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風花  作者:
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第三十六話

第三十六話




「わかった。じゃあ、別れて」

「……は?」



親父から転校の話しを聞かされてから数日後、俺はいきつけのカフェに彼女を連れ出した。

そして転校の話しをした直後、彼女の口からはそんな言葉が出てきたんだ。

その予想すらしなかった言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げた。



「だから、別れてって言ってるの」

「お、おい!?なんでそうなる…」

「だって転校するんでしょ?」



狼狽する俺に、彼女は当然でしょ、と言わんばかりの表情で答える。


俺はわからなかった。なぜそれが別れることに繋がるのか、意味がわからなかった。

俺はそんなつもりで言ったのではないのだから。



「俺は…」

「紡がどう思ってるのか知らないけどさ、私、遠恋とか無理だから。それに近くにいないなら付き合ってる意味ないでしょ?だから引っ越しするなら別れて」

「………」



呆然とする俺に、彼女は的確かつ利己的な台詞をはく。



…この瞬間理解した。

俺はこいつにとって“都合のいい男の一人”でしかなかったことに。


愛してる、ずっと一緒にいたい。


そう言って俺と身体を重ね続けた彼女。


けど、その言葉もその行為も、俺を喜ばせるためだけの、俺を利用するためだけの行為でしかなかったんだ。感情なんてこもってなかったんだ、と。



「それじゃ、そういうことだから。さよなら」



そう言い残し店を出て行く彼女。

彼女の手には俺が彼女の誕生日にあげたブランド物のバック。



『あの女は性格が最悪だって、みんなが言ってるぜ。それに、初対面の時あんなこと言ってたのに、先週から紡に対する態度激変だ。絶対なんか裏があるって』



彼女の背を見送りながら俺は今では口も聞くことがなくなってしまった友人の言葉を思い出した。



…ああ、そうか。彼の言ってたことは正しかったんだ。


…俺は利用されたんだ。



彼女はどこかで、俺の父親が医者だと知ったから俺に近づいてきた。

彼女が興味のあったのは俺ではない。親父が稼ぐ金に興味があったんだ。

医者の息子は金を持っている。そう考えたんだろう。



彼女は俺のことが好きじゃなかった。

俺に興味はなかった。


すべては、自分のため。自分が欲しいブランド品を手に入れるためだけに、ただそのために、俺と一緒にいたに過ぎないだ……






・・・・・・・・・・・・






「それに気づいた時、俺は人を信じられなくなった。人と関わりたくなくなった」

「…だから…」

「ああ。だからこの学校に転校してきた時、俺はできる限り人と関わらないようにしようとしていた。…舞歌のせいでそれはそういう訳にはいかなくなったんだけどね」



出会った時のことを思い出して思わず苦笑い。

そういえば最近舞歌の笑顔を見ていないことに、今気づいた。



「智也達のお陰で、俺はまた人と接しようと思うことができた。そして彼女の“お陰”でいくらその人のことを気に入っているといっても、より深い関係になる前に、その人のことをきちんと見極めた方がいい。そう思えるようなった」



もちろん、生きていく中で、一々それをやっていたのでは時間がかかるし、なにかしらのチャンスを逃すことだってある。


けど、今。舞歌のことに関しては、彼女のことをきちんと見極め、自分の気持ちをきちんと見極めてから行動したかった。


この先、絶対に後悔したくないから。



「だからさ、もう少し待っていてほしいんだ。俺が舞歌のことを見極めるまで」



誰がなんと言おうと、俺はこの意志を貫く。


そういう意志を乗せての視線を智也に向ける。その視線を受け止めていた智也は、ゆっくりと口を開く。



「紡はさ…」

「うん?」

「紡は…舞歌のことが好きなの…?」



真剣な瞳の智也に、どう答えようか悩む。

けど、それは本当に一瞬のことだった。



「…ああ。好きだ。けど、付き合いのか、どうしたいのか、まだ、よくわからないんだ。だから舞歌のことを見極めるのと一緒に、自分の気持ちも見極めようと思う」

「…そっか」



智也は、笑った。小さく、優しく、笑った。



「わかった。待つよ。紡の気持ち、考え、ちゃんとわかったから」

「…サンキュー」

「紡」

「ん?」

「どんな答えを出しても、僕達は紡を責めたりなんかしない。だから、紡の納得のいく答えを出してね」

「……ああ」



俺のやってることは、きっと傲慢なんだろう。

人のことを見極めてから自分の対応を決める。

いくら傷つきたくないから、いくら後悔したくないからといっても、それは自分を第一にした臆病者の考えでしかない。


非難されても仕方ないと思っていた。


けど、智也は認めてくれた。待つと、そして、どんな答えを出そうと構わないと言ってくれた。


それが、とても、とても嬉しかったんだ。



「…ありがとう。智也」



恋は人を盲目にする。その結果、俺は友人を失った。


けど、今回は、智也だけは失いたくなかった。



八方美人になるつもりはない。

けど、智也も、そして、舞歌も、できることなら二人とも失いたくないと思ってしまう俺は、やはり傲慢なのだろうか。


…だけど、それが俺の本心。それが俺の望み。



だから今、焦っちゃいけないと思う。

焦っても、妥協しても、俺の望みは叶えられないと思うんだ。


だから、俺は焦らない。ゆっくりと見極めようと思う。


臆病者だと後ろ指を指されようと、傲慢だと罵られようとも、俺は失いたくないから。

後悔、したくないから。

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