第四十三話
第四十三話
…死。
わかっていたつもりだった。
舞歌が生きることを諦めたのを知った時点で、舞歌の病気が死に繋がるものだと、理解していた。
けど、少しでも軽い病気かも、なんて思ってしまった俺にとって、それの単語は重く、のしかかる。
「欠損孔が小さい人なら五十才や六十才になってからの手術でも助かる。けど舞歌は…」
空を見上げながら語る真希。
彼女の顔には変わらず色はなく人形のようだったが、その手は、きつく、きつく握りしめられていた。
「欠損孔が大きい舞歌は…そんな年齢まで生きられない…」
血の気が、ひいた。頭から大量の氷水をかけられたかのように、全身が震え、鳥肌が立つ。
「欠損孔が大きく右心系への負担が大きい舞歌は、肺高血圧症になる可能性が非常に高い。もし肺高血圧症になったら、舞歌は高確率で……五年以内に命を落とす…」
「………」
「100パーセントの確率で肺高血圧症になるわけじゃない。けどそれでも…おそらく舞歌は四十才まで生きられない。…それが、あんたのお父さんが一年前に出した診断」
…声が出なかった。出さなかった。
確かに舞歌の病気は一、二年でどうにかなるような病気ではない。
けど、ただそれだけだったんだ。
待ってる結末は、一緒だった。
「…真希。一つ聞きたいんだけど」
絶望に飲み込まれそうな心をなんとか保ち、俺はね口を開く。
「親父にさ、俺にできることは、舞歌の人生の目標になることだ、って言われたんだ。だけどさ、あいつの人生の目標になって、なにか変わるのか…?ただあいつを苦しめるだけじゃないのか?」
舞歌が親父の元を訪れなくなったのは、親父が舞歌に告げた、四十才まで生きられないという言葉に絶望したからだと思った。
そんな先の決まった自分の人生が嫌で、生きることを諦めたんだと、真希の話しを聞いて、そう思った。
親父とした会話で、俺は舞歌と一緒に笑っていたいと思った。
だから舞歌の生きる目標になろうとも思っていた。
けど、そんな彼女の生きる目標になって、彼女の残りの人生を、病気に苦しみながらもあがらい続けるものにしてしまってもいいのだろうか?
彼女の自由に生きさせた方がいいんじゃないだろうか?
真希の話しを聞いた今、俺はそう思ってしまう。
それに、俺は弱い人間だ。
苦しんでいる舞歌の隣りで俺は笑えるだろうか?
彼女の笑顔を見ていられるだろうか?
そう、不安になる。
舞歌のことが好きだからこそ、舞歌の笑顔が見れなくなってしまうのではないだろうか?
そう、怖くなる。
「…紡。違うよ」
「え…?」
そうやって迷う俺にかかる声。
「あんたは思い違いをしてる。あんたが舞歌の生きる目標になれば、全てが変わるんだ」
彼女はまだ空を見上げたまま。けど、彼女の顔に、少し色が戻ったような気がした。淡々と語る人形から、心ある人へと戻りかけている。そんな気がした。
「全てが変わるって…どうい…」
「だってね」
俺の言葉を遮る彼女の声は、微かにだけど震えが混ざり。
「舞歌は今、手術すれば助かるんだもの」
「なん、だって…!?」
今真希はなんて言った?
――助かる。
なにが?
――手術すれば。
誰が?
――舞歌は今、手術すれば助かるんだもの。
「――っ!!」
ガタン、と音をたて俺はベンチから立ち上がる。
「それ、本当か!?」
「本当よ」
つかみかからん勢いの俺とは対照的に真希はとても冷静で。
「今なら間に合う。心房中隔欠損症の症状こそ進んでるけど、でも手術さえすれば治るの」
「助かる…」
もう命が助からないから舞歌は生きるの諦めたのだと思った。
けどそうじゃなかった。だって手術さえすれば舞歌は生きられるのだから!
「なんで舞歌は手術をしないんだよ!?助かるなら、生きられるなら…」
「舞歌は、女の子だから」
「なん、だよ…それ…」
親父も言っていた。舞歌が診察も治療も受けないのは舞歌が女の子だからだって。
なぜなんだ?なぜ女の子だからなにもしないんだ?
「真希。それってどういう意味なんだ?」
「……私の口からは言えないな」
この返答も親父と同じで。
けど親父とは違い、真希の言葉には続きがあった。
「けどヒントとしては、心房中隔欠損症の手術方、かな」




