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風花  作者:
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第四十二話(後半)




「あんたと距離を置くため、って舞歌は言ってた」

「距離を置くって、なんで…?」

「あんたへの気持ちが大きくなりすぎたのと、あんたが舞歌がなにかを隠していることに気づき始めてたからよ」

「………」



確かにあの時、俺は真希と出会い、舞歌が留年したことを知った。

そして智也との会話で、舞歌が休学する前と後とで性格が変わったことを知った。


そういうことが重なり、俺は舞歌がなにかを隠していることを悟ったんだ。

けどあの時は俺から聞くことも、舞歌から話すこともなく、いつも通りを演じていて。


そんな時、急に舞歌に誘われ、彼女の家へと行くことになったんだ。


あの日からまだ一ヶ月も経ってないのに、ずいぶんと昔のことに感じる。



「だから距離を置こうとして、ああいうことをやったのよ。現にあんた、静歌さんの言葉でだいぶ動揺してたでしょ」



質問ではなく確認。彼女の口調からそれがわかったので、俺は否定せず頷いた。



「でも、それと自転車が違ったのは、なんの関係があるんだ?」

「簡単よ。舞歌は、自分でも驚くくらいにあんたのことが好きになってしまっていた。だからあんたと距離を置く時、思い出の物が身近にあるのが嫌だったのよ。好きな人との二人乗りに使った自転車なんて、毎日乗ってたら辛くなるでしょ?」

「そんな、理由で…?」

「そう。そんなつまらない理由で、舞歌は無理して普通のママチャリで学校にきたの。多分いつもの倍以上の時間をかけて」



本当馬鹿、と呟く真希。


俺は少しだけ舞歌の気持ちがわかった。元彼女との思い出であったバイクのヘルメット。あれを毎日見ていたら、やはり辛かったと思う。


そして、同時に嬉しかった。舞歌の中で、俺がそういう存在になれていたことに。



「ごめんね。話しそらせちゃった。どこまで話したっけ?」



頭をかきながらの真希の言葉に俺は簡単に答える。



「舞歌の…」

「ああそうだ。舞歌の病気が日常生活にまで影響をおよぼしているところだ」

「わかってるなら聞くなよ!」

「で、なんでそういう症状が出るかというとね」

「………」



完全に無視する彼女に本気で思った。もう好きにすればいい、と。



「人間の血液っていうのはね。全身を循環したあと、右心房に戻ってくる。そして右心房から右心室、肺へと移動し、肺で酸素を取り入れる。そして肺から左心房、左心室へと移動し、また全身へと流れて行くの」



再び始まった説明。

さっきのやり取りで出かけていたシリアスさが戻ってくる。



「通常の人だと心臓から肺に送り出させる血液量と、心臓から全身へと送り出させる血液量は同量なの。けど、心房中隔欠損症の人は、欠損孔から血液が右心房へと入ってしまう。つまり右心房、右心室、肺の右心系に負担がかかることになるの。その結果、肺がうっ血した状態になって…」

「うっ血、って?」

「…血の流れが妨げられ、臓器や組織に血が滞ることよ」



話しを遮るな。そういう言葉が真希の視線から聞こえてくるが、俺はあえて聞こえないふりをした。

真希の言葉を解説なしで聞いていられるほど、俺は博識ではなかったから。



と、そこである疑問が浮かんだ。なぜ真希はこんなに心臓のことに詳しいのだろう?



「肺がうっ血状態になるってことは、心臓から全身に送り出させる血液量よりも、心臓から肺に送り出される血液量の方が多いってこと。つまり、全身を巡る酸素を含んだ血液が少なくなるってこと。それにより、疲れやすく、息切れしやすくなるの」

「なるほど…」



真希の説明はわかりやすかった。

けど、わかりやすいがゆえに、思ってしまう。

その程度の病気なのかと。



「紡。軽い病気、って思った?」



どうやらまた顔に出ていたらしい。

しかし俺は確かにそう思ったので、頷いた。



「ああ。確かに病気なんだろうけど、そこまで騒ぐものかなって思った。確かに日常生活には支障をきたしているけど、でも命に関わるほどのことじゃないと思った。だからなんで舞歌が生きるのを諦めているのかわからないんだ」

「…なるほどね」



そう頷き、彼女は立ち上がる。


ベンチとフェンスの間に立ち、空を見上げる。



ドキリとした。

空を見上げる可能の横顔からは色が消え、全くの無表情だったから。



「心房中隔欠損症っていうのは、そのほとんどが先天性疾患。約千五百人に一人の割合で、この病気の状態の赤ちゃんが生まれてくる。けどね、小さい欠損孔なら一歳になるまでに自然閉鎖することもある病気なんだ」

「なら…」

「けどさ、塞がらなかったらどうなると思う?」

「え…?」



やっぱりそこまでたいした病気じゃない。

そう言おうとした言葉は、真希によって遮られる。



「塞がらなかった欠損孔。その大きさのままの人もいれば、成長とともに大きくなっていく心臓につられ大きくなっていく人もいる。…舞歌は、後者なの」

「…欠損孔が大きくなると、どうなるんだ?」

「…さっき言ったよね。心房中隔欠損症の人は、欠損孔から血液が右心房へと入って、右心系に負担がかかる、って。欠損孔が大きくなれば、右心房へと流れる血液も大きくなる。つまり、右心系への負担がより大きくなるの」

「…具体的には、どうなるんだ?」



いい予感なんて、全くしない。

けど俺は続きを促した。

俺は、聞かなきゃ、知らなきゃならない。


舞歌と、生きるために。



「…負担がかかった心臓は肥大化する。そしてうっ血状態が続くことにより肺高血圧症になる可能性が高い。肺高血圧症は心不全を招き…そして…」



真希が言葉に詰まった。


彼女の色のなくなった顔からは、次の言葉をためらう悲しみが見て取れて。


…次の言葉の内容が、容易に想像できてしまった。




「…そして……死にいたるの…」




体温が急激に下がる。



冬の夜特有の冷たい風が吹いたからか、それとも怯えによるものか。



それは、わからなかった……

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