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風花  作者:
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第四十二話(前半)

第四十二話




「心臓…病…」



覚悟はしていた。いや、したつもりだった。


しかし、その単語は俺の心をぐさりと刺し。



「大丈夫だよ紡。心臓病とは言っても、一、二年で命を落とすような、重いものじゃないから」

「…そっか」



ショックが表情に出ていたのだろう。

真希は安心させるようにそう言った。



「だからって、楽観できるものでもないけどね」



…次の台詞のおかげで意味はなかったのだけど。



「舞歌の病気はね、“心房中隔欠損症しんぼうちゅうかくけっそんしょう”、っていうの」

「しん…なに?」

「心房中隔欠損症。今ではそうめずらしい病気でもないから、あんたも聞いたことくらいあるでしょ?」

「……悪い」

「…心房中隔欠損症っていうのは、その名の通り心房中隔に欠損孔が…」

「…ごめん、真希。全くわからない…」

「……あんた本当に医者の息子?」



じと目で睨んでくる真希に、俺は乾いた笑いしか返せなかった。

けど、仕方のないことだと思う。医者の息子だから医療に関して知識があるというのは、偏見以外のなんでもないんだ。



「はぁ…」



しかしそんなことを今の真希に言えるわけもなく。俺は彼女の責めるような視線と、わざとらしいため息を受け入れるしかなかった。



「心臓が四つの部屋からできているのは知ってる?」

「ああ。それくらいは」



心房中隔やら欠損孔やらの詳しい名称はともかく、その程度の知識は中学生の時に習い、知っていた。

かなりうろ覚えではあるのだが、確かに心臓は四つのパーツからできている。



「正確には二つの心房と、二つの心室からできてるの。右心房、右心室、左心房、左心室。心房中隔っていうのは、右心房と左心房を隔ててる筋肉の壁のこと。その壁にあいた穴を欠損孔っていって、心房中隔に欠損孔がある病気のことを心房中隔欠損症っていうの」

「それが、舞歌の病気…」

「そう。で、主な症状は、疲れやすい、息切れしやすいってところ」

「…へ?」



思いがけない真希の言葉に俺は間抜けな声をあげる。

疲れやすさと、息切れ…?



「それだけ、か?」

「胸の激しい痛みとか、激しい動機とかを想像してた?」

「…ああ。だって心臓病って言うから…」

「心房中隔欠損症は、立派な心臓病だよ。現に舞歌の生活にかなりの支障を起こしてるんだから」

「かなりの、支障?」



舞歌の学園生活を思い出してみる。

…そこまで支障をきたしているとは思えないのだが…



「やっぱりあの子、あんたの前だと強がってたのね」



要領得ない俺の顔を見て、真希は呆れたようにため息をこぼす。



「強がってたって、どういう意味だ?」

「紡知ってる?舞歌はね、階段を昇り降りするだけで息が切れるんだよ」

「…なんだって?」



真希の言葉の意味が理解できず、俺は真希に怪訝な表情を向ける。



「駆け昇るのでも、駆け降りるのでもなく、普通に昇り降りするだけで、舞歌は呼吸するのが苦しくなる。だからもちろん、普通の運動なんてできるわけがない。舞歌が体育の授業のとき、見学してるの、知ってた?」

「………」



知らなかった。そんなこと。


確かに言われてみれば、舞歌と一緒に階段を昇るとき、それまで話していた会話が途切れたり、やけに昇るペースがゆっくりだった。


けどそれをそこまで気にしたことはなかった。それが彼女のペースなんだと思っていた。


それに体育の授業。男女別れて授業をするため、あまり意識したことがなかったが、確かに走り回っている舞歌の姿を見たことは…走り回る?


そこでふとあることを思い出した。




『あんなに…長時間……走らせ……ないでよね……』

『長時間、って…』

『私は…体力、ないの!』




それは舞歌と一緒に出かけた時の会話。

あの時、舞歌の手をひいて走った時、舞歌の息の切れ方はおかしかった。


思えばあれも、心房中隔欠損症の症状だったのではないだろうか?



「その様子だと、舞歌が学校までくるときの自転車が電気自転車なのも知らないでしょ?」

「電気、自転車…?けど俺が舞歌の家に行くときに乗った自転車は普通のママチャリだったぞ?」

「…それ、本当?」



俺の言葉に、今度は真希が眉をひそめる。

彼女のそんな態度にもう一度あの時のことを思い返すが、あの自転車には電気自転車特有の電池も、残量を表示するメーターも付いてはいなかった。


その旨を伝えると、真希はなにかを考え、そして、盛大なため息をこぼした。



「あの馬鹿…。そんなに紡のことが好きなら、素直になって信じればいいのに…!」

「…話しが見えないんだけど?」



一人毒づく真希に俺は説明を求める。

俺のことが好きなのと、自転車が違ったこととなんの関係があるのだろう?



「いい、紡。あの日舞歌があんたを家に呼んだのも、静歌さんがあんたに舞歌のことを好きにならないようにって言ったのも偶然じゃない。舞歌がそうさせたからなの」

「舞歌が、させた…?」



あの日舞歌の家に呼ばれた理由は、静歌さんが俺に会いたいからだと舞歌は言った。

真希の言葉通りなら、それは嘘ということになる。


それに……



「そう。静歌さんがあんたに言った言葉は、舞歌が頼んだから言った言葉なの」



……車の中での静歌さんとの会話も、舞歌が言わせたということに、なる。



真希は俺よりもそこら辺の事情に詳しい。だから彼女の言葉は事実なのだろう。


しかし、そうなると疑問が残る。



「…なんでそんなことを舞歌はしたんだ?」



単純な疑問。理由だ。

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