第三十話
第三十話
「僕達はみんな、それを知っている。その上で、草部のことを認めているんだよ」
「……なんでだよ…」
「舞歌も僕達と深く関わろうとしていないからね。だから関わらないようにしようとしている人の行動は、なんとなくわかる…」
「そうじゃない!」
「…草部?」
不思議そうな一之瀬やクラスメートをよそに、俺は一人混乱していた。
わからなかった。まったく理解ができなかった。
「なんでお前らはそんな表情をしていられるんだよ!?なんで俺のことを認められるんだよ!?」
なぜ彼らが穏やかな笑顔を浮かべていたのかも、なぜそんな裏切りにも似た行為をした俺のことを認められるのか、まったく理解ができなかった。
「おかしいだろ!?俺はお前達と関わらないようにしていたんだぞ!?信じていないんだぞ!?なんでそんなやつのことを認められるんだよ!?」
止まらなかった。
一度口にしてしまうと、もう止めることはできなくなっていた。
「お前達は俺のことをムードメーカーだって言うけど、それだって間違ってるんだよ!俺はこのクラスのムードを盛り上げようとしたことなんて一度もない!俺はただ、舞歌と幼稚な口喧嘩をしていただけなんだよ!」
彼らにわかってほしかった。
俺は認められる人間ではないし、ましてやムードを作れる人間なんかじゃないんだ。
「勘違いしてるんだよ!毎日ただ騒がしかっただけなんだ!活気付いてたわけじゃないん――」
「あー!うるさいっ!」
「――っ!?」
俺の癇癪ともいえる叫びを、甲高い声が遮る。
声の主、佐藤は、拘束していた女子生徒の手を振り払い、ドンドン、と荒い足音を立て俺の前に歩み寄る。
そして彼女は俺の襟首を両手で絞め上げ、自分の方に引き寄せた。
どこにそんな力があるのか、椅子に座っていた俺の体が、少しだけ浮いた。
「なにす…」
「おとなしく聞いてればさっきからうじうじうじうじと!あんたそれでも男!?」
「な…!?」
突然の佐藤の怒声に、俺は言葉に詰まる。
脳が事態を整理できずフリーズしている間に、佐藤は言葉を続けた。
「だいたいなに!?関わりたくない?信じていない?盛り上げようとしていない?だからどうしたの!?」
「……は?」
自分のおかれている状況も忘れ、彼女の言葉にきょとんとする。
だからどうした、その言葉が完全に理解のわくを越えていた。
だって、今はそういう話しをしているのではないのだろうか?
「このクラスの誰しもが全員と関わりたいと思ってると思ってるの!?このクラスの誰しもが全員のことを信じていると思ってるの!?」
「…え?」
「そんなことはありえないのよ!誰しもが自分の親しい人間以外に対しては距離を持ってる。親しい人間以外とはあまり関わろうとはしていないし、信じてだっていない」
「…!」
佐藤の言わんとすることを理解し、俺は驚きの視線で彼女を見つめる。
佐藤は、その表情を少しだけ緩めて、小さく、笑った。
「みんなあんたと同じなのよ。あんたはその対象が広いだけで、みんなとなんら変わらない。だからみんなあんたのことを認められるの。クラスの一員として、ムードメーカーとして」
「で、でも…!俺はムードメーカーなんかじゃ…」
「私はね。ムードメーカーには二つの種類があると思うの」
俺の言葉を最後まで聞かず、佐藤はそう語りだす。
この時の俺の訴えを最後まで聞く価値はない、そう、後日佐藤はずいぶんとビックな態度で言っていた。
「一つは、場を盛り上げようと意識して場を盛り上げることのできるタイプ。もう一つは、場を盛り上げるつもりなんかなく、好き勝手行動しているのにも関わらず、場を盛り上げてしまってるタイプ。あんたはこの後者なのよ」
「場を…盛り上げてしまってる…?」
「そう。あんたが言う幼稚なやりとり。最初は本当にうるさかった。智也がさっき言ったけど、あんたがくるまでは舞歌も必要以上に騒がなかったから、そう思ったのは私だけじゃないはず」
「………」
視界に入った一之瀬の表情をふと見ると、苦笑いを浮かべていた。
どうやら、佐藤の言った通りだったらしい。
「けどね、わずらわしく感じたそれに便乗してみると、とても楽しかったの。舞歌が騒いで、あんたが突っ込んで。それに私達が便乗して、さらに騒がしくなって。そうやって、あんたは少しずつこのクラスを活気づけていったの」
「………」
「私と同じように一緒に騒ぐ人も、智也みたいに見ているだけの人も、みんな同じように楽しんでる。みんな同じようにあんた達のやり取りが大好きなのよ」
「佐藤…」
驚いた。失礼な話しではあるのだが、彼女の口から、そんな優しく暖かい言葉が出てくるとは思いもしなかったから。
「あんたはそのことに気づいてなかったし、知らなかったから、智也がなにを言おうと認められなかったんでしょ?」
「…まあな」
佐藤の言う通りだった。
俺は知らなかった。彼らが俺のことをなぜ認められるのかも、なぜムードメーカーと呼ぶのかも。
だから一之瀬がなにを言おうと、俺はそれに納得できなかったんだ。
そんな俺の返事に満足したのか、佐藤は誇らしげに、ふむ、と頷いた。
「まあ智也は説明が下手くそだからね。けど、この梢様がわかりやすく詳細を説明してあげたんだから、その理解力の無い脳みそでも、流石に理解できたわよね?」
黙れミクロマン。
その言葉を俺はかろうじて飲み込む。
今更だが、今ここで言い争いになってもなんの意味もないと思ったからだ。
「なぜみんなが俺のことを認められるのか、ムードメーカーと呼ぶのかはわかった」
「でしょ?流石私…」
「けど、俺は、俺自身のことをムードメーカーとは認められない」
「はぁっ!?なんでよ!?」
「おま…!?いきなり、首を…い、一之瀬っ!」
「ちょ…っ!?委員長!?」
いきなり俺の首を両手で絞め前後に揺らすという暴行をしでかした佐藤。
一之瀬が彼女を力ずくで俺から引きはがしていなければ、俺の意識は闇におちていたかもしれない。
「けほ…っ!い、いきなりなにしがやる!?このミクロマンが!?」
しばらく酸素を求め苦しんだ後に、俺は当然の疑問を彼女にぶつけた。
先程飲み込んだ言葉が出てしまったのは、ある意味仕方がないだろう。
「みっ…!?ぶっとばーす!」
「お、落ち着いて委員長っ!」
「離せ智也!こいつは一回ぶっとばさないと気が済まない!」
「でも…!今のは流石に委員長が悪いから…!」
「うきーーっ!」
その結果、想像していた通りの展開にはなったとしても。