第四十話
「俺は、真希ちゃんに連絡をもらい、すぐに静歌さんに連絡をした。そして舞歌ちゃんと話しをして、彼女の考えを知った。…彼女はもう、俺の、いや、“医者”のもとを訪れるつもりはなかったんだ」
「……え?」
耳を疑った。病気なのに、医者のもとを訪れるつもりが、ない…?
「だから俺は、この村にくることを決めたんだ。彼女がこないつもりなら、こっちから出向けばいい。そう思ったから」
「…それで…舞歌は…?」
「…何度か顔を出してはくれた。けど、検査も治療も、診察すら受けてくれなかった。俺の所にきて、ちょっとした世間話をして帰る。その繰り返しだった」
「………」
「検査も治療も、診察すらをも拒む彼女を俺のもとに連れてきて、どうするつもりなんだ。お前は?」
「………」
俺は…言葉を返せなかった……
第四十話
「なんで…」
どれくらいの時間が経っただろう?
湯気がたっていた食事から、温もりが失われた頃に、俺の頭はやっと、少しだけ落ち着きを取り戻した。
いろいろ考えた。なぜ、を繰り返した。
けれどやはりわからず、納得もいかず、俺は、親父にすがる思いで疑問を口にした。
「なんで、舞歌は治療を受けないんだ?」
「…それは、彼女が女の子、だからだな」
「…どういう…?」
「悪いが言えない」
「………」
即答。それゆえに取り付く島もなかった。
「…俺には、なにもできない…のかな…?」
それは嘆きだった。
彼女のことをなにも知らず、なにもできない。
そんな情けない自分に対する嘆き。
でも……
「そんなことはない。お前にしかできないことがある」
「え…?」
……そんな嘆きに返ってきたのは、予想だにしなかった言葉で。
「多分、舞歌ちゃんに未来を与えられるのはお前だけだ」
「未来を、与える…?」
「生きる意味。生きる目標になる、って意味だよ」
舞歌の生きる意味になる。
舞歌の生きる目標になる。
言葉にすると簡単に聞こえるけど、実際はそんなことない。
人の生きる意味に、目標になるってことは、その人の人生に多大な影響を与えるということだ。
誰かの人生に、しかも、生きることを諦めている――診察すら受けないということから俺がそう思って、実際にそうとは限らないのだが――人の人生に、それほどの影響を与えられることができるとは、俺には思えなかった。
「…無理だよ。俺にはそんなこと…」
「できないだろうな。今のお前には。答えが出せず迷いを抱えてる人間の言葉は誰にも届かない」
「だったら…」
「だから、答えを出すんだよ。紡。迷いをなくすんだ」
「………」
確かに親父の言葉の通りだ。
俺が答えを出せば、なにかが変わる。
…けど、出す答えは、一つとは限らない。
もしもそっちの答えを出してしまった時は……
「紡」
親父の呼びかけに、びくり、とする。
「答えを出すのは紡だ。それに、紡の人生は紡のものだ。だからどういう答えを出したとしても、誰も責めたりしないさ」
「――っ!」
はっ、となり、無意識のうちに俯いていた顔をあげる。
……なんという優しい目なんだろう…
俺を見る親父の瞳は、先程まで睨んでいたのが嘘のように、とても、とても優しい瞳をしていた。
こちらを責める要素をなに一つ含んでいないその瞳に、逆に俺は責められている気持ちになり、思わず、親父から目をそらす。
“どんな答えを出しても、僕達は紡を責めたりなんかしない。だから、紡の納得のいく答えを出してね”
それは智也の言葉。あの時の智也も、同じような瞳をしていた。
どんな答えを出してもいい。
二人はそう言ってくれている。
けど、二人も、それに、真希も、俺に出してほしい答えは決まっているはずなんだ。
優しさは時に悪意よりも残酷だ。
早く答えを出せ。舞歌と付き合って彼女を助けろ。
そう言ってくれた方がどんなに楽なことか。
俺は、動けなくなってしまった。
現実的な意味でも、意識的な意味でも。
足は小刻みに震え、それなのに、まるで銅像にでもなったかのようにその場からは動かない。
迷いと混乱とがごちゃまぜになった思考は、次から次へと支離滅裂な言葉を生み出し俺をさらなる泥沼へと引きずり込んでいく。
どうしたらいい?俺はどうすればいい?
「……俺はどうすればいいんだ…?」
それは親父への問いかけではなかった。
混乱する頭が生み出した独白に過ぎなかった。
けど…
「それを決めるのはお前だ」
答えは、返ってきて。
「お前はどうしたいんだ?」
「俺、は…」
混乱する頭が一度に大量の単語を生み出す。
どうする?舞歌。怖い。助ける?真希。誰が?裏切り…
まとまらない答え。まとまらない感情。
どうしたいのか、そんな質問にも答えられない…
「紡」
「…俺は…」
親父は答えを待っている。うながされ俺は、まとまらない単語を無理矢理まとめ口にする。
「俺は、舞歌のことが好きだよ…。できることがあるならしたいし、助けたいとも思う。けど…」
「けど?」
「…けど、やっぱり怖いんだよ…!信じて、また彼女にのめり込んで…。その結果もし…もし、また裏切られたらって…」
一度言葉にしたら、止まらなくなった。
感情の渦は津波のように押し寄せ、俺の口を通して表へと出ていく。
「舞歌のことを観察して、彼女の内面を見ようとしてきた。だから舞歌は裏切るような女じゃないって、わかる!けど…もしもそんな舞歌が裏切るようなことがあったらって…!そうなったら俺はもう、立ち直れないと思う…」
俺の迷いの原因。それは傷からくる恐怖心に他ならなかった。
智也とのやり取りのおかげで、俺は人の内面を見ようするようになった。
その結果クラスにもだいぶ馴染んできたし、友人も増えた。
けど…舞歌の、好きな女の内心を見れば見るほど、俺の恐怖は膨らんでいった。
これだけ慎重に相手を見定めたのに、もし、また裏切られたら?そう考えると、怖くて仕方なかった。
「怖いんだ…!もうあんな思いはしたくないんだ…!もう傷つくのは、嫌なんだ!!」
「……紡」
親父がそっと、口を開く。
「傷つかないかどうか、裏切られるかどうかなんて、考えるだけ無駄だぞ」
「――っ!?」