第三十一話
第三十一話
「だいたい、こいつがいけないんだからね!この私が説明したのにも関わらず、いまだにそんな寝ぼけたことを言ってるんだから!」
「それは…」
彼女の言葉に反論できなかったのは、一之瀬もそのことを疑問視しているからだろう。
伺うように俺を見た視線が、説明を求めていた。
「なんで…」
「…あのな」
佐藤が再び騒ぎだす前に、俺は口を開く。
言葉を遮られた佐藤は親の敵に向けるような突き刺す視線で俺を睨んでいたが、それは黙殺することにした。
「さっきも言ったけど、俺は盛り上げてるつもりもなかったし、盛り上がっていることも知らなかった」
「だからそれは説明したでしょ!?それで納得できたんじゃないの!?」
「…理解はできたよ。けど認めることはできない」
「なんでよ!?きちんと理由を…」
「俺は、この先変わるつもりがないからだ」
「…え?」
俺の言葉に佐藤は怪訝そうな表情を浮かべる。
それは他のみんなも同じようで、俺の真意を悟れないでいた。
「…どういう意味?」
そんな硬直状態からいち早く復帰したのは、やはり一之瀬だった。
「そのままの意味だ。俺はこの先も変わらない。クラスを盛り上げようとも思わないし、自分の好きに行動する。佐藤が言った、ムードメーカーと呼ばれる理由は理解はしたけど、俺にはやっぱりわからない。今までそういう風に言われたことがなかったから、どう、反応したらいいかわからないんだ。だから俺はこれまでと変わらない。だから俺は自身のことをムードメーカーと認めることができない」
「この、わからず屋が…」
「けどな」
今にもつかみ掛かりそうな佐藤の言葉を遮り、俺は笑顔を浮かべる。
その笑顔は、転校してきてから舞歌以外に初めて向けた、心からの笑顔だった。
「けど、俺が俺自身のことをムードメーカーだと認めない代わりに、お前らが俺のことをムードメーカーだと認めていても、俺はそれを拒まない」
『……は?』
俺の言葉を受け、目を点にするクラスメート達。
その表情があまりにも愉快で、俺は思わず吹き出した。
「くくく…。お前ら、なんて顔してるんだよ」
「なんて顔って…。あんたが訳のわからないこと言うからでしょ!?」
「そうか?わかりやすく言ったつもりだぜ。な、一之瀬」
「え…?」
俺の言葉でみんなの視線が一之瀬に集まる。
口元を手で覆い、小刻みに震えている彼のもとに。
「智也…?笑ってるの?」
佐藤の呟きに一之瀬は答えず、俺に顔を向け、口を開く。
「草部。なんだい、その言葉遊びは?」
「お気に召さなかったか?」
「いや。最高だよ」
そう言って笑顔を見せる一之瀬に、俺は自然と笑顔を返した。
「ちょっと!二人だけで通じ合ってないで、説明しなさいよ!」
そうほえる佐藤と、それに同意し頷くクラスメート達。
物分かりのわるい彼らに毒をはこうとしたのだか、一之瀬に目で制止され、俺は思い止まった。
「つまりね、草部はこう言ってるんだよ。自分ではムードメーカーだと認めないで好きに行動する。けど、その結果、僕達が草部のことをムードメーカーだと認めても構わないって」
「は?それって…」
「そう。つまりは認めるってことだよ」
一之瀬に集まっていた視線が俺へと移る。
俺は気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
「…あんたねぇ、なんでそんなに回りくどく言うわけ?素直に認めればいいじゃない」
「うるさい。黙れ小人が」
「ぶっとばーす!」
「あ!?委員長!?」
一之瀬が止めるより早く、佐藤は拳を振り上げ俺に迫る。
拳が迫る中、しかし、俺は慌てなかった。なぜなら…
「よ」
「はーなーせーっ!」
…立ち上がり、頭を押さえれば手が届かないことを知っていたから。
「……草部」
むきー、と唸る佐藤と、楽しそうな俺を見て一之瀬はため息をこぼす。
しかし、真面目な表情で俺の名を呼んだので、俺も表情を正し、一之瀬の方を向く。
もちろん、佐藤の頭を押さえたまま。
「都合のいいことを言ってるのはわかる。草部だって好きで今みたいな関係になったわけじゃないんだもんね?だけど、できるだけ早く仲直りしてほしい。好きなんだよ。僕達は二人の笑顔が」
東京にいたときに同じような状況になったら、はたして一之瀬達のような言葉をかけてくれる人間がいただろうか?
…答えは否。
仲のよかった友人達すらもが声をそろえて言うだろう。
うざいから出て行け、と。
けどこいつらは、早く仲直りしてほしいと、そのことを俺に言うためだけに、こうして放課後残ってくれた。
俺のことを受け入れ、認めてくれた。
素直に言うことはできないけど、嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。
俺は、いまだに過去に捕われている。
裏切られるのが怖くて、人を信じることができない。今もまだ。
けど、一人ずつでもいいから、ゆっくりでもいいから、このクラスの人とは打ち解けていきたい。本気でそう思った。
だから…
「…わかった。できるだけ早く仲直りするよ。ありがとうな、みんな。…サンキュー、智也」
初めて呼んだ彼の名前。
彼は驚いた顔をしたけど、すぐに嬉しそうな、優しい笑顔を浮かべてくれた。
「どういたしまして。紡」
俺は今日、この学校に転校することができてよかったと、心から思うことができた。
親友、そう呼んでも過言ではない友達ができた。
傷からはいまだに血が流れ続ける。
けど治らない傷は、塞がらない傷はないんだと、俺は今日、自覚することができた。
これは小さな前進。けど、大きな一歩。
俺は前に進める。過去は過去にできる。
それを知ることができたんだから。
あいつフラれてから胸にぽっかりと開いた穴。
それが暖かいなにかが満たしていくのを、俺は確かに感じていた。