第三話
第三話
「紡君!昼休みだよ!」
「うるさい。言われなくてもわかってる」
彼女と握手を交わしてから数時間後。
午前中のカリキュラムは全て終了し、現在、昼休みを迎えていた。
周りを見渡すと、今まで机に突っ伏していた生徒達が、瞳を輝かせ雑談に花を咲かせ、また、早い者は既に昼食を食べ始めている。
誰かが、昼休みは学園生活のオアシスと称したが、正しくその通りだと思う。
それは俺にとってもそうだった。
やっと退屈な時間から解放されて、少なからず嬉しかったりする。
午前中に受けた四教科。その全ての授業が退屈だった。
ここの授業の進行が遅いのか、俺が元いた学校の授業の進行が早いのか。午前中に行われた授業は、どれも一度教わった内容のものばかりで。
“そのせい”で退屈な時間を過ごすことになったんだ。でも“そのおかげ”で、自分で勉強する手間が省けたのだから、複雑なところだ。
「むぅ。ノリが悪いなぁ。もっとこうテンション高く、何!?昼休みなのかっ!?とか言えないの?」
「誰が言うか。阿呆」
俺の声色を真似て騒ぐ彼女に、俺は視線を向ける事すらなく、冷たくそう言い放つ。
彼女と接している内に、彼女が自由人だということを、俺は悟った。
言いたいことは包み隠さず全て口にしている感じだし、自分の思ったことをそのまま行動に移しているように思える。
まあ、周りに迷惑はかけていないみたいだから、実際にはいろいろと考えているのだろうけど。
だけど、それでも彼女が自由人であることには、変わりない。
つまり何が言いたいか。
そんな相手に遠慮していても、馬鹿を見るのはこっちだということ。
彼女は休み時間になる度に、俺に様々な質問を向けてきた。最初の、俺の内心を見透かした時の印象が強すぎたせいか、俺は彼女の質問に意味があると信じ込み、言葉を選びながらも答えられる範囲で答えた。
趣味。好きなもの。家族構成。あらゆることを聞かれた。…元彼女との別れかたに関しては話さなかったけど。
俺の答えに、様々なリアクションをとる彼女。その様子が気になって、一通りの質問に答え、落ち着いたところで聞いてみたんだ。
今までの質問に、何か意味はあるのか?って。
「ん?意味なんかないよ?ただ私が知りたかっただけ」
――それが返ってきた答えだった。
愕然とした。今まで神経を張ってきたことが馬鹿らしかった。そして何より、人と必要以上関わらないと決めていたのに、彼女のせいでクラスメート達に俺の事を話してしまったことに、物凄く腹がたった。
その瞬間悟ったんだ。こいつの相手をまともにしちゃいけないって。
その時以来、彼女の言葉に意味を求めるのは止め、先程のように軽くあしらうことにしたんだ。
「むー。ノリが悪いなぁ。もう少し相手してくれてもいいじゃんかよー…」
ぶつぶつと文句を言いながら、鞄から弁当箱を取り出す彼女。
相手にしないと決めていた俺は、彼女の台詞を当然の如く無視し、自分の鞄から昼食を取り出す――
「それじゃあ紡君。一緒に食べよう」
「なんでやねん」
――ことを止め、当然のように机をくっつけてくる彼女(一時限目にくっつけられた後は、上手く言って離させた)にベタな突っ込みを入れる。
相手にするつもりはなかったのだが、予想すらしていなかった言動に、思わず反応してしまった。
「何で、って…。隣の席の特権?」
「何で疑問系なんだよ…?」
彼女の言動に意味がないことくらい、充分わかっている。けど、今後の俺の“平穏な生活”を確保する為にも、彼女とはきちんと話しをする必要があった。
「あのなあ、舞歌…」
「いっただっきまーす!」
「少しくらい話しを聞きやがれーーっ!!」
俺の話しを聞こうともせず、弁当の包みを開く彼女。
そんな彼女に、大声で突っ込みを入れる俺。
交わすのは、小学生同士の口喧嘩のような幼稚なやり取り。そのやり取りを、クラスメート達は肴とばかりに楽しそうに眺めていて。
人と関わらない。そう決めて始まった俺の新生活はあっさりと壊され…
彼女のペースにいつの間にか巻き込まれ、必要以上に目立ってしまって。
望んだ日常とは掛け離れた日常。
けど、そんな日常を少しだけ、ほんの少しだけ、楽しんでいる俺も確かにいて…
十月後半のある日。
こうして、俺の本当の意味での“新しい生活”が幕を開けたんだ――