第四十一話
第四十一話
「考えるだけ…無駄…?」
親父の言葉に、俺は衝撃を受けた。
だってそれは、俺の考えを根本から否定したのだから。
「そうだ。どんなに相手のことが好きだろうと、いや、好きだからこそ、ちょっとした意見の相違で傷ついたり、ちょっとしたすれ違いで裏切られたって感じることもある。自分とは違う人間と付き合うんだ。大なり小なり、傷つくのは必至なんだ」
「……ぁ」
…暗雲の中から、一筋の光が、差したような気がした。
そうだ。親父の、言う通りなんだ。
「だから、傷つかないかどうかで相手を見るのは間違ってる。そんな考え方じゃいくら考えても答えなんて出ない」
その通りだ。
恋愛っていうのは、相手がいて初めて成立する。
その相手とは、自分とは違う人間。
考え方も物の見え方も、違って当然。
違う考え方の人間が一緒に過ごす。
もちろん共通する考え方もあるだろうが、衝突するのは必至だ。
「どうしても傷つかない恋愛をしたいのなら、恋愛ごっこをすればいい。そうすれば傷つかない。後悔したりしない」
相手の本質を見ようとせず、相手に自分を見せようとせず、ただ上辺だけの付き合いなら、確かに傷つかない。
でも、本当に相手のことが大切なら、大切だからこそ、痛みは伴うんだ。
その痛みを共有するからこそ、相手を知れた時、自分を知ってもらえた時、嬉しいんだ。
親父がくれた、一筋の光。
その光は、瞬く間に広がり、俺の心を満たしていく。
…俺は、なにを怯えていたのだろう?なんで傲慢だったのだろう?
…わかっていたつもりだった。
人間は裏切る生き物だと。
けど、だからこそわかりあえた時に暖かい気持ちになれるのだと。
わかっているつもりだった。
だからこそ智也とは親友になれたんだ。
けどそれは本当に、“わかっているつもり”でしかなかったんだ。
傷つきたくないからと自分の理想のみを相手に求め、相手を傷つける可能性を考えもしなかった。
傲慢からくる怯え。結局俺は、自分のことしか考えていなかたったんだ。
「お前はどうしたいんだ、紡?傷つきたくないからと恋愛ごっこをするか?」
目を閉じ考えてみる。
…傷つくことは確かに怖い。
けど、それは相手も一緒だ。相手だって傷つきたくなんかないんだ。
傷つくのは怖い。傷つけるのも、怖い。
けど舞歌と恋愛ごっこをするのは、それだけは、嫌だ!
舞歌とは一緒に、心から笑いたいんだ。
もっと舞歌のことを知りたい。もっと舞歌に俺のことを知ってほしい。
…不思議なもの、いや、現金なもの、かな。“怯え”という枷を外せばこんなにも舞歌への想いが溢れてくる。
この時俺は、自分がこんなにも舞歌のことが好きだったんだと、初めて自覚した。
「俺は…」
銅像のようだった足は驚くほど軽い。
今まで迷宮をさ迷い続けていた思考は、親父の言葉に導かれゴールへとたどり着いた。
…光りが満ち溢れた世界で、もう一度舞歌のことを思い返してみる。
…彼女は、笑っていた。
もう、迷いはなかった。
「俺は――」
・・・・・・・・・・・・
見上げた空の海には、星々が気持ち良さそうに泳いでいた。
夜と深夜の間の時間。俺は学校の屋上で人を待っていた。
こんな時間に入れるのかと不安だったのだが、そこは“ど”がつく田舎の学校。警備の意識はかなり低かった。
…ここで空を見上げるのはいつぶりだろう?
最後にここで見上げた空は、透き通るような青空だった。
あの時は空の青さが逆に恨めしく思えたのだけど、今は、この美しい自然の宝石箱に素直に感動していた。
「…ずいぶんといい顔になったわね」
「…おかげさまでな」
例のベンチで座りながら空を見上げていた俺に、待ち人から声がかかる。
彼女、真希の方に顔を向けると、彼女は嬉しいような、迷っているような、そう、昼間見た親父と同じような笑顔を浮かべていた。
「悪いわね。こんな時間で」
「全くだ。俺の優等生の名に傷がつくだろうが」
「あはははっ!全く笑えない冗談ね」
「今、思い切り笑ってただろうが!!」
「ノリよ」
「ああそうかい…」
彼女とのやり取りに大袈裟にため息をこぼしながら、俺は彼女のために腰を横にずらす。
彼女は小さく、ありがと、と口にしてから俺の横に腰をおろした。
…彼女に連絡したのは親父と話しをした直後、答えを出した直後だった。
そう。覚悟が決まったから。彼女が言った“あの”極端な三択を選ぶ覚悟を。
…もちろん、彼女から聞く話し次第では、いくら舞歌のことが好きでも、いや、真希や静歌さんと同じように舞歌のことが“好きだから”こそ、彼女達と同じ道を選ぶ可能性だってある。
でも、俺は彼女達とは違う答えを出すと思う。
“俺は、舞歌と笑いながら馬鹿をしていたい。俺はあいつの側で。あいつは俺の側で。馬鹿をしながら、一緒に笑いたい。俺があいつの側に、あいつが俺の側にいたいって思う間、ずっと。俺は、そういう恋愛を舞歌としたい”
それがあの時親父に告げた俺の答え。
散々悩んだにしてはずいぶんと幼稚な答えだと思う。
実際親父にも、青いな、と笑われた。
けど、それが俺の答えだ。
この学校に転校してきてから作った舞歌との思い出。
最初は苦痛だった。
馴れ馴れしい変な女だと思っていた。
けどそこにいたのは間違いなく等身大の俺。
元彼女の時みたいに舞い上がって出した“好き”じゃない。
舞歌と過ごした等身大の俺が、いくつも、いくつも、集まってできた“好き”だ。
あいつと今までみたいに笑っていたい。あいつの笑顔を見ていたい。一番、側で。
だから俺は彼女達とは違う答えを出すと思う。
目を閉じれば浮かぶ舞歌の笑顔。
それが、欲しいから。
「真希。聞かせてくれ。舞歌のことを」
「……そうね。今のあんたになら話せるわね」
真希は目をつむり、顔を空に向けながら、ため息を一つ。
俺はそんな彼女の横顔を、見つめていた。
「…最後に一応聞いとくけど、後悔、しない?」
彼女は目を開けた。けど視線はそのまま、星達をとらえていて。
「今ならまだ、引き返せる」
ためらい。期待。不安に希望。
それらを含み揺れている彼女の瞳には、どういった星空が見えているのだろう。
「今ならまだ、世間話をして解散できる」
それはきっと、彼女の優しさ。
親父から舞歌が病気だと聞いた時俺は、多大なショックを受けた。
そして今、俺が聞こうとしているのはそれ以上に衝撃的な事実。
俺が悲しまないように、重荷を背負わないように、そういう、彼女なりの優しさ。
「今ならまだ…」
「真希」
けど俺の心は、覚悟は決まっていたんだ。
傷つくのは怖い。けど舞歌の笑顔がなくなる方が、もっと、怖い。
「俺なら大丈夫だ。だから聞かせてくれ」
「……わかった」
そう頷いた真希が顔を上げるまで、5秒を要した。
「舞歌は…」
そうして話しが始まった。
舞歌抜きの、舞歌に関するカンニングペーパーのような話し。
その傍聴者は俺と幾億の星達。
静かな夜の屋上。
ついにその話しは始まりを告げた。
「……舞歌は…心臓の病気を抱えてる…」
“悲劇”な“喜劇”の始まり、はじまり……