ。



だから……




胸に広がる泉。




黒い海を泳ぎながら煌めく星達。




そんな綺麗な温もりと、綺麗な輝きを見つめながら、俺はもう一度、決意を固めた。




舞歌と生きるという、その決意を……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ